しげるの自遊学

自由に遊び、自由に学んで生涯現役。
ソプラノの森岡紘子さんを一人のファン
として応援しています。

人との交わり

2007-08-31 10:11:23 | Weblog
 人との交わりの難しさ、そして大切さを思い知らされる今日この頃です。

 8月28日(火)から読売新聞で「うつノート」というタイトルの連載が始まりました。今までの自分ならば、あまり関心のなかった内容かもしれません。身内の問題を書くのはいささか抵抗があります。しかし、日記がわりのブログでもあり、あえて筆をとることにしました。

 もう4ケ月位前になると思うのですが、次男の嫁が「うつ」と診断されたのです。無気力な状態だとかで、次男も大いに弱っていたようです。当然のことながら、嫁の母も度々応援に駆けつけるのですが、どうもそれが逆効果ではなかったかと思われる節があります。自分の娘が歯がゆいという感じで、「もっと、しっかりしなさい」、「何をやっているの!」とか叱咤激励することが多かったようです。
気持ちはわかるのですが・・・ (小学生の男子二人、中学生の女子一人の家庭)

 そして、本人の希望もあり、医師のすすめもあって、病院へ入院しました。治療のかいあってかなりよくなり、今は退院して家庭に復帰しました。しかし、問題はこれからではないかと心配しています。

 まわり(町内)を見渡しても、そのような方多いです。自分で自覚して、「うつ」であることを公然と回りに告げている方もあります。自分のパートナーは「もう何年来家事を放棄していますよ」などとおっしゃるご亭主もあります。ことほど左様にこの病の人多いようです。

 今日もまた、新聞の「うつノート」に目を通し、人間関係の難しさを考える私です。




(いたずらで描いたお月見=ワードで描いた)

暑い夏の日の一幕

2007-08-28 11:21:20 | Weblog
 体重を2キロ減らしたい、そんな目標も空しく、このところ体重はむしろ増加傾向。早く涼しくなって、ウォーキングに精出したいです。

 一日7000歩歩きたい、そうは思ってもこの暑さでは・・・ このところ、平均4000~5000がいいところです。

 ウォーキングの必須アイテムといえば、歩数計。ところが朝起きたら肝心の歩数計が行方不明なのです。血眼になって探していたら、なんと物干竿の私のズボンのポケットから見覚えのある紐が見えているではありませんか!

 いやーびっくりです。この暑さで歩数計も水浴びをしたらしい。あわてて、いろいろいじってみたもののやはり駄目でした。洗濯物をよく見ないで洗濯槽につっこむからこんなことになるのですね。この責任は誰に?

 今まで被害にあったものといえば、Yシャツのポケットに入っていたバスカード、同じくYシャツのポケットにテッシュでくるんだ入れ歯(部分入れ歯)。ボールペンが被害にあったこともありました。(写真は町内の可愛いお神輿です)


長かった一日

2007-08-25 14:26:04 | Weblog
 昨日は暑い中銀座まで出かけました。私たち夫婦、妻の従妹、妻の妹二人、義弟の5人で、たまには食事でも一緒にしましょうということになったのです。先日の叔父の葬儀の時に決めていたようでした。葬儀の時は、普段めった会わない人とも会うことになります。(これ、葬儀の効用?)

 義弟が懇意にしているフランス料理屋があるとかで、そこまででかけ、ランチを楽しみました。フランス料理には珍しく、お箸まで用意しているお店です。

お箸で創作フレンチ飯サンカント・ヌフ銀座”>

 ここでの食事、味よし、雰囲気よし、量よし、楽しいランチタイムでした。しかし、食事が終わったあとのご婦人連中のおしゃべりはなかなか終わらず、これにはいささかうんざり。そして、食事のあと、従妹の店へ行くことになりました。従妹の母、即ち先日他界した叔父の姉(私の妻からいえば叔母)も高齢だし、今のうちに会っておいた方がいいということになったのでした。やれやれ!

 というわけで、日本橋人形町まで足を運んだのです。しかし、件の叔母はディサービスの日とかで、不在、帰って来るのを待つことに。お店は、和装創作小物の店ですから、ご婦人連中には楽しい場所です。待つことが一向に苦にならない様子。しかし、私は参りました。待っている時間がものすごく長く長く感じられました。叔母が帰還した時は既に3時半を回っていました。「名前は忘れたが、顔はよく知っている」と言われ、ご対面は終わり。

 ご婦人連中は、そのあとも、人形町にはいろいろ珍しいお店があるからとまたお出かけ。さすがに私はそこまでのお付き合いで失礼しました。長い長い一日でした。

 昔は呉服屋さん。今は和装創作小物の店。昔の帯やら着物から、いろいろな小物を作っているようです。
 









暗と明 <明> 明るい話題

2007-08-15 09:51:49 | Weblog
 暗いニュースが続く中、明るくて嬉しい話題のブログを書けるのは嬉しいことです。

 8月10日(金)、久しぶりに森岡紘子さんからメールがありました。「大野和士のオペラ・レクチャーコンサート」<テーマは愛の二重唱>に出演します、というもの。大野和士さんは世界的に著名な指揮者で、他の出演者もビッグな方ばかり、私が出演させていただけるのは奇跡に近いコンサートともありました。ご本人の喜びが伝わってくるようで、私も嬉しくなってしまいました。大野和士

