風をうけて vol.3

お引越ししてまいりました。
拙いブログですがよろしくお願いします。

深夜のダッシュ

2015-09-13 17:04:54 | 日記・エッセイ・コラム
まあ、相変わらずの睡眠障害。

時は午前3時。

もちろん誰も起きてない。

いや、正確にいえば猫2匹はその時間が活動時間。

猫と一緒の生活してどうすんだって感じだけど、年々睡眠がずれが激しくなってきている。

変な時間に眠くなり、変な時間に目が覚める。

そうした時間のずれは生計を維持する仕事上ちょうどいいのは皮肉だけれど、自分的には非常に困っているのは確か。

だけど、もうずれちゃった体内時計を元に戻すのには長い時間を要するのではないかと。

もうしばらくこのまま不自由を感じつつも我慢というところ、かな。

さて、猫の活動時間は決して我が家の猫だけにあらず他のお宅の猫も同じこと。

夜な夜な猫たちの縄張り争いが繰り広がれている。

この頃では近所に凶暴な猫が現れ、我が家の猫は数度にわたり重傷を負わせられている。

入院数回、通院数えきれないほど。



なにしろ4匹いる我が家の猫たちが共闘してもかなわぬ相手。

相当の強者とみる猫はどの家庭で飼われているのかもしれぬ流れ者。

やせ細っているわけではないところからきっと何処かで世話になっているに違いない。

が、いくら足取りを追っても、ご近所の方に情報を得ようとしても一切その素性は分からず、ただただ我が家の猫を痛めつける憎き相手でもある。

猫には猫の”自宅の敷地”の境界線があるらしく、ここは我が家の敷地だと人間様がいくら主張してもそれは理解されないらしい。

だからその憎き猫の敷地内になっているのだろう我が家、そこにいる猫4匹はそちらにとってはただの侵入者、いや侵入猫なのだ。

だからそこから排除しようと戦いが始まる。

元々よちよち歩き程度で捨てられた我が家の猫たち。

親の教育というものがもしあるのだとすればまったくその教え講じられていない、はず。

本能のみで今まで生きてきたものばかりだ。

猫同士の付き合い方もコミュニュケーションも果たして知っているのかどうか。

それより何より”捨てられた”とい精神的なショックや不安この上ない公園での数日がトラウマとなり未だに神経質な部分、人に対して異常なほど警戒心を持つ。

そんな猫がたくましく腕力の強い猫にかなう訳がない。

こてんぱんにやられ食べ物も口にすることもなくただ横たえるだけの愛猫を放っては置けないだろう。

そこで獣医に治療を、ということになるのだがこれがなかなか金銭的に馬鹿にできない。

私は我が家の猫のために、あの凶暴な猫のために、こうして毎週休日出勤を行っているのか、と思うと何ともやり切れなくなる。

この夜も猫の唸り声が聞こえた。

家族の誰かが猫の「外へ」の懇願に負けて外に出っぱなしのままでいたのだろう。



そこにきっとあの凶暴な猫が現れたに違いない。

私は急いで懐中電灯を握りしめ外に出た。

すると塀の上にいた我が家の猫。

その下を見ると、やはりあの憎き猫の姿。

一瞬お互いの目が合い、そしてお互い動きが止まる。

そんなためらいを突き破るように私が一歩踏み出すが早いか猫の逃げ足の一歩が早いか、そこからお互いのダッシュの応酬が始まる。

右に左に切れの良い走りをするあの憎き猫。

必死に追うが猫の足にかなうわけもなく暗闇の消えるあの憎き猫の後ろ姿に地団太を踏む。

そんな戦いをよそに我が家の猫ときたら何もなかったかのようにとぼけ顔。

悔しいが”猫の喧嘩に飼い主が出るな”の様相だ。

そんなことをこの夜はなんと3度も繰り返した。

相当しぶとい精神をもってもいる憎き猫だ。

そのたびにうわの空を決め込んでいる我が家の猫。

いったいあの憎き猫の戦いの相手は我が家の猫なのか、それとも私なのだろうか。

睡眠障害の夜は色々と悩ましい夜でもある。
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「告白」

2015-09-09 17:29:17 | 日記・エッセイ・コラム
って、それ程大袈裟なものじゃありませんけどね(笑)

でも、「今年は走らない!」という決断を下したことをここに告白します。

いや、少なくとも今年いっぱいはレースは走らないだけではなく長引けばもっと1年とか2年とか…。

ちょっと前まで、「う~ん、足利辺りから走ろうかなぁ」とか「さのマラソンで復活だぁ!」とか思ってたんだけど、どうしてもその日の調子の良し悪しの差が大きすぎるんだもの。

