今の仕事に就いて1年が過ぎた。
まあ大変な仕事で、どう考えても収入には見合わない・・・ような気がする。
緑地管理と簡単に言うけど、広大な敷地と無数の樹木。
これで終わりだというものがなく、まるで無限ループの蟻地獄のような職場だ。
秋から春までの剪定が終る頃には雑草が息を吹き返し、ジャックの豆の木のごとく伸び放題。
機械を使った除草作業は、振動で腕が痛めつけられ、一日中埃と汗にまみれる。
でも、そんな身体的苦痛よりも、精神のダメージはそれ以上に大きい。
自閉症を患った彼等への作業指導は、半端なく気を使わなければならない。
怪我のリスクを伴う作業は特にそうだ。
そうしなければどうしても追いつかない作業量。
気もカラダも悲鳴が止まらない。
きっと彼等にしてみても、毎日繰り返されるその作業に苦痛を感じているのではないかと、危惧を抱いていたが、案外そうでもないらしい。
だが、そこには悲しい現実が存在していた。
”会社にいるのが楽しい”
と、言う子がいる。
彼は自宅にいると部屋に引きこもっているという。
テレビを観るでもなく、ゲームに没頭する訳でもなく、マンガや雑誌で暇をつぶすでもない。
ただただ寝ているだけの休日を過ごす。
家庭の事情とは言うものの、彼に対して無関心過ぎる家族の対応。
そんな呟きをひとつひとつ打ち明けられるたびにやるせなさでいっぱいになる。
しかし、それ以上はプライベート。
踏み込む余地もない。
せめて、会社にいるときぐらい、ひとの温かみと親近感と言うものを感じさせてあげようと、スキンシップを含めた接し方で対応を試みている。
それが正しいことなのか大きく間違った道なのかは全く不明だが、彼がときより見せる笑顔が自分へのご褒美だと思い、その日も彼の肩に手をかけていた。

また、ある子は自閉症の症状が他の子よりも重い。
作業の途中に休憩を取らせるとその場で居眠りを始めてしまう。
それを激しくとがめる先輩指導員たち。
が、ある若い指導員(他の作業班の指導員)が何処かの文献を引き出し、自閉症の子たちの睡眠障害に着いて意見を聞いてきた。
睡眠障害にしろ、薬物服用による眠気にしろ、就業中でのいねむりなどもってのほか。
企業に在籍している以上、許されるものではない。
が、この事業所の難しいところがそこにある。
障がいを抱えた彼等を社会的に支援しつつ、その上での成果を求めていくと、それがこの会社の事業形態だ。
事業内容として、一般的な成果とはまた異なる部分がそこには存在している訳で、例えばそこで就業時間内での休憩時間以外の休憩がるのも、その一環と言えば言えないこともない。
時々集中力の切れてしまう彼等に対しては、その間の休憩時間は必要不可欠のモノのようでもある。
そこでの居眠りが企業でのコンプライアンスとして違反しているかと問えば、かなりファジーな答えでしか上司からは帰ってこない。
臨機応変が答えのようだ。
障がい、病気、薬物服用、いずれにしてもここで働く者にはそれなりの不十分な部分が存在する訳で、それを承知の上の企業なのだからそう言うしか仕方ないのだろう。
しかし、それでは目の届かぬところでその様な居眠りがあちこちで横行していたなら、他の子たちの気持ちとして許すことができるのだろうか。
不満はいずれいじめや無視、攻撃につながる。
居眠りは障がい者だからと許されるものではない。
しかし、とがめる案件でもない。
そのメリハリはしっかりつける。
それが自分としての見解だ。
”障がいだから仕方ない”
は、逆に障がいをもった子たちを侮辱している、そう思ってもしまう場合もあるということだ。
厳しく叱責するのは決して良くない。
ましてや人前でつるし上げるようなやり方は怒りさえ覚えるが、それがこの会社では常識的に行われている。
それこそが一番の問題点と思うが、さてどうなのだろうか。
数学のような答えはこの場所にはないような気もするのだが・・・。

ある子はいつも夢の中にいる。
彼と一緒に休憩の時間を過ごした。
石を持ち上げ、捕まえたのがダンゴムシ。
ダンゴムシは刺激に対して丸くなるが、同じような形態のワラジムシは丸くなることはできずに素早く逃げようとする。
ダンゴムシを捕まえては目は何処にある?
