しかも第一回は既に再放送も終わっていて、残念・・・
今回は隔週日曜の夜に放映するようですが、週明けに向けてテンションを上げさせようという配慮なのでしょうか(笑)
今年は花粉症対策として鼻うがいを取り入れて比較的好調だったのですが、どうやら喉をやられてしまったようです。
鼻うがいで鼻詰まりは少なくなったのですが、その分花粉が喉を直撃したのかもしれません。
考えてみれば、異物を排除するための鼻詰まりですから、あまり通りを良くしてしまうのもよくない、ということですね。
新興市場の緩い審査で上場する企業に個人投資家のお金が流れ込むと、やけどする人も増えるのと似ています。
だからといってあまり目の細かいマスクをかけてしまうと、今度は空気が十分届かずに息が詰まってしまうという中で、証券取引所には健全な鼻詰まり(異物排除)の役割を期待したいものです。
「そういえば昔のガキはみんな青っ洟垂らしていたけど、体は丈夫だったよな」
というのが理想でしょうか。
ねじれ国会。 福田康夫です。
(平成20年4月10日配信 福田内閣メールマガジン 第26号)
少なくとも自虐ネタのセンスはあるんだなと思ったら「[タイトル] 福田康夫です。」というのがメルマガの件名になっているようです。
一方で、白川さんの後の副総裁候補として提示した、渡辺博史さんについては、民主党が第一党をしめている参議院の同意が得られませんでした。
(中略)
「財務省出身だから」という理由で、民主党は不同意を決定したそうです。 最も重要なことは、日銀副総裁としての資質を備えているかどうかであって、経歴ではないはずです。
例えば、国会でも、公務員出身の議員の皆さんが、たくさんご活躍されています。これは、有権者が、単に候補者の経歴だけではなく、自分たちの代表として適切かをしっかりと見極めた結果に違いありません。
また、国会議員では、二世議員・三世議員の皆さんがたくさんご活躍されています。
福田首相も二世議員ですが、最も重要なことは内閣総理大臣としての資質を備えているかどうかだということは十分自覚されていることと思います。
現在、民主党は、参議院の第一党です。参議院で意思決定することで、国民生活に大きな責任を負っているはずです。
そして、自民党は依然として衆議院の第一党であり、国民生活により大きな責任を負っているはずです。
物事が決まらない時間切れの政治。拒否権を振りかざすだけの政治。
目先の政局ばかりを意識して、国民不在の政治闘争を続けることは、参議院の第一党という権力の濫用にほかなりません。
これは逆に普通の法案のように衆議院が優越していればそれを振りかざすことが出来たのに、という無念さの現われでしょうか。
しかし、国民から見れば、「ねじれ国会」だからといって、政治を停滞させる理由にはなりません。
私は、いかなる課題についても、野党の皆さんと話し合う用意があります。そして、「ねじれ国会」のもとでも、国民にとって最善の結論を得られるよう、今後ともねばり強く、できる限りの努力をしていく覚悟です。
多数決だけとるのが国会運営ではないわけで、小沢代表がいかに無茶を言おうと、説得や交渉や世論へのアピールを駆使して目的を達成するのが国民生活に責任を負う内閣総理大臣の仕事であり、そういうことが出来ることが内閣総理大臣としての資質なのではないでしょうか。
ひと段落ついた時点で過ぎたことに対してウジウジ文句を言うというのは、Political Correctnessが浸透する前だったら「オ○ナの腐ったような」と形容されたことでしょう。
もっとも女性からはフレーズへの批判以上に「腐ったとしてもこうはならない」という文句が出てきそうですが・・・
また結果を出すのが責任者の仕事であり、「できる限りの努力」をすればいいというものではないと思います。内閣官房長官じゃないんだから。
また、今までの成果が福田首相の「出来る限り」だとするならば、次の選挙までに有権者に「しっかりと見極め」られることになると思います。
すでに小沢一郎には見極められてしまっているようですが・・・
「さすがに小沢一郎はやりすぎ」というふうに世論の流れが変わるまでは何も出来ないというのでは困ったものです。
スポーツカーのR8から始まったLEDのポジショニングライトが今後のモチーフになりそうです。
どこかで見覚えがあるな、と思っていてやっと思い出しました。
Eye in the Sky (The Alan Persons Project)のジャケット
懐かしい・・・
ご存知ない方と昔を思い出したい方のために、こんな曲です。
おとといメタボのエントリをアップしたら、ちょうど日経新聞の経済教室に「肥満と負債、強い相関」という記事がのっていました。
05年に住宅ローン以外の借金の有無と回答者の体系の関係を調べたところ、「負債あり」のグループの方が肥満度が高いという結果が出たそうです。
