某地区地元の体育祭。
もちろん、腰は痛く
膝には力が入りません。
全身筋肉痛で
まともに歩くこともできません。
昨夜は帰宅途中コンビニで購入した
ロックアイスで必死のアイシング。
それでも膝の痛みが取れるはずもなく、二階の寝室に行くのも一苦労。
目覚めれば上った階段を下りなくてはなりません。
手すりにしがみつきやっとの事でリビングへ。
こんな状態で今日のリレーを走れるわけがありません。
むしろ走れるって言う方がおかしいでしょう。
オリンピック選手だってフルマラソンを走ってから100mの競争に出たなんて人、
聞いたことありませんよね。
ましてや私はその倍の84kmですよ、絶対におかしいよね。
そりゃ84km走ったんだから50mや100mぐらい・・・・って思うのもうなずけるけど(苦笑)
あまり食欲も湧かないけど、とりあえず朝食。
その後、少しずつカラダを動かして筋肉をほぐします。
リレーの予選は12時半ぐらいの予定。
それまでに何とか動けるカラダにしなくっちゃ、と焦ります。
先ずは公園に行って自分がどんな感じになっているのか知らなければなりません。
約2kmほどのウォーキングのあと、ちょっとだけダッシュのまね事。
しかしやっぱり膝のチカラが変な感触と共にす~っと抜けるのです。
痛いというよりも沁みるという感じに近いかも。
とっても嫌な感じです。
もうこのままでは絶対に走れない、そう思って最後の望みを薬に頼る事にしました。
「ロキソニンS」
第一種医薬品、薬剤師がいなければ手に入らぬ薬品です。
もし、相当な怪我であって、それを痛みを消してまで走ることは
かなりのリスクを負うということ。
しかし自分が走らなければ誰かが代わりに走らなければなりません。
50歳代の人がいきなり走ったらどうなるのか容易に想像がつきますよね。
もしそれで怪我でもしたら私はここで生きては行けない。
いくら体育祭と言えどもその体育祭の華、最終種目のリレーは選手以外の誰もが期待し
そして当然ながら選手も真剣になってしまうのです。
だからその分だけ何かあれば風当たりも相当強く、だからこそ皆が嫌う訳でもあるのです。
その大役をほぼ強制的に受けさせられちゃった自分。
先ずは一錠投入。
時間をおいて走ってみますが、
やはり少々の痛みを感じます。
それでも我慢すれば何とか走れるでしょう。
しかし不安を残したままのスタートではダメ。
やはり選ばれた人たちが並ぶこの競技。
手抜きの走りではあとで何を言われるか分かりませんからね。
そこでもう一錠投入。
頭はぼんやりしましたが、痛みは感じません。
これで不安なく走れそうです。
が、痛みは消えたと言え筋肉が復活するはずもなく、特に瞬発力を必要とする
スタートを任される50歳代。
そう、50歳代はスタートの50mときめられているのですよね。
だから順位もはっきり分かっちゃう。
予選第二組のスタートラインについてピストルの号砲を待つ間も、
自分の瞬発力のなさが気がかりで仕方ありませんでした。
「パン」
予想通り一歩が出ません。
かなりの選手に先行を許しました。
もしかしたらビリだったかも(笑)
しかしそこからスピードに乗り2位まで順位を上げ無事バトンパス。
なんと我がチーム、1位で予選を楽々突破。
これでもう一本走らなければならなくなりました。
この日は日差しが強く、日陰も殆どなく、薬の影響もあってかぼんやりと椅子に腰かけ
最終の決勝を待ちます。
やや薬の効き目も落ちてきたのか、それとも痛みが強く出始めたのか
太腿や足首に痛みを感じ始めました。
早くしなければ・・・と、焦っても仕方ないこと。
でも、走れる時間はそう長くはないなとの予感。
最後の種目、地区対向リレーの開始です。
アップの為に10mぐらいをダッシュ。
相変わらず瞬発力はありませんが、
トップスピードは予選の時よりも
上がっているかなという感触。
ただ出遅れる事は決勝の面々からみて
絶対にやってはいけない事。
100mとか200mとかなら後半に追い上げられても50mはそれができません。
号砲一発、決勝スタート!
速い!
みんな速いけど絶対に負けない。
ひとりに先行は許したものの僅差の2位でバトンパス。
後続も2位をキープしていたのですが、一瞬の隙を突かれてダンゴ状態の3位から4位と
順位が下がってしまいました。
しかし我がチームのアンカーでもありエースでもある若手がひとりをかわし
歓喜の3位ゴール。
こうしてようやく私の長く長く辛くきつい二日間が終りました。
今も入賞の賞品、料理用のパッカーが食卓の上に乗っていますが
これは百円ショップなどで簡単に手にいられるものでは決してありません。
今尚続くこの筋肉痛と腰と膝との痛みの末に勝ち取った戦利品。
我が家の宝物。
あ~こら~!
ネコがパッカーをおもちゃにしてる~~~~(涙)