入籍したとはいえ、現在はまだ別居なためか、実感が今一つ湧かない部分もあるのだが、今日は、決定的に実感の湧くことがあった。
ようやく、新しい戸籍が出来上がった。
三年前までいた部署の仕事柄、人様の戸籍はこれでもかというくらい見てきたのだけど、自分の戸籍なんてのを見る機会は滅多にないので、婚姻前に、婚姻届に添付する従来の戸籍謄本(札幌市の物)を取って見た時は、「へぇ~、これが自分の戸籍なんだ」と、まるで他人事のように思ってしまったのだが、さすがに新しい戸籍を見ると、そんな風には思わなかった。
筆頭者が自分になっていて、妻と娘の名前と続柄もしっかりと書いてあるのを見ると、何だかずっしりと重い物を感じてしまう。
戸籍謄本が取れたことで、ようやく娘の扶養認定と、児童手当の手続きを進めることができるが、次の大きな段階は、娘の保険証が無事に発行されて、扶養手当や児童手当が支給されること。
急がずに、そうした一つ一つの過程を踏んでいくなかで、更に実感を強くして、それを自覚と責任感に繋げていけばいいのかなと、とりあえず今はそんな風に思っています。
今日は函館管内の中学の卒業式。
うちの職場でも、中3のお子さんのいる同僚が一日休暇を取っていたのだが、自分も当然ながら、来年の娘の卒業式には、休暇を取って学校へ行くつもりでいる。
今年は、自分が中学を卒業してから、25年という節目の年。
もしかすると、何か同窓会的なことでもやっているのかもしれないが、自分は中学卒業と同時に、その頃住んでいた地区から今の実家のある地区へ引っ越し、現在に至るまで、中学の同級生とはすっかり音信不通になってしまっているので、同窓会などがあったとしても、連絡は全く入ってこない。
別にそれはそれでいいのだけど、それでも先日、新居に持って行くために、実家から卒業アルバムを江差に持ってきて、久しぶりに開いた時には、何だか凄く懐かしい気持ちにさせられた。
あの時の同級生達は、今どこでどうしていることやら。
仲が良かった連中は勿論だけど、手の付けられない不良だった連中が今どうしているのか、そんなことが気になってしまったりも。
ともあれ、娘には、あと一年となった中学生活を悔いなく過ごし、卒業後も、同級生達といい関係を保ち続けていってくれればと思う。
ようやく、新しい戸籍が出来上がった。
三年前までいた部署の仕事柄、人様の戸籍はこれでもかというくらい見てきたのだけど、自分の戸籍なんてのを見る機会は滅多にないので、婚姻前に、婚姻届に添付する従来の戸籍謄本(札幌市の物)を取って見た時は、「へぇ~、これが自分の戸籍なんだ」と、まるで他人事のように思ってしまったのだが、さすがに新しい戸籍を見ると、そんな風には思わなかった。
筆頭者が自分になっていて、妻と娘の名前と続柄もしっかりと書いてあるのを見ると、何だかずっしりと重い物を感じてしまう。
戸籍謄本が取れたことで、ようやく娘の扶養認定と、児童手当の手続きを進めることができるが、次の大きな段階は、娘の保険証が無事に発行されて、扶養手当や児童手当が支給されること。
急がずに、そうした一つ一つの過程を踏んでいくなかで、更に実感を強くして、それを自覚と責任感に繋げていけばいいのかなと、とりあえず今はそんな風に思っています。
今日は函館管内の中学の卒業式。
うちの職場でも、中3のお子さんのいる同僚が一日休暇を取っていたのだが、自分も当然ながら、来年の娘の卒業式には、休暇を取って学校へ行くつもりでいる。
今年は、自分が中学を卒業してから、25年という節目の年。
もしかすると、何か同窓会的なことでもやっているのかもしれないが、自分は中学卒業と同時に、その頃住んでいた地区から今の実家のある地区へ引っ越し、現在に至るまで、中学の同級生とはすっかり音信不通になってしまっているので、同窓会などがあったとしても、連絡は全く入ってこない。
別にそれはそれでいいのだけど、それでも先日、新居に持って行くために、実家から卒業アルバムを江差に持ってきて、久しぶりに開いた時には、何だか凄く懐かしい気持ちにさせられた。
あの時の同級生達は、今どこでどうしていることやら。
仲が良かった連中は勿論だけど、手の付けられない不良だった連中が今どうしているのか、そんなことが気になってしまったりも。
ともあれ、娘には、あと一年となった中学生活を悔いなく過ごし、卒業後も、同級生達といい関係を保ち続けていってくれればと思う。