さらにこれを余分な脂肪を「負債」と考え、他の回答を利用して経済学的に分析しています。
その結果肥満の人に共通している性格として
1 せっかち
将来の価値(利益・損失)に対する割引率が高い=将来を待てない
2 後回し傾向
遠い将来は辛抱強い選択ができるのに、目先の計画にはとたんにせっかちになる=「双曲割引」というらしい
3 将来の損失をおそれない
将来の受け取りの期待割引率と将来の支払の期待割引率との差(=符号効果)が小さい
という傾向があることがわかったそうです。
その結果長期的利益に反して過剰な脂肪を蓄えてしまうとか。
太り気味というだけで社会的な非難を浴びるような世の中はどうかと思うのですが、こういう統計的分析も「性格的欠陥」のように言われかねない危さがあります。
「ちょっと前のアメリカと同じ」という日本の得意技でもあるのでしょうが行き過ぎのように思います。
「容姿で差別してはいけません」と子供に教えている小学校の先生は、どう対応するのでしょうかね。
PS
余談ですが「長期的利益に反して過剰な脂肪を蓄えてしまう」というところで、ケインズの「長期的という視点は現在の問題の解決を誤らせる。長期的には我々は皆死んでしまう。」という文章が思い浮かんだぶのですが、ケインズご本人(写真右側)は大柄ではあるものの肥満ではなかったようです。
『敵対的買収の最前線―アクティビスト・ファンド対応を中心として』というものものしい副題がついています。
本書は「西村高等法務研究所叢書」というシリーズの2冊目で、西村あさひ法律事務所の研究部門である西村高等法務研究所の講演会をまとめたものです。
なんかやたらと「高等」が目について、講演会のまとめなら「口頭」じゃないか、などとまずは悪態をついてもみるのですが、考えてみればこの手の本はけっこうありがたいです。
講演会といっても、人気のものだとそもそもはいれないし、スケジュールがあうとも限りません(それに講演会だと「緊急の要件」に負けてしまうことも多い)。
また出たは出たで満員だと冬場は特に荷物の置き場がないし(まあ、「西村高等・・・」であればホテルのクロークつき宴会場とかでやるのでしょうが)、夏場は隣の人が体臭がきつかったりすると最悪です。
なので、講演内容をまとめた本は時間のあるときに細切れで読めたり、ポイントは読み返したりできるのでけっこう重宝します。
本書もコンパクトにまとまっていて、講演時のスライドなども乗っているので、自分の資料
これで1400円は時間効率からいってもお買い得です。
内容的には、落合中央大学教授、中山弁護士、マーク・ラムザイヤーHLS教授らが委任状争奪戦(proxy fight)について、岩倉弁護士がブルドックソースの話(高裁決定時点)をしています。
中山弁護士は委任状勧誘と株主提案権の行使について概観をさらっとふれています。
これはモリテックスの事件に代表されるように、いざ実戦となると相当いろいろなパターンがあるでしょうから、奥が深い話です。
(大統領選挙の集計でももめるアメリカ由来の議論だからというわけでもないでしょうが)
さらに保管振替機構の実質株主名簿にカストディー名義で登録されている場合の大量保有報告とのずれについてもさらっと書かれていますが、この辺もけっこう厄介な問題がありそうです。
実務的には詳細な検討がされている中での氷山の一角の講演だと思いますので、ぜひ氷山の水面下の部分も別の論稿で拝見したいと思います(というか、そこは仕事として依頼しなさい、ということでしょう。)。
講演を聴きにいって、最近のトピックスや論点を仕入れる、という役目は十分果たせる一冊だと思います。
切腹の文化を復活させるわけではないのでしょうが。
昨日の日経社説 国の統制でメタボは減るか
40―74歳の国民5600万人を対象に、生活習慣病を減らすための「特定健診・保健指導」が鳴り物入りで始まった。いわゆる内臓脂肪症候群(メタボリック・シンドローム)に着目し、該当者や予備軍を見付け出して食習慣や生活習慣を改めさせる新たな仕組みという。
(中略)
健診の基本は腹囲測定だ。男性85センチ以上、女性90センチ以上の人を対象に血圧、血糖、脂質などの値を加味して生活習慣病になるリスクの高い人をふるい分ける。この人たちは発症リスクの高低に応じて3グループに分類される。リスクが最も高いグループは保健師などの面接指導を受け、その後も電話や電子メールでも3カ月以上、指導される。
(中略)
さらに問題なのは、5年後の健診の実施状況やメタボ該当者などの減少率が低い健保組合は、後期高齢者医療制度(長寿医療制度)に払う支援金が増額されることだ。
原典を当たっていないのですが、健診の実施状況やメタボ該当者などの減少率が「低い」と支援金が「増額」されてしまうのでは、モラルハザードになってしまうように思うのですが。
今年の株主総会で、
(株主)当社の従業員のメタボリック対策はどうなっているのか?
