monologue
夜明けに向けて
 

カイ  


アリオンハローメッセージ
「95/11/12 カイとしてカイである者、真珠の泡沫に乗り虹の光彩を得るだろう」

そんなこんなでわたしたち一行はその大賞曲、「わかりあえる日まで」「第一回アジア太平洋わたぼうし音楽祭」日本代表として出場したのである。
交(カイ)としてカイである者は☆(messiah of excution)がシンボルマークなのでアリオンのいうようにわたしたちはこの音楽祭で虹(ダイバーシティ)すなわち、多民族のレインボーカラーの光彩(交際)を得たのである。

予言の民、ホピ族によると、世界的音楽イベントに出場するTRUE WHITE BROHERたち三人はそれぞれに十、卍、☆のシンボルマークが見えるということである。わたしは原宿竹下通りの声優とモデルプロダクション「ホワイト・エレガンス」で活動していたのでWHITE BROHERということになる。
イントロのナレーション担当の少年Romioはバプティスト教会で洗礼を受けたので十字、リードシンガー,Myukiとわたしは卍字や☆がシンボルマークになるのだろう。

fumio



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その頃、毎日新聞に、障がい者の作る詞にメロディをつけて競うコンテスト「第15回記念わたぼうし音楽祭」の作品募集が載った。大賞作品は2年後、1991年8月、シンガポール国立劇場、カランシアターで開催される「第一回アジア太平洋わたぼうし音楽祭」の日本代表となるということだった。
それでわたしは当時、反核劇の舞台稽古で頸椎損傷を負って障がい者というコンテスト応募資格を満たしていたのでMyukiの歌をフィーチャーしてスタートしていた「水面に書いた物語」プロジェクトから数曲選んでカセットテープに入れて応募してみた。すると、「わかりあえる日まで」が予選に通って奈良で催された「第15回記念わたぼうし音楽祭」に出場することができた。そのコンテストで幸い、「わかりあえる日まで」が大賞に選ばれたのである。
fumio

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