自分の国は自分で守れ

Mikuのブログ

この震災をもたらしたのは、 ある意味でマスコミである

2011-03-25 18:25:18 | 偏向報道・マスコミ

先週金曜日に東日本大震災が起きました。被害に遭われた方々には、心からお悔やみ申し上げますとともに、大川隆法総裁先生から、
『Be Positive!』
というお言葉もいただいておりますので、今日は「これから」のことに関して、お話をさせていただきたいと思います。

元々、震災の起きる前に、今日のテーマとして予告していたのは、
「もし諸葛孔明が、北京ダックを料理するとしたらどうするか?」
でしたが、北京ダックというのは中国政府のことですね。
最近の諸葛孔明の霊言の中で、
「もし諸葛孔明が日本の総理大臣なら、中国政府をどう料理するか」
というお話が出てきました。
その中で、「世界では常識で、戦前の日本でも常識だったのだけれど、戦後の日本では常識ではなくなってしまった事柄」について、諸葛孔明霊が指摘されていたので、「これは解説が要るかな」と思って用意していたのですが、これについては、次回に延期したいと思います。
震災直後ですので、テーマを変更させていただきますことをご了承ください。

今回の震災について、(3/17の時点で)二つご法話を賜りました。
『諸行無常の風に吹かれて〜インドと日本』という宗教的な内容のお話と、
『震災復興への道』という、政治関係のこの世的な解決方法からの観点のお話です。
各論については、今後色々な方から発信がされていくと思いますので、それとは別に、これらの御法話の中で、ちょっと強めに発信しておかねばならないと思われることを二、三、述べたいと思います。

映画『仏陀最誕』(2009年10月17日に全国ロードショーされた)のシーンとの関連に言及されたことが印象的だった方は多いのではないでしょうか。
特に津波のシーンですね。「今までの想定を超えた津波というのが本当に起きるのだ」という実感を得たのではないかと思います。

「まるで映画がデジャブ(既視体験)のようでした」
という言葉は、御法話の前から、多くの方から伺っていました。

1994年に『ノストラダムス戦慄の啓示』という映画を作りましたが、あの映画の中で、高速道路がつぶれて落ちてしまったシーンがあったと思いますが、阪神淡路大震災で同じ光景を目の当たりにしましたね。
当時日本では、そういう惨事が起きたことは無かったにもかかわらず、高速道路崩落のシーンが、あらかじめ作り込まれていました。
実は、あの映画の初代プロデューサーでしたので(3か月だけ、その後秘書に異動)、よく覚えているのですが、あのシーンは、作り込んでいくプロセスの中で入ってきたものなのですね。どこかでインスピレーションがあったのかと思いますが、あのシーンが出来上がりました。
ロングランになって、最後は1月10日まで上映しました。その一週間後に震災が起きて、まるで予言のような映画になってしまいました。それは、何度も先生が仰っています。

『仏陀再誕』のクライマックス第一幕は、このようにして始まったわけですが、第二幕は何だったかというと、空からのUFOの襲来でしたね。
先生も笑いながら仰っていましたが、「宇宙人がいきなり現れて人類を攻撃する」というのは、実際には考えにくいことですので、
「ある種の空からの攻撃を象徴している」
と仰っていました。
「この一言がどれくらい真面目に受け取られているか」ということなのですが、何となく聞き流されているのではないかと思いますが、私には、「身震い」のする御言葉でした。
考えられるのはまず、北朝鮮からのミサイル攻撃です。

今回の御法話の趣旨でもありますが、
『日本人の目が覚めるまで、天からの警告は続くであろう』
ということが言われているわけです。

「目が覚める」とはどういうことか。「国論が変わる」ということです。

神を軽んじる風潮が、マスコミの報道姿勢も含めて、変わる」
ということが、「国論が変わる」ということの意味です。

震災が起きて、それが変わりましたか? 変わっていませんね。
石原都知事が「天罰だ」という発言をしたら、袋叩きに会って、撤回・謝罪までさせられました。もちろん、主も仰ったとおり、直接的には、「民主党政権に対する政治批判」だったわけですが、宗教を勉強したことのある方でしたので、「天罰」という言葉を使ったら、なんと、「不謹慎」だと叱られた。
では、天罰ではなかったのか?
先生も仰ったとおり、「この震災は、国民に対するある意味での警告」でした。石原氏は正しい発言をしたのに、マスコミから袋叩きにあった。神様仏様の考え方に沿った発言をしたら、「不謹慎だ」と言われたわけです。
これでは、到底、「人々の目が覚めた」とは言い難い状況だと言わざるを得ません。
では、人々の考え方(仏神を軽んじる風潮)が変わらなければどうなるか?
『第二幕が開ける』
と仰っています。

2012年公開予定の映画『神秘の法』が、単なる「予知」として終わるのか、それとも、阪神大震災のときのように、タイムラグ(時間差)を伴わない「現実」として現れるのか、そのことをおっしゃっているわけです。
客観的にみて、今回の震災後も、国論は変わっていません。
「このまま変わらなければ、2012年に第二幕が開けるよ」
ということをこの御法話はおっしゃっているのですが、皆様は、そのことを明確に自覚されていますでしょうか。
(「その2」に続く)

 

 

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