岩見沢駅北口から徒歩10分ほどの所に、こんな標柱が建っています。
「発祥の地」を巡るのが好きな私は早速中へ・・・というのは嘘で、初めからここを目当てにしていました。
これまたレンガ作りの、重厚感漂う建物です。
「岩見沢」という地名の由来が書かれています。
私もこれを読むまで、「岩見沢」もまた、北海道の他の町と同様、アイヌ語由来の地名だとばかり思っていましたが、そうではなかったのですね。
なるほど、「湯を浴びる沢」が「ユアミサワ」となって「イワミザワ」になったんですね。
そういえば、最近はどうなのか知りませんが、かつては、年配の方で、「イワミザワ」ではなく「イワミサワ」と発音する方が多かったと聞きました。
私も今の職場に入って間もない頃、仕事の関係先の方でそのように発音する方と関わったことがあったのですが、元々は「ザワ」ではなく「サワ」だったということを知ると、そういう発音の方がいるということも納得です。
因みに、私の職場の同期で、岩見沢の大学に通っていた人は、「イワミザワ」を略して「ザワ」と言っていました。
こっちはどうなんでしょうね。それなりに浸透している略し方なのかな。
岩見沢の町の歴史が色々と書かれています。
昭和61年(1986年)の「21世紀博覧会」は覚えてますよ。
今の「北海道グリーンランド」の前身となった場所で、従妹と一緒に観覧車に乗ったときの写真が、今も実家のアルバムに残っています。
この場所は、公園としても整備されています。
岩見沢も、元々は移住士族によって開墾された土地だったんですね。
岩見沢への最初の入植は、明治17年(1884年)~18年(1885年)の、山口県・鳥取県ほか10県から、士族277戸、1,503人でした。
明治17年10月には、設村の告示が出されて「岩見澤村」となり、戸長役場、郵便局が設置され、これ以降、町として発展していくこととなりました。
これは何の絵でしょうね。若者のように見えますが。
碑の由来はわかりましたが、本当、何を描いたデザインなのでしょうかね。開墾に従事する若者の姿かな・・・。
公園ということで、遊具もしっかりと整備されています。
公園の敷地内には、これまた歴史を感じさせる木造建物が。
「国兼家住宅」という名前で岩見沢市の文化遺産として指定されている家で、元は、岩見沢の材木商であった「竹野繁次郎」という人物の住宅でした。
それが、昭和14年(1939年)に、地元の名士であった国兼家に譲渡され、同53年(1978年)に、文化遺産に認定されています。
「むくり」という、屋根面の隆起のある玄関が特徴的とされています。
外から中を窺って一枚。
敷地内は、庭もしっかりと整備され、花も咲いています。
ゆっくり見て歩くだけでも、落ち着いた時間を過ごすことができます。