口は?
鼻は?
と、つぶさに観察するのが、彼の常だ。
”今、ダンゴムシに涙をかけてしまった”
と、大事件でも起こしたように騒ぐ。
どうしたのかと聞けば、あくびをしたら涙がこぼれてダンゴムシにかかってしまったと。
普通に聞けばたわいのないことでも彼にとっては一大事なのだ。
塩分を含んだ涙は、ダンゴムシにとってどれだけ有害なのかと気をもむ。
草抜きをしながら、てんとう虫の安否に手が停まるほどの彼だからこそ、心を痛めるほどの心配事とおもってしまうのだろう。
と、いきなり竜宮城から帰ると、どうして時代が変わっているのかと質問をされる。
「ドラえもんだってタイムマシーンに乗るし、ウミガメがもしかしたらタイムマシーンのような力を持っていたら、どうなる?」
と、逆に質問を振り向けると、彼は考え込んでしまった。
「浦島太郎がもらった玉手箱を他の人が開けて、煙を浴びたらおじいさんになっちゃうんだろうか」
逆に問いを投げ返されてしまった。
彼とのおとぎ話、童話の話は尽きない。
もっともっと、知識や話術を手に入れないと、彼に対して失礼だ。
夢は見るものだが、語り合うことも彼にとっては楽しいひと時であり、日常なのだ。
そんな彼が言った。
「早くこの仕事を終わらせないと、連休に入ってしまう」
驚いた発言だった。
彼に限らず、彼等の成長は驚くほど時間がかかるが、それ以上に驚くのは絶対に成長を止めない。
まだまだ、彼等には追いつけない新米指導員だと毎日実感している。
まあ大変な仕事で、どう考えても収入には見合わない・・・ような気がする。
緑地管理と簡単に言うけど、広大な敷地と無数の樹木。
これで終わりだというものがなく、まるで無限ループの蟻地獄のような職場だ。
秋から春までの剪定が終る頃には雑草が息を吹き返し、ジャックの豆の木のごとく伸び放題。
機械を使った除草作業は、振動で腕が痛めつけられ、一日中埃と汗にまみれる。
でも、そんな身体的苦痛よりも、精神のダメージはそれ以上に大きい。
自閉症を患った彼等への作業指導は、半端なく気を使わなければならない。
怪我のリスクを伴う作業は特にそうだ。
そうしなければどうしても追いつかない作業量。
気もカラダも悲鳴が止まらない。
きっと彼等にしてみても、毎日繰り返されるその作業に苦痛を感じているのではないかと、危惧を抱いていたが、案外そうでもないらしい。
だが、そこには悲しい現実が存在していた。
”会社にいるのが楽しい”
と、言う子がいる。
彼は自宅にいると部屋に引きこもっているという。
テレビを観るでもなく、ゲームに没頭する訳でもなく、マンガや雑誌で暇をつぶすでもない。
ただただ寝ているだけの休日を過ごす。
家庭の事情とは言うものの、彼に対して無関心過ぎる家族の対応。
そんな呟きをひとつひとつ打ち明けられるたびにやるせなさでいっぱいになる。
しかし、それ以上はプライベート。
踏み込む余地もない。
せめて、会社にいるときぐらい、ひとの温かみと親近感と言うものを感じさせてあげようと、スキンシップを含めた接し方で対応を試みている。
それが正しいことなのか大きく間違った道なのかは全く不明だが、彼がときより見せる笑顔が自分へのご褒美だと思い、その日も彼の肩に手をかけていた。

また、ある子は自閉症の症状が他の子よりも重い。
作業の途中に休憩を取らせるとその場で居眠りを始めてしまう。
それを激しくとがめる先輩指導員たち。
が、ある若い指導員(他の作業班の指導員)が何処かの文献を引き出し、自閉症の子たちの睡眠障害に着いて意見を聞いてきた。