冷静に判断してこの状態じゃ無理。

まあ、走って走れないこともないとは思うけど、辛く痛く悔しくそう思うなら、そう思わなくなるまではレースを目的とした走りは止めて走れる自分の為の練習をしようと思った訳。

だからここは思い切って「今年は走らない!」そう決めちゃえば気ままに走ったり休んだり自分のペースで練習に取り組めるでしょう。

ねえ、ここでそうやって”宣言”しちゃえばいくらおバカな自分でも守らない訳にはいかなくなるしね。

それでね、もっと走ることに自信が持てるようになり楽しく感じられるようになったらまた走るよ。

そう、絶対に走るからね。

ほら、前からそんなことをにおわせる様なことを言ってたけどここではっきりしておこうと思ったのよ。

これって他の人にはなんでもないようなことだと思うんだけど、でも自分にとってはすごい決断なんだよ、これ。

”生涯ランナー”でいるためにはとっても大事な決断になると信じているしね。



さて、そうしちゃうと益々このブログがつまらなくなっちゃうでしょう⁈

だからね、ここでもうひとつの「告白」ね。

このブログのサイドバーのブックマークにリンク貼ったんだけど、「ゆったりまったり ~ふかや暮らし~」(こちら)ってあるでしょう⁈

実はね、知っている人も多いかもしれないけど、それも私が書いてるの。

まったく走ることには関係ないものなんだけどね。

地元中心の”情報ブログ”ってところかな。

毎日更新してま~す。

これ、まったくプライベートのことはあかさないし(ここであかしちゃったか 笑)、謎の人物(でもないね)のブログなんだけど、そう言う内容だと色々ストレスもたまるわけね。

だからそんな取材時の裏話や本音なんかをたまにこっちで書いちゃおうかな、なんてね。

まあ、それも気まぐれなんだけどね。

だから向こうのブログしか知らない人は裏話的なものは知らないのね。

こっちのブログを知っている人だけの特権ってどうかな?

まあ、興味があったらちょっと暇つぶしにでも遊びに行ってやってくださいな。

(そんでもってランキングのタブをポチってしてくれると嬉しいなぁ)

そんな訳でして、「え~ちょっと方向性が…」と思われるかもしれないんだけど、その辺はひらにご容赦を。

ハイ、それじゃよろしくね~♪

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調子はいかが?

