一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

証券取引所での取引ってなんだ?(ジェイコム問題に関連して)

2005-12-20 | あきなひ

ジェイコム問題について、利益の返還、具体的には取引自体を無効にすることが法的にできるのか(すべきか)という議論がさまざまな有識者のblogでされていますが、私自身はいかんせん取引所での株式売買についての知識がないので床屋談義的なコメントしかできない状態であります。
※過去の床屋談義はこちら参照(その1 その2

先の記事に大御所toshiさんからTBをいただいたので、少し真面目に調べてみました。

論点としては大きく
1 そもそも証券市場の取引に民法の適用があるのか
2 民法の適用がある場合に、本件が錯誤無効の要件に該当するかという
という2つがあるようです。

1については、証券取引の安定の必要性や有価証券取引の特殊性、取引所取引の匿名性(原則相手を選べない)などから一般の取引ルールを決めている民法や商法の適用に否定的な意見と、証券取引も売買契約であり、民法・商法の適用を排除する理由がないという民商法適用を前提として、錯誤無効の適用の可否を論じる意見があります。

2については民法95条に「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。」とあり、今回のみずほ証券は重大な過失があるので、錯誤無効を主張できないのでは、という意見と、取引相手方に「悪意」(みずほ証券が誤注文を出していることを相手方が知っていること)がある場合にはまで無効主張が制限されるわけではないという意見があるようです。


とまあ、このへんまでは理屈としてはわかるのですが、つぎに証券取引所での取引のしくみ(いつの時点でどういう風に売買契約が成立するのか)について、東京証券取引所 業務規定 を見てみました。

証券取引市場での取引がどのように成立するかについては「第2節 売買契約締結の方法」に規定されています。

(競争売買の原則)
第10条 売買立会による売買は、競争売買によるものとする。
2  競争売買における呼値の順位は、次の各号に定めるところによる。
(1) 低い値段の売呼値は、高い値段の売呼値に優先し、高い値段の買呼値は、低い値段の買呼値に優先する。
(2) 同一値段の呼値については、次に定めるところによる。
a  呼値が行われた時間の先後により、先に行われた呼値は、後に行われた呼値に優先する。
b  同時に行われた呼値及び行われた時間の先後が明らかでない呼値の順位は、当取引所が定める。
(3) 成行呼値は、それ以外の呼値に値段的に優先し、成行呼値相互間の順位は、同順位とする。

(個別競争売買)
第12条 第10条第1項の競争売買は、個別競争売買とする。
2 個別競争売買においては、次の各号に掲げる約定値段を定める場合を除き、売呼値の競合、買呼値の競合及び売呼値と買呼値との争合により、最も低い値段の売呼値と最も高い値段の買呼値とが合致するとき、その値段を約定値段とし、第10条第2項に定める呼値の順位に従って、対当する呼値の間に売買を成立させる。 (中略)
3 前項各号の約定値段を定める場合においては、売呼値の競合、買呼値の競合及び売呼値と買呼値との争合により、次の各号に掲げる売呼値の合計数量と買呼値の合計数量とが一定の値段で合致するとき、その値段を約定値段とし、第10条第2項に定める呼値の順位に従って、対当する呼値の間に売買を成立させる。(中略)
4 前項の場合において、売呼値の合計数量と買呼値の合計数量とが合致する一定の値段が二つ以上あるときの約定値段は、これらの値段のうちに直前の約定値段と同一の値段があるときは、当該値段とし、直前の約定値段と同一の値段がないときは、直前の約定値段に最も近接する値段とする。ただし、当取引所が直前の約定値段を基準とすることが適当でないと認めるときは、当取引所がその都度定める値段とする。
5 第3項の規定にかかわらず、第2項第3号の約定値段を定める売買の値段が、直前の約定値段(当取引所が定めるところにより気配表示が行われているときは、当該気配値段)を基準として、当取引所が定める値幅を超えるときは、売買を不成立とする。

これを見ると、呼値を上のルールでつき合わせて「売買を成立させる」仕組みのようです。呼値のすり合わせのルールはネット証券のHPなどで解説されているとおりですが、この「成立させる」の主語はだれなんでしょう?
それを疑問として留保した上で、つぎに呼値は誰がどうするかというと

