しげるの自遊学

自由に遊び、自由に学んで生涯現役。
ソプラノの森岡紘子さんを一人のファン
として応援しています。

ゴルフは道具か?

2013-09-23 10:43:10 | Weblog

 私は自他ともに認めるゴルフ下手である。もともと運動が苦手な上、歳をとって体力が衰えたこともあり、益々ゴルフ下手になってしまった。そして始末が悪いことに、体力に関係のないパッティングまで不調なのだ。そんな話をしていたら、親しい近所の方が、パッティング練習器なるものを持って来て下さった。その上、新しいパターを買ったらどうかと。お節介にもほどがあるなどと思ったのだが、折角のご好意だからと、ゴルフ・ショップにまでご同行頂いた。

 ゴルフ・ショップなぞ久しく覗いたこともなかったので、いやーびっくりした。広々したパッティング練習場まであり、ここで気に入るパターが見つかるまで試したらどうかというのだ。その結果、私が選んだのが下のパター。 今までマレット型のパターを使っていたのだが、ゴルフの道具も進化していると実感。

TAYLOR MADE(テーラーメイド) GHOST TOUR DA-12 パター 35インチ 左用 日本仕様
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TAYLOR MADE(テーラーメイド)

 先日、このパターを初めて使って驚いた。午前のハーフ・ラウンドで、パット数がなんと13。これには正直私も驚いた。ワンパットが5回。ツーパットが4回(8打)で、合計13パット。いっしょにラウンドした近所のご夫妻もびっくりしていました。最近の道具の進化には目を見張るものがありますね。(ゴルフに限った話ではありませんが・・・)

 


1964年東京オリンピックの思い出

2013-09-08 10:12:51 | Weblog

 

 今朝起きるなり、「2020年のオリンピック開催地が東京に決まった」という嬉しいニュースが飛び込んで来た。関係者の皆さんの努力は大変なものだったでしょう。福島の汚染水問題など難しい問題もあり、悲観的な予測もあったが、開催地が「東京」に決まって本当によかったです。しかし、2020年といえば、私は90歳にもなるわけで、果たしてそれまで元気でいられるのかな、などと一寸センチメンタルで複雑な気分にもなります。

 そんなわけで、今日は1964年の東京オリンピックのことを思い出していました。私は働き盛りの33歳だった。当時、銀行の国際業務部門で仕事をしていた関係で、オリンピック期間中はオリンピック会場(東京体育館)へ通うことになったのでした。体育館の中で、通訳の仕事を担当することになって張り切って会場へ通ったのだが、実際のところはそんなに大した仕事はなかったように思う。時々、体育館の中をのぞいて、体操選手の演技振りを眺めていた記憶がある。(写真の通行証は、体育館に出入りする時に提示を求められたもの)

 1964年のオリンピック記念硬貨も何枚かあったはずだが、今調べてみたら、写真のケースひとつだけ。銀貨も変色したままになっているので、これは少し磨いた方がいいかななどとつまらぬことを考えています。1964年オリンピック当時のことを妻と話したら、私が体育館へ通っていたことなど初めて聞いたとか。ことほど左様に夫婦の間で会話がなかったのかなと唖然。

 


ちぎり絵作品展

2013-09-07 14:56:24 | Weblog

今年もちぎり絵作品の展示会をするのだそうです。ということは、私がこき使われるということです。

 

 

 何回も作り直してやっとOKが出た案内状と会場の地図です。(はがきサイズ) そして、まだまだ作業は残っています。作品の下につける名札。(作品名と作者名) それに会場入口に貼る案内図などなど。やれやれ!


正しい日本語を使いたい

2013-09-06 20:18:09 | 言葉

  作家の藤沢周平は、「お金を積まれても使いたくない言葉」として、「生き様」を挙げたという。ドラマの時代考証家から聞き、非常に印象に残っている。(この本の前書きから引用)

 先ず、この本の前書きを読んで驚いた。<「様」という言葉は、様子、ていたらく、格好をののしっていう語>であり、「様をみろ」など醜態につけられるものであったと。ところがいつの間にか「生き様」という語が当然の如くいい意味に使われるようになった。上品な女性が、目上の人への賛美として堂々と使っている。(これ本書からの引用)

 この本を読むにつれ、自分では正しいとと思って使っている言葉でも、「とんでもない誤りをしている」と気付くことが多かった。この本、読み始めたら面白くてやめられない。バラエティ番組で騒ぐ芸能人、そして政治家にしても誤った言葉の使い方が多いのに気がつく。この人たちの発言の影響力の大きさは計り知れない。「言葉の使われ方、意味は時代と共に変化する」、それは時代の変化、推移によってある程度仕方のないことかもしれない。しかし、やはり美しい日本語は是非、正しく使って欲しいものだ。

カネを積まれても使いたくない日本語 (朝日新書)
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朝日新聞出版