monologue
夜明けに向けて
 



 2003年2月3日、ロサンジェルス、サンセット通りのクラブ「the House of Blues」でカクテル・ウエイトレス(ホステス)として働いている女優ラナ・クラークソン(Lana Clarkson)(当時40才)は60年代ポップ音楽の生ける伝説、プロデューサー、フィル・スペクター(現在69才)と出会った。かれはウェイトレス、キャシー・サリバン(Kathy Sullivan)とともに酩酊状態で到着して、家で一杯飲もう、と誘った。スペクターのリムジンのブラジル人運転手アダリアノ・デ・ソウザ(Adriano De Souza)の証言によればラナは初めかれの家に行くのに気が乗らないようだった。

 その後、ラナは翌朝早く、スペクターのアルハンブラの邸の玄関の間で口中射殺死体となって発見された。運転手の通報によってスペクターは逮捕された。
スペクターが使用していた銃身の短いコルト・コブラ・リヴォルヴァー拳銃に合うホルスターがその玄関の間の引き出しで見つかった。

 フィル・スペクターは被告となって、2007年9月、米ロサンゼルス郡地裁陪審団は全員一致の評決に達することができず有罪か無罪かを判断できない「評決不能」を宣言していた。そして先日、2009年5月13日(月)検察の申し立てを受けた再審理の結果米ロサンゼルス郡地裁陪審は第2級殺人で有罪、少なくとも18年以上の懲役、最高で終身刑の評決を下した。そしてついこの間、2009年5月29日、懲役19年から終身刑の判決が最終的に言い渡されたのである。

 リムジン運転手アダリアノ・デ・ソウザ氏が陪審団の前で「スペクターが"I think I killed somebody."と言った」と語ったのが重要証言となったのだが弁護側はかれは聞き違えたのだと反論した。興奮状態のブラジル人がアメリカ英語を正確に聞き取れたのかどうか。殺したのならもってまわった言い回しをせず単刀直入に"I killed her."と言うのが当たり前のように思われる。

 気になるのは運転手ソウザ氏がエマージェンシーサービス(911番)に電話したとき "I think my boss killed somebody"と言ったということである。この文体は他者の行為のリポートとしては正しいと思われる。ところが「スペクターが"I think I killed somebody."と言った」というのはなにか腑に落ちない。当事者がそんな言い方をするのだろうか。ごまかすためにそう言ったのか。ソウザ氏のことば"I think my boss killed somebody"という構文とスペクターが言ったという"I think I killed somebody."の構文が同じであることにひっかかるのだ。ブラジル人で英語が不得手だから自分のことばも主人のことばも同じ構文で証言したのか。本当にスペクターが"I think I killed somebody."と言ったのなら、「あまり関わりの深くないだれかを殺したかもしれない」という意を伝えようとしたのだろう。

  弁護側は自殺と主張していたが、検察側はスペクターは過去に何度も銃で女性を脅し、酔うとよくロシアン・ルーレットで女性の命をもてあそぶ歴史に引き込もうとしたと主張した。ロシアン・ルーレットはロックバンド、シカゴのリードギタリスト、テリー・キャスが1978年1月23日に死亡したことでも有名である。

 俳優という職業は因果なもので手を叩いた瞬間に思考することなく号泣したり大笑いしたりする訓練をいつもしているので。ロシアン・ルーレットでもこわがる前に平気で引き金を引いてしまう。もしそうだったのならラナ・クラークソンは自分の死によってスペクターが終身刑に処されたことをどう思っているのだろう。

 そしてあなたはこれから日本でも始まる裁判員制度でかれを裁くとすれば、終身刑を与えるだろうか?
fumio

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