福島第一原発で働いていた 社員たちが、 避難所で 被災者の支援をしています。
原発のそばで生まれ育ち、 原発の安全性を PRしてきた人たちです。
自らも被災しながら、 事故の重さを背負って、
隠れるように働いているのだといいます。
第一原発広報部のリーダーだった 社員Sさんは、 避難所支援に名乗りを挙げました。
「原発の町」 大熊町に 生まれたSさんにとって、
原発は 「あこがれの職業」 でした。
広報を担当して7年、 「原発は安全安心」 と説明し続け、
「津波がきても大丈夫です」 と 百回も言いました。
「みんなに石をぶつけられても、 ののしられても仕方ない」 と 思いました。
ところが 避難所の人たちは、
「よう手伝いに来てくれたなあ。 あんたは大丈夫か」 と 声をかけてくれます。
「とても温かいのが、 かえってつらいのです」
町の 「臨時役場」 に寝泊まりし、 支援作業をする 東電広報部の社員もいます。
東電との連絡役として 朝夕2回、 町に 第一原発の現状を伝えます。
手の空いた時間には 掃除を手伝っています。
ずっと見学者らに 「原発は安全」 と説明してきました。
「事故のことを どう説明すればいいのか。 言葉が見つからない」
東電原子力立地本部の部長は、 各地の避難所や自治体を訪ねて 謝罪をする日々です。
首長に 面談を断られることもあります。
「地域への貢献を原点に 仕事をしてきたつもりだった。
非常に申し訳ない 気持ちで一杯です」
原発で成り立つ 町のために尽くしてきた、 東電の社員たちに 罪はないのです。
彼らもまた被災者であり、 被害者です。
〔 朝日新聞より 〕