(呼値)
第14条 取引参加者は、売買立会による売買を行おうとするときは、呼値を行わなければならない。この場合において、取引参加者は、次の各号に掲げる事項を、当取引所に対し明らかにしなければならない。
(1) 当該呼値が顧客の委託に基づくものか自己の計算によるものかの別
(2) 空売り(証券取引法施行令(昭和40年政令第321号。以下「施行令」という。)第26条の3第1項に規定する空売りをいう。)を行おうとするときは、有価証券の空売りに関する内閣府令(平成4年大蔵省令第50号)第1条各号に規定する取引を除き、その旨

という風に呼値は取引所参加者=証券会社がつけるわけです。これが要するに注文ですね。

ということは、ものすごく荒っぽく言うと、証券取引所というのは何か特殊な権限があるのでなく、ルールに沿って呼値を摺り合わせる行司役をしていて、参加者は行事の軍配に従って売買契約を成立させる合意をあらかじめしている、というしくみのようです。

※この規定は「売買契約締結の方法」とあるのに、「AとBがこれこれすると売買契約が成立する」とないのでわかりにくいのですが、民法の原則からは当事者の意思の合致(申込と承諾)があれば契約は成立するので、この業務規定は、大量の申込と承諾(売り注文に対する買い注文、またはその逆)を処理する方法を規定しているし、それ以上のものではなさそうに読めます。



つまり証券会社の行う注文(呼値)も「呼値という価格が摺りあったら(相手が誰であろうと)その値段で契約を成立させて欲しい旨の申込兼条件付承諾」のような民法の枠組みに当てはめた解釈ができるんじゃないかと思います。

また、商法では申込・承諾のルールとして

第507条  対話者間ニ於テ契約ノ申込ヲ受ケタル者カ直チニ承諾ヲ為ササルトキハ申込ハ其効力ヲ失フ
第509条  商人カ平常取引ヲ為ス者ヨリ其営業ノ部類ニ属スル契約ノ申込ヲ受ケタルトキハ遅滞ナク諾否ノ通知ヲ発スルコトヲ要ス若シ之ヲ発スルコトヲ怠リタルトキハ申込ヲ承諾シタルモノト看做ス

というようなのがありますが、売買成立前に注文を取り消してしまえば契約は成立しないわけですから、証券市場取引がこれら民商法のルール以外のルールにしたがっているようにも思えません。
また さらに商法では

第191条  株式ヲ引受ケタル者ハ会社ノ成立後ハ錯誤若ハ株式申込証ノ用紙ノ要件ノ欠缺ヲ理由トシテ其ノ引受ノ無効ヲ主張シ又ハ詐欺若ハ強迫ヲ理由トシテ其ノ引受ヲ取消スコトヲ得ズ創立総会ニ出席シテ其ノ権利ヲ行使シタルトキ亦同ジ

というように、取引の安全を優先する場合はそのような条項が法定されているわけで、商法などに特別の規定がない以上、株式(有価証券)の売買に対する民法の適用が当然に排除されるとはいえないように思います。

なので、取引の安定の見地や表意者保護の必要性について程度利益衡量がなされるべきとは思いますが、錯誤無効の余地がまったくないとは言えないんじゃないかと思います。


では次に上記2つめの論点です。
これについては取引の安全と表意者の保護の利益衡量からは、錯誤を知っていた相手方までは保護する必要はないという考え(学説上も有力な考えだったと思います)が説得力を持つように思います。

ただここで難しそうなのは、

業務規定10条11条のように売呼値の低い方と買呼値の高い方を順番にすり合わせて売買を成立させる、という仕組みの中で、みずほ証券の注文を無効としたときに、対象の取引だけが無効になるのか、他の注文が混在していた場合無効になった人だけが不当に損しないか

という点です。もっとも今回は「1円」などという売り注文は1社しかなく、しかも圧倒的hなボリュームの発注だったので、全部取り消してもいいのかもしれませんが。
また、

買い注文が成立した株主が既に売却していたらどうなる(確か錯誤無効については詐欺取り消しの民法96条3項が類推適用されるので善意の転得者には対抗できないのでは?)
みずほの買い戻しの注文(これは真意の注文なので、特に売り手がみずほでない場合は錯誤無効にするのは難しいようにも思います)はどうなるのか、
またこれが生きるとすると、現在の株価を考えるとなんかみずほが得しちゃったりしないのか。

とか、ややこしい問題もでてきそうです。


こうなると、処理の方針を決める前に取引再開をしてしまったのは傷口をひろげたような感じもしますね。


なんか調べたはいいけど、問題がさらにややこしくなって整理がついていませんが、今日のところはこれくらいにして、また考えます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする