60歳からの眼差し

人生の最終章へ、見る物聞くもの、今何を感じるのか綴って見ようと思う。

佐々部 清

2011年10月14日 09時15分06秒 | 映画
以前インターネットで私の出身高校のウィキペディア(Wikipedia)を見いたら、著名な出身者欄に
映画監督佐々部 清(ささべ きよし)を見つけた。映画は好きだから、佐々部清をクリックしてみる。
そこに紹介されていた経歴に、2002年に『陽はまた昇る』《西田敏行》、(日刊スポーツ映画大賞
石原裕次郎賞受賞、日本アカデミー賞 優秀作品賞受賞)で監督デビューする。以降2003年には
『チルソクの夏』《上野樹里》(日本映画監督協会 新人賞受賞、新藤兼人賞受賞)、2004年には
『半落ち』《寺尾聰》(日本アカデミー賞 最優秀作品賞受賞、日刊スポーツ映画大賞 石原裕次郎
賞受賞)、などと書かれていた。

来歴を見る限り、前途有望な監督のように思える。映画はどれも見たことがない。どんな映画を作る
のだろう?興味があるので、下関がロケ地という「チルソクの夏」をアマゾンの通販で購入してみた。
映画は下関と姉妹都市である韓国釜山との間で、年1回夏に開らかれていた「関釜陸上競技大会」
に参加した下関の女子高校生と、釜山の男子生徒との間に芽生えた、淡い恋を描いた作品である。
チルソクとは韓国語で七夕という意味、次に逢うまでは1年を待たなくてはならない、日韓の海峡を
越えた恋をなぞらえた題名とあった。見るうちに、見る方が恥ずかしくなるようなミーハー(死語?)な
映画である。内容が透けて見えるような、深みも味も感激もない映画というのが私の評価であった。
しかし、ロケ地が下関だけに自分の知っている所が方々に出てきた。映画にはあんな場所が選ばれ
るのか、あの場所をこんな角度で撮ると意外と絵になるものだ。映画の内容よりも、その組み立てに
興味を持って見ていたように思う。

その後も「カーテンコール」《伊藤歩・藤井隆》、「四日間の奇蹟」《吉岡秀隆》と、下関を舞台にした
作品を発表した。それらはいずれも映画館に見に行った。しかしやはり興味は映画の内容ではなく
懐かしいわが故郷の下関に向いてしまう。そしてその次が瀬戸内海を舞台にした「出口のない海」
《市川海老蔵》である。どの作品を見ても私の評価は「それなりの作品」として、☆3つ止まりである。
何が不足なのだろうと思ってみた。俳優陣もそれなりの役者が出ている。映像も丁寧に撮ってある。
しかしなぜか心に響かず、感情移入できずに冷めて観ていたように思う。それ以降、佐々部監督の
追っかけは止めてしまった。

先週、何か興味を引く映画は無いだろうかと、インターネットで上映スケジュールをチェックしていた。
そこに、『ツレがうつになりまして』《宮崎あおい・堺雅人》、と言うのが目にとまった。題名の面白さと
その中に「うつ」という言葉が入っていたからである。そして監督が佐々部清とあった。その名には
同郷の出身で、しかも同じ高校という親しみと懐かしさとを感じるものである。封切の最初の土曜日、
早速映画館に行ってみた。

映画は「うつ病」を患った夫との生活を描き、30万部を超えるベストセラーとなった細川貂々の同名
エッセー漫画を映画化したものである。売れない漫画家(晴子)に宮崎あおい、生真面目で気弱な
夫(幹夫)に堺雅人という配役である。夫はパソコン購入者からの苦情や問合せ専門の部署で働く
サラリーマンである。ストレスフルな職場環境で、とうとう会社に行けなくなってしまう。病院で診て
もらうと、うつ病(心因性うつ病)と診断された。それを聞いた晴子は、なんとかしなければと「うつ」に
ついて詳しく勉強し、夫に会社を辞めさせてしまう。そして夫に家事をまかせ、自分が漫画で生計を
立てようと決意する。しかし晴子は売れない漫画家、生活はたちまち窮してしまう。それでも明るく
振る舞い、2人の生活を大切にしていく。そんな映画である。

配役から想像は出来たが、「うつ」という重いテーマを取り上げている割には、全体にほのぼのとし
とて暖かな雰囲気を醸し出している。夫が自殺を図る場面もあるが、それでも、ストーリーは淡々と
流れて行く。映画は、2人の生活が主体になるが、そこにペットとして、イグアナやカメが出てくる。
爬虫類独特の無表情さが、映画の内容の深刻さを、和らげてくれる効果を持たせているのだろう。
ストーリーのテンポや流れ、カメラアングルの面白さ確かさ、しらずしらずに観客を映画に引き入れ、
2時間が「あっ」と言う間に感じるほどであった。見終わった後の違和感もない。口はばったい言い
方だが、「佐々部清、腕を上げたな!」そんな感じである。

5年前「出口のない海」以降、「夕凪の街 桜の国」、「結婚しようよ」、「三本木農業高校馬術部」
「日輪の輪」と発表していたようだが、どれも見てはいない。多分、単館の映画で、宣伝も少なく、
目に止まら無かったのであろう。来歴を見ると助監督になって18年、監督になって10年である。
映画一筋30年、その間にいろんな体験をし、決して順調な道のりだけではなく、苦労もあり辛酸も
なめたのかもしれない。デビュー当初の作品には、気負いがあり、わざとらしさがあり、あざとさが
あったように思う。しかし今回の作品、感情移入がスムーズで、自然に共鳴できたように思った。
それは宮崎あおい堺雅人などの演技力もあるのであろうが、やはり監督の演出力というか「力」に
負うところが多いのだろう。同郷同窓の映画監督、今後が楽しみである。

追記
「うつ」、私が接した人達でも「えっ、あの人も」と、思うぐらい多いのである。心の問題で外傷がある
わけで無く、本人は平常を装うことが多いから、なかなかそれと気づかない。分ったとしても自分に
経験がないから、相手の苦しさ辛さを理解することが難しい。下手をすると、「なぜ、もう少ししっかり
出来ないのか!」と、相手に苛立ちさえ感じることがある。今回の映画、実話に基づいての話であり、
漫画が原作だからか、コミカルな描き方になっている。だから一般の人にも理解しやすいのであろう。
体験者からすると異論もあるのだろうが、一般的な「うつ」という病気への心構えにもなるように思う。

「鬱は心の風邪」などと言われるようだが、私の認識は「風邪」というほど安易な感じには思えない。
わずかな症状が出始めた時、それと気付いて対処すれば良いのであろうが、往々にして軽く考えて
こじらせてしまう。それでも我慢してしまうと、やがてある一線を越してしまい、深いうつ症状になって
しまうように思う。うつになるには、環境に原因があるはずである。その人にとってはあらゆる事情が
絡んで抜け出し辛いのも理解できる。しかし一旦こじらせてしまえば、さらに辛くなる。これが原因だ
と分れば、頑張らず、我慢せず、一線を超す前に、休むか、その場から退却することが、最良の療法
なのであろう。