三年前の話なんだけど、こういうことがあったのがきっかけで、町ブラをしていて、道路沿いにある電柱をチェックするのが習慣になってしまいました。
つい最近だとこういうことがあったし、過去にも、こういうことやこういうことがありましたが、今日紹介するのは・・・、
ほほう、「慈恵」ですか。
読みは「じけい」でいいと思うんだけど・・・、
現場は、先日紹介した「木挽山」こと澄川公園に近い住宅街。
実は写真の電柱は道路の右側で、左側の方は・・・、
こうなっています。
つまり、この道路が「慈恵」と「澄川北」の境ということなんですね。
「慈恵」の意味として考えられるのは、多分これしかありません。
「澄川公園」から見える写真の学校、「札幌新陽高等学校」という私立の高校なんだけど、この学校は、「札幌慈恵学園」という学校法人が運営していて、現在は共学なんだけど、開校当初は、「札幌慈恵女子高校」という高校だったんです。
つまり、「慈恵」という名の付く学校のお膝元だということなんだろうけど、これまで紹介してきた電柱に書かれた地名というのが、結構昔、戦前とか、大正、明治時代のものもざらにあるのに対し、この「慈恵女子高校」が開校したのは昭和33年(1958年)とのことで、他から比べると、ちょっと新しすぎるような気もするので、もしかすると、それよりも深い何かがあるのではという疑問もあるにはありますが・・・、どうなんでしょうね・・・。
まあ、「慈恵」という言葉が、「慈愛の心をもって他に恵みを施すこと。 また、その恵み。」という意味なので、多分学園由来と見て間違いないとは思いますけどね。
いずれにしても、奥の深いものを感じます。
先程の現場はこちら。(道路よりも北側が「慈恵」で、南側が「澄川北」)
慈恵女子高校の生徒会長でした。
平岸に住まいしバス通で
三年間通いました(^-^)
今でも〈慈恵〉の名が残っている。
半世紀?以上前の遥か昔の青春期。
たくさんの思い出が蘇りました(^-^)
ありがとうございました!
なんと!そうだったんですね。
何気なく歩いていて気付いたことが、思わぬ効果を発揮したようでよかったです。
同じような例は他にもあると思うので、注意して見ていようと思います。