「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

得る喜びと失う悲しみ …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (34)

2010年10月04日 18時29分20秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)
 
○東央大病院・ 噴水の広場

  淳一が、 車椅子に乗った 多佳子を押して

  くる。

  二人、 周りの景色を眺める。

淳一 「回復が早くてよかった」

  多佳子、 景色に目を奪われている。

多佳子 「(目を疑うように) ジュンくん ……

 移植って、 目までよくなるのかな?」

淳一 「え ?」

多佳子 「木が、 あんなにくっきりと …… 

 葉っぱが 一枚一枚光ってる」

淳一 「……」

  噴水の水や 辺りを見回す。

多佳子 「水も、 建物も、 なんか光の粉を まぶ

 したみたい …… キラキラして」

淳一 「いつもと同じ景色だよ」

多佳子 「信じらんない ……」

淳一 「変わったのは、 タカちゃんの心のほう

 だよ」

多佳子 「…… (目が潤む)」

淳一 「感謝しなきゃね」

多佳子 「うん、 あたし、 大切にするね、 この

 膵臓と腎臓 …… 死ぬまで ……(涙)」

  淳一、 車椅子を押して 芝生の所へ行く。

  多佳子の手を取って、 車椅子から降ろす。

  二人、 並んで座る。

多佳子 「あたし、 いつか こういう日が来るの

 待ってた気がする ……。 どんなきれいなもの

 見たって、 一人じゃ つまんない。 だけど、

 誰かと一緒に感じれば 嬉しさが何倍にも…

 …」

淳一 「…… (何かを考えている)」

多佳子 「ねえ、 ジュンくん?」

淳一 「…… オレ、 こういう時が来るの、 恐れ

 てたのかもしれない ……」

多佳子 「え ……?」

淳一 「一度誰かと 気持ちを共有してしまった

 ら、 それを失ったときには 何倍も……」

多佳子 「どういうこと?」

淳一 「オレ、 あとに何も残さないようにって、

 ずっと思ってたのかもしれない……」

多佳子 「ジュンくん ……?」

  淳一、 ニカッと笑って 立ち上がる。

  車椅子のシートに 頭を乗せて逆立ちし、

  手で車を回しながら 進んでいく。

淳一 「ヨッ …… どっこい !  ハッ !」

多佳子 「……」
 
(次の記事に続く)
  
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