(議長)健康診断の受診を徹底しております。
(株主)では今回の取締役候補者の腹囲の数値はどうなっている?
なんて光景が展開されるのでしょうか?
そのうちに、株主総会の招集通知の取締役選任議案に腹囲の表示が義務付けられたりして。
東京高検、石橋産業事件の田中森一・元特捜検事を収監
(2008年3月31日(月)20:06 読売新聞)
特捜検事が内幕を書いた本は多分初めてなのではないかと思うのですが、なかなかリアリティがあります。
著者は長崎の離島の貧しい生活を脱却しようと大学進学を志し、そして司法試験に合格、検事任官後は捜査畑のたたき上げとして頭角を現し、弁護士に転じた後は「バブル紳士」との交流、と戦後の貧しい時代から55年体制の中の検察、そしてバブル経済とその崩壊と戦後日本と併走するかのような人生を一気に読ませます。
幻冬舎のこの手の自伝本に共通する、ライターが入っているのではないかと思わせるような語り口の上手さがちょっと気になりますが、内容的の面白さがこれを補っています(最後に自分の訴追された事件に関してはさすがに歯切れが悪くなりますけどそれは仕方ないですね)。
企業や公務員、議員だけでなく特捜検察といえども、組織や人間の営みである以上「絶対的な正義」はない、ということが共通認識として広まったことが、戦後60年の日本社会の成熟した証かもしれません。
あいかわらず石原都知事らしい発言ですが。
ガソリン税「夏までに復活だめなら独自課税も」石原知事
(2008年4月5日(土)01:31朝日新聞)
ガソリン税の暫定税率復活をめぐり、東京都の石原慎太郎知事は4日、定例記者会見で「夏までに復活できなければ、ガソリン税(の失効分)を法定外税として都独自の課税も考える」と表明した。
石原知事は与党の再可決方針を支持し、「このままでは重要な道路事業が中断する」と主張。独自課税の金額や課税根拠については「初歩的な思いつき」として明言しなかった。都主税局によると、都内のガソリンスタンドごとに課税する考えという。
独自課税などより「そもそも自民党の安定政権を前提に租税特別措置法などと言って暫定的な措置を延長延長で恒久化するようなまやかしをしているからツケが回ってきたんだ」などともっと大きなちゃぶ台をひっくり返した方が石原知事らしかったと思いますが、今回、国から内示された都の道路事業予算が2007年度の1950億円から78億円に激減したそうですので、大所高所の議論ばかりも言っていられないのでしょう。
「東京都だけ課税」というのは給油のために都外に出る車が増えて、渋滞や環境負荷に逆効果のようにも思いますが、たとえばETCカードのICチップを利用して、東京都で一定量以上給油した車でないと都心部に乗り入れできないようにするなどとしたらどうでしょうか。
さらに、これを機会に1950億円の中身の見直しをして、「道路事業予算を2割減らすかわりに都民にも負担を」、などといえばけっこう支持されるかもしれません。
石原知事の発言はあまり好きではないものが多いのですが、これはもうちょっと掘り下げて考えてみると意外と面白いアイデアにつながるのではないかと。
センス悪い「参上」 法相、国民から意見
(2008年4月5日(土)08:15 産経新聞)
「参上」はダメ?-。鳩山邦夫法相は4日の閣議後会見で、裁判員制度PRの広報看板の文案を国民から募集する方針を明らかにした。鳩山法相は3月の衆院法務委員会で「裁判員参上!」という現在の文章を「センス悪い」と批判。法務省は内容の変更を検討しており、会見で鳩山法相は「参上」の2文字について国民から意見を募ると説明した。
また、法相は省内で文案について議論をした際に「友達の友達は裁判員」という案が職員から出たと紹介。昨年10月に「友人の友人がアルカーイダ」と発言して物議を醸した法相だけに少々悪ノリ気味だったが、「残念ながら予算に限りあるので、全面書き換えすることはできない」。
法務省の職員も鳩山大臣だけには言われたくなかっただろう と思うのですが、ちょうど祝田橋の交差点のところの法務省庁舎?の解体工事現場の仮囲いにデカデカと看板が出ていて、私も最初に見たときはびっくりしました。
全面書き換えはできず「参上」2文字だけ書き換えするというこれまた中途半端な話ですが、僕もお国のために一肌脱いで案を考えてみました。
こんなのどうでしょう?