2015-09-06 16:31:35 | 日記・エッセイ・コラム
毎日、天気悪いよね。

雨ばっかり。

日照時間の短さは作物にとっては致命的だよ。

まあ、自然相手だからここで地団駄踏んでたってどうしようもない。

しょうがない、なるようにしかならないんだから。



たまに晴れりゃ暑いしね。

色々ありますわ。



そう、この間も頑張って走ったんだよ。

頑張って走ったって言うより頑張らざるを得なかった。

だって、急に雨が降ってきて、、、いやそれも間違い、、、雨が降りそうだったけど無視して走り始めたんだ。

そうしたら案の定、いきなりの土砂降り。

いやぁ、参ったね。

どうせ汗でびちょびちょになっちゃうんだから気にしない、って思っていてもやっぱり人間の心理として雨に濡れるのは嫌なもんなんだね。

途中から一生懸命走り過ぎて吐きそうになっちゃった。

こんなに頑張ったのは久しぶりだよね。

そんな姿を地元走友会の熊谷在住の方に見られちゃったんだ。

その方、何か月か前に合った時、奥様が病の床についてしまい看病で相当大変だって言ってたけど、その後どうしただろう。

気晴らしにこの公園に来るんだって言ってたよな。

きっとこの日もそうだったんだよね。

「向こうで待ってます」って言ってはみたもののその時は全速で走ってたしタイムも気になってたから、、、本当に失礼しちゃったな。

例え、たわいのないお話でもいいから、そうしていれば少しでも気分転換のお手伝いができたかも知れないのに。

私にだってそんな経験があるんでその方の苦しさは手に取るようにわかるもん。

あの時止まればよかったって、今、すっごく反省してる。

そんな非礼な、不人情な、思いやりのかけらもない走りをするもんだから吐きそうになるんだよ。

罰が当たったんだよ、罰がね。

決して追い込み過ぎたんじゃないぞって思ったりして。

それから数日、天気が悪かったり晴れても暑かったり時間がなかったりでなかなか走れなくってどうも上手く回ってない。



まあ、レースが控えてるわけ℉もないし、当面の目標としては”普通に走ること”だけだし。

焦ることもヤキモキすることもないんだけど、そうだね、一時よりは確実に走れるようにはなっているよな。

と、言っても一番走れていた時期を100とすれば50ぐらいなものかな。

それを如実に表しているのが今日なんだけど、何を思ったか500mのインターバルもどきをやってみたのね。

500m×5 つなぎに200mをウオーキング。

これをインターバルと呼ぶかどうかは別として、どうしても2分をきれなかったんだよなぁ。

やっと走れるようになってからスピード練習なんてもちろん全然やってないし、流しさえ行ってないんだから仕方ないけど、これはね~、ダメだよね~。

以前は1分40~50秒とかでやってた練習だもの、この落ち込みは深刻だよ。

それより何より深刻なのはこの日もそうだったんだけど、その日によって痛みの度合いが全く違うの。

右のアキレス腱の付け根、どちらかといえば踵に近い位置。

それと左側、骨盤からくる大きな腱の付け根辺り、ピンポイントで痛むんだよね。

あまり痛まない日もあるし、走りだしたら痛くなる日もあるし、初めから痛くって歩くのも大変な日もあるし。

いったいなんじゃこりゃ。

って、それが病気だそうです、ハイ。

今日は初めから痛かったんだけど全然走れないほどじゃない。

走り終えて今はもう全く痛まないし。

逆に調子よく走った後に痛くって動けなくなっちゃう、なんて日もある。

晴れたり曇ったり雨が降ったり、暑くなったり涼しくなったりで。

ハイ、ワタクシも全く同じでございます、ハイ。










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臆病

2015-09-02 07:20:48 | 日記・エッセイ・コラム
≪気にしすぎる?≫

≪諦めた?≫

≪意気消沈?≫

≪心折れた?≫


雨の降りやむのを待って公園のジョギングコースへ飛び出す。

キロ6分があれほどきつく感じていた真夏の日が嘘のよう。

出足の1kmをキロ5分で走る。

それはいくら楽な気温だとしても今までが今までだけにそのまま5km弱あるコースを1周するのは無理。

とりあえずその1kmをアップとして一旦止まり、その後、可能なスピードで再びスタートをきる。

キロ5分半ぐらいか。

これならば、と思えるスピードだ。

汗も流さずそのままで27分少々で1周。

そこから少しずつペースを上げる。

いや正確にいえば上がってしまう。

するとどうだろう、足には負担は感じないというのに心肺がまったくついてこない。

衰え方には足と心肺は比例しないらしい。

3kmほど行った頃か、どうにも我慢しきれずスピードを落とす。

苦しい息の中で姿勢も保てず、しかも膝が上がらない状態ではペースを維持できる訳がない。

一旦息を整え再びペースを上げるが長くは続かない。

これはかなり深刻な状態だと危機感を抱くとともに、まだこうした走りの練習は始めたばかりだと都合の良い言い訳を考える。

何処を鍛える?

心肺が先?

いや体幹の筋力強化?

太腿、腹筋 更に減量。

やらなければならないことは嫌という程ある。

だけど、このカラダはそれらをこなせるカラダなのだろうか。

今だってカラダの奥底、芯の部分から響く違和感。

未だに痛みから解放された訳じゃない。

正直なところ、素直にいえば、回答用紙は白紙、何も分からない。

この先自分がどうなってしまうのか、どうしていったらよいのか。

そんなことを思いながら2周目を終えた。

時間的にいえばこんなストレスを感じずごく一般的な練習タイムの約2分落ちの24分といったところ。

「こんなに苦しくなるまで走ったというのにこのタイムか、いや、この時期でこのタイムならまずまずだろう」

そんなことが頭の中でグルグルと。

瞬間的にはきっとキロ4分そこそこまで上げられたとは思う。

だけど瞬間のスピードを求めている訳じゃない。

トータルで24分というのは決して喜べない。

その後のダメージは予想以上。

ストレッチ後の股関節は神経が消失してしまったかのように動きを止めた。

アキレス腱の痛みで明日の朝は歩行にも難儀しそうだ。

それより何より数日という単位の時間を回復に充てなければならないのがむしろ痛みより辛い。

例えばハーフにしてもフルにしても今の何倍もの時間を走る。

時間でいえば5kmや10kmならば対応できるだろうがこの心肺じゃ勝負にならない。

苦しむだけのランならこのまま公園や近所をひとりで走っている方がマシ。

楽しめるだけの力がつくまで、発揮できるまではレースは封印しよう。

”臆病”

だけど、その臆病だけが自分を救う道なのかもしれない。








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