睡眠障害にしろ、薬物服用による眠気にしろ、就業中でのいねむりなどもってのほか。
企業に在籍している以上、許されるものではない。
が、この事業所の難しいところがそこにある。
障がいを抱えた彼等を社会的に支援しつつ、その上での成果を求めていくと、それがこの会社の事業形態だ。
事業内容として、一般的な成果とはまた異なる部分がそこには存在している訳で、例えばそこで就業時間内での休憩時間以外の休憩がるのも、その一環と言えば言えないこともない。
時々集中力の切れてしまう彼等に対しては、その間の休憩時間は必要不可欠のモノのようでもある。
そこでの居眠りが企業でのコンプライアンスとして違反しているかと問えば、かなりファジーな答えでしか上司からは帰ってこない。
臨機応変が答えのようだ。
障がい、病気、薬物服用、いずれにしてもここで働く者にはそれなりの不十分な部分が存在する訳で、それを承知の上の企業なのだからそう言うしか仕方ないのだろう。
しかし、それでは目の届かぬところでその様な居眠りがあちこちで横行していたなら、他の子たちの気持ちとして許すことができるのだろうか。
不満はいずれいじめや無視、攻撃につながる。
居眠りは障がい者だからと許されるものではない。
しかし、とがめる案件でもない。
そのメリハリはしっかりつける。
それが自分としての見解だ。
”障がいだから仕方ない”
は、逆に障がいをもった子たちを侮辱している、そう思ってもしまう場合もあるということだ。
厳しく叱責するのは決して良くない。
ましてや人前でつるし上げるようなやり方は怒りさえ覚えるが、それがこの会社では常識的に行われている。
それこそが一番の問題点と思うが、さてどうなのだろうか。
数学のような答えはこの場所にはないような気もするのだが・・・。

ある子はいつも夢の中にいる。
彼と一緒に休憩の時間を過ごした。
石を持ち上げ、捕まえたのがダンゴムシ。
ダンゴムシは刺激に対して丸くなるが、同じような形態のワラジムシは丸くなることはできずに素早く逃げようとする。
ダンゴムシを捕まえては目は何処にある?
口は?
鼻は?
と、つぶさに観察するのが、彼の常だ。
”今、ダンゴムシに涙をかけてしまった”
と、大事件でも起こしたように騒ぐ。
どうしたのかと聞けば、あくびをしたら涙がこぼれてダンゴムシにかかってしまったと。
普通に聞けばたわいのないことでも彼にとっては一大事なのだ。
塩分を含んだ涙は、ダンゴムシにとってどれだけ有害なのかと気をもむ。
草抜きをしながら、てんとう虫の安否に手が停まるほどの彼だからこそ、心を痛めるほどの心配事とおもってしまうのだろう。
と、いきなり竜宮城から帰ると、どうして時代が変わっているのかと質問をされる。
「ドラえもんだってタイムマシーンに乗るし、ウミガメがもしかしたらタイムマシーンのような力を持っていたら、どうなる?」
と、逆に質問を振り向けると、彼は考え込んでしまった。
「浦島太郎がもらった玉手箱を他の人が開けて、煙を浴びたらおじいさんになっちゃうんだろうか」
逆に問いを投げ返されてしまった。
彼とのおとぎ話、童話の話は尽きない。
もっともっと、知識や話術を手に入れないと、彼に対して失礼だ。
夢は見るものだが、語り合うことも彼にとっては楽しいひと時であり、日常なのだ。
そんな彼が言った。
「早くこの仕事を終わらせないと、連休に入ってしまう」
驚いた発言だった。
彼に限らず、彼等の成長は驚くほど時間がかかるが、それ以上に驚くのは絶対に成長を止めない。
まだまだ、彼等には追いつけない新米指導員だと毎日実感している。