「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

本当は淋しい

2010年07月12日 20時46分35秒 | 介護帳
 
 先日の記事に書いた、 介護拒否や暴力のある 利用者・Bさん。

(http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/60843403.html )

 相変わらず お茶をひっくり返したり、 何をしても抵抗したり、

 不貞腐れて 食事に手を付けなかったりしています。

 どうもBさんは プライドが高くて、

 「どうぞ」 とか 「召し上がってください」 などと関わると、

 “お前の世話になんかなるか” と 思われるようなのです。

 そこで、 お茶のカップを 持たせてあげるのではなく、 少し離れた所に置いて、

 知らんぷりをしていると、 そのうち手を伸ばして お茶を飲んだりするのです。

 食事も 世話を焼いて構うのではなく、 遠巻きに 見ないふりをして見ていると、

 一人で少しずつ 食べたりしています。  (^^;)

 施設にいる 認知症専門の看護師の先生によると、

 本当はBさんは 淋しいのだというのです。

 淋しいけれど それを素直に表現できず、 拒んだり歯向かったりしてしまうそうです。

 一目で  「淋しいんだよね」 と看破した、 認知症のCさんは すごいと思います。

(http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/60847305.html )

 Bさんはきっと しっかりと生きてきた人で、 今までできたことが できなくなり、

 そういう自分が 受け入れられなかったり、 悲しかったりするのかもしれません。

 人に面倒を見られるのも 許せないのではないでしょうか。

 愛を得られない悲しさが 怒りとなって噴出してしまう、

 心子やボーダーの人と 似たところがあるかもしれません。

 根本には 淋しさの感情があるのだ ということが分かれば、

 こちらの気持ちも変わってきます。

 時間はかかるけれど、 こちらは一貫した 受容的態度で、

 Bさんの心を少しずつ 解きほぐしていくしかないということです。

 いつか、 Bさんの笑顔が 見られるようになるといいですね。
 
コメント
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