 チケットは完売だが、招待券を用意しておきますとのことだったので、8月12日(日)午後3時からのコンサートへ出かけました。急な話だったので、残念ながら妻は行けず、私一人。

 ドニゼッティ作曲 ルチアより ルチアとエドガルドの二重唱
 
 プッチーニ作曲 トスカより  トスカとカヴァラドッシの二重唱

 バーンスタイン作曲 ウエストサイド物語より トウナイト

 ワーグナー作曲 さまよえるオランダ人より 「はるかに過去った時代からのように」

 プッチーニ作曲 蝶々夫人より 愛の二重唱「夜になった・・・」

 大野和士さん自らがピアノを弾き、曲の解説をされるのだが、その軽妙洒脱な解説には本当に魅了されました。今までは、オペラのアリアなども、その意味や曲の背景などについてはあまり知らず、ただいい曲だな、などというくらいの感じ方で聴いていました。あらためてオペラの楽しみ方を教わったように思いました。

 それにしても、最後の蝶々夫人で歌った森岡さん、素晴らしかった。純白のドレスも眩いほどの華やかさ。最後の出番だったこともあり、歌い終わったあとも拍手はなり終わらなかったです。

 最初に神奈川音楽堂でのコンサートと聞いたときは、正直遠いなあ~と思いました。所沢からでは事実遠いことも確かです。でも、音楽会が終わったあとの満足感で、そんなことは吹っ飛んでしまいました。私を招待してくれた森岡さんに乾杯!




暗と明

2007-08-13 11:44:54 | Weblog
<暗>

本年は何故か葬儀が多い年です。

妻の叔父が8日に91歳で没し、10日通夜、11日告別式でありました。

この叔父、70歳からゴルフを始め、80歳なかば頃までは楽しんでいました。私と妻もいっしょにゴルフを楽しんだことがあります。この叔父、社交ダンス、カラオケ、水彩画と、趣味が多岐にわたり、私なぞも少なからず影響を受けたものです。葬儀の際の遺影は、写真ではなく、自分で描いた自画像でありました。(本人の希望だったとか)

昨年暮れに会ったときは、91歳とは思えぬほど元気でした。しかし、人の命はわからないものですね。

通夜の席での住職の法話には少なからず、感じ入るものがありました。

住職は説きます: 葬儀の形のみに目を奪われて、仏事としての葬儀という大切な意味を見失っている。「葬儀」とは、ひとりの人間の死という事実を、私たち一人一人が、自分自身の問題として受け止めていくことである。鄭重に葬儀を勤めることは、斎壇の段数や豪華さでもなければ、僧侶の人数でもない。(以下略)
今の日常が永遠に続くかのように錯覚して暮らしている私たちに「やがては死んでいく身をどう引き受けて生きていくのか」と問いかけているのだと。



最近は暗い話題ばかり書き綴っている私のブログですが、プライベートな日記として残したいので、採り上げることにしました。探していたら、ゴルフのスコアカードが1枚出てきたので、恥ずかしながらそのままアップしました。平成11年11月だから、8年ほど前のものです。

<明>の話題は明日。

君急ぐことなかれ

2007-08-05 15:00:40 | Weblog
 普段読書をしていても、一回読み終えたら本棚に直行という本が大半です。今回は珍しくいつまでも手元において反復、繰り返し繰り返し読んでいます。

 人生は、幼少期、少年期、青年期、壮年期、中年期、老年期に分けられる。

 幼少期:育ちの時期
 少年期:学びの時期
 青年期:巣立ちの時期
 壮年期:働きの時期
 中年期:熟成の時期
 老年期:実りの時期。人生を集大成する時期。

 私たちは限りある時間を生きることに価値を見出すべき。いつ死ぬのかを知っている人はいない。死は予告なく突然に訪れる。だからこそ、生きている時間を大切にしたいという願望が生まれる。もし永遠に生きることができるとしたら、果たして私たちは今ほど人生を大切にするものだろうか?きっと雑に過ごすことが多くなるだろう。(老いない体をつくる=湯浅景元著より引用)

 私はまぎれもなく「老年期」にあります。悔いのない人生を送りたい、自分の人生を集大成するには今何をなすべきか?そんなことを考えることが多くなりました。

 先月7月4日から8月4日までの一ケ月の間に、我が家から半径50メートルのなかで、3人の隣人が旅立ちました。しかも、私よりは若い方ばかり。うち、お二人とは何度もゴルフを楽しんだ仲。あとのお一人とはパソコン・サークルでいっしょ。昭和48年~49年の二年間は、ともに自治会の役員で、町に下水道を誘致し、それを苦労して実現した仲間。振り返って、あの二年間はほんとうに苦しかった。

 そんなに急がないで欲しい。