「裁判員事情」
3乗がだめなら2乗ではいかがかと・・・
「!」のスペースも使って
「裁判員の事情」
とすれば共感をよべるかもしれません。
3乗よりパワーアップしたいのであれば
「裁判員私情」
「裁判員互譲」
とべき乗が増えていきます。
極めつけは
「裁判員苦情」
というのもあります。
いずれにしても、最初から完全なものは出来ないでしょうから、仮説検証をしながら適宜修正していくことが大事だと思います。
間違っても
「裁判員惨状」
にはならないようにしていただきたいものです。
でもネタバレすると面白さが半減するので妙な解説になることをご承知置きください。
デンゼル・ワシントンという俳優は、「賢明でかつ正義感に溢れ、かつタフなアフリカ系アメリカ人」という確固たるポジションを築いています。
冒頭は確かにデンゼル・ワシントンの映画(たとえば『ボーン・コレクター』のような)というはいり方をすします。
ところが途中から、え?これデンゼル・ワシントンのする役?というような展開になり、でも、最後はいかにもデンゼル・ワシントン的な終わり方をします。
これじゃぁ何言ってるかわからないでしょうが、単なるサスペンスではなく、ちょっとひねった映画であることは間違いありません。
だいたいこの手のひねり方は無理が伴うのですが、脚本もこなれていて、無理の部分を目立たなくしています。
まあ、まずは観てください。
一週間レンタルの料金なら損した気持ちにはならないと思います。
ネットでCNNニュースを見ていたらこんな記事が
NATO deals setback to Ukraine, Georgia
目に留まったのは記事の内容でなくて"Ukraine"と並んでいる"Georgia"という固有名詞。まさかアメリカのジョージア州のことではあるまいとは思ったのですが、日本語表記でいうグルジアのことなんですね。
由来は同じなのかとWikipediaでグルジアの項を調べたら
日本語名の「グルジア」はロシア語名Грузияにもとづき、英語名のGeorgiaと同じく、キリスト教国であるグルジアの守護聖人、聖ゲオルギウスの名に由来すると言われる。
さらにゲオルギウスのところを読むと
ゲオルギウス(Georgius)は、キリスト教の聖人の一人。ゲオルギオス、ゲオルギイとも表記する。ドラゴン退治の伝説でも有名である。キリスト教の聖人伝説をまとめた『黄金伝説』には数多くのドラゴン退治物語が記載されており、聖ゲオルギウス伝承もその中に記載されている。
古代ローマ末期の殉教者。イタリア語形でジョルジョ Giorgio, 英語形でジョージ George, スペイン語形でホルヘ Jorge, ドイツ語形でゲオルク Georg, フランス語形でジョルジュ Georges,ロシア語形でゲオールギイ Георгий(ユーリイはこの変形)となる。
イングランド、グルジアやモスクワの守護聖人で、西方では十四救難聖人の一人に数えられる。
彼の象徴は、赤色十字旗、竜であり、白馬にまたがる姿が多い。
確かに、イングランドの国旗は
グルジアの国旗は
と、同じモチーフですね。
一方でアメリカのジョージア州は当時のイギリス国王ジョージ2世にちなむ植民地名に由来するそうです(「ジョージ2世」の名前自体がイングランドの守護聖人に由来しているのかもしれませんが)。
州の旗もアメリカ流です。
同名異人といえば最近では小浜市とオバマ氏や古くは宇佐市とアメリカ合衆国、などがありますがそれよりはちょっと関係はつながってる、ということでしょうか。
また、地方銀行の中国銀行と"Bank of China"の中国銀行というのもありますが、地銀の中国銀行の東京支店の看板には隅にに小さく「本店 岡山市」と書いてあり、お互いに「同姓同名」をいやがっているようです。
主人公の島崎三歩は槍ヶ岳で山岳救助ボランティアの活躍を描いたコミック。
三歩は遭難者を見つけたとき、遭難の原因が装備不十分とか無謀な計画によるものであったとしても、また遭難者が既に遺体となっていたとしても、必ず
「良く頑張った」
と声をかけます。
遭難という結果をもって相手を非難するのではなく、遭難したとしても、そこで必死で生き延びようとする登山者に対する暖かい視線があります。
当たり前ですが、山に登らなければ絶対に山で遭難はしません。
しかし山に登る楽しさはも山でなければ得ることが出来ない、そして、その楽しさを味わいに来た人には全力でサポートする。
