しげるの自遊学

自由に遊び、自由に学んで生涯現役。
ソプラノの森岡紘子さんを一人のファン
として応援しています。

秋の昭和記念公園

2006-10-30 17:08:03 | Weblog
 文化祭に出品する作品が欲しかったので、昨日は妻といっしょに昭和記念公園まで出かけました。お目当てのコスモスはすでにピークを過ぎていて、残念ながら気に入った写真を撮ることは出来ませんでした。

 我が家から比較的近い場所にあるのに、この公園へ行ったのは初めてです。それにしても、すさまじい広さですね。入口にあった地図をたよりに園内を廻ったのですが、この地図、字が小さ過ぎてものの役に立ちません。大分歩いたので、もう帰ろうと出口を目指したのですが、なんと道に迷って、同じ場所をぐるぐると廻っているような始末でした。全然違う方向へ向かっていましたね。山で遭難した話を聞くと、早くその場を離れようとして、ぐるぐる同じあたりを歩くということがよくあるそうですが、まさにそんな感じでした。それにしても、もう少し見やすい地図、分かりやすい標識をお願いしたいものです。

 顔面神経麻痺は徐々にいい方向へ向かっているとはいえ、腰痛もかかえていることとて、最後は出口にたどり着くのがやっとの有様でした。30メートル歩いては一休みするような有様ですから、全く情けない話です。家に戻って歩数計を見たら、なんと15,000歩近くも歩いていました。





 撮った写真でフォトムービーを