搬送される人に向かっても
また、山に来いよ~
と声をかける三歩からは、そういう気持ちが伝わってきます。
そこがこの物語を上質なものにしています。
僕自身は、仕事でもよくないと思っていても思わず後講釈で非難をしてしまうことがあります。
トラブルに逢った(または自ら招いた)部下や同僚に対して、素直に「良く頑張った」と言える人間になるにはまだまだです。
<映画>中国人監督「靖国」上映中止 「抗議で近隣迷惑」5映画館自粛
(2008年4月1日(火)13:00 毎日新聞)
靖国神社を描いたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」をめぐり、4月12日からの上映を決めていた映画館5館が31日までに上映中止を決めた。相次ぐ自粛で、当面、公開のめどが立たなくなった。
(中略)
3月18日に東京・新宿のバトル9が上映取りやめを決定。その後、銀座シネパトス、渋谷Q―AXシネマ、シネマート六本木、シネマート心斎橋も中止を決めた。銀座シネパトスを経営するヒューマックスシネマは「上映中止を求める電話がかかったり、周辺で抗議行動があった。近隣や他の観客に迷惑がかかるため、中止を決めた」としている。一方、Q―AXシネマの営業責任者は「具体的な抗議や嫌がらせはないが、不特定多数の人が集まる施設なので、万が一のことがあってはならない」と、上映見送りの理由を語った。
個人的には映画が反日的というだけで反対するのでなく懐の広さを見せるべきだと思うのですが、今日はちょっと別の切り口から。
今回の上映中止がいわゆる反社会的勢力による抗議行動の結果だとした場合、それらの勢力の要望に従った不作為も「反社会的勢力との関係」にあたってしまうのではないか、という疑問です。
企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について(平成19年6月19日 犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ)の別紙企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針には、「反社会的勢力」の定義として、
暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人である「反社会的勢力」をとらえるに際しては、暴力団、暴力団関係企業、総会屋、社会運動標ぼうゴロ、政治活動標ぼうゴロ、特殊知能暴力集団等といった属性要件に着目するとともに、暴力的な要求行為、法的な責任を超えた不当な要求といった行為要件にも着目することが重要である。
とあります。
そこで、一定の政治的主張を持っていて、特定の企業活動をやめさせたい人が上の「社会運動標ぼうゴロ、政治活動標ぼうゴロ」に金を渡して抗議活動を行った場合、それらの活動に屈すること自体が、企業にとっては間接的に反社会的勢力を利することにならないか、という疑問です。
「企業の不作為の結果間接的に反社会的勢力が利益を得るのは企業のコンプライアンス上問題はないか」、と一般化した論点を立てた場合は、「絶対に問題ない」と言い切れる人は少ないと思います。
そうはいっても、抗議行動の活動主体が誰なのかを常に把握することは困難ですし、抗議行動自体は合理的な主張だった場合、結果的に抗議行動の意に沿うような不作為をしたからけしからん、と言われてもたまりません。
たとえば金融庁の中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針(抄)において
なお、(3)から(6)の行政処分を検討する際には、以下の①から③までに掲げる要因を勘案するとともに、それ以外に考慮すべき要素がないかどうかを吟味することとする。
① 当該行為の重大性・悪質性
(中略)
チ.反社会的勢力との関与の有無反社会的勢力との関与はなかったか。関与がある場合には、どの程度か。
とあります。
たとえば、金融機関の窓口である国の外貨預金や投資信託を扱うことについて街宣車などによる抗議活動が起こった結果それを取りやめたような場合も、報告徴求とか業務改善命令などの行政処分の対象になるんでしょうかねぇ。
一般に「反社会的勢力には毅然とした態度で臨むべし」と言われていますし、そのとおりだと思うのですが、突き詰めて考えると結構難しい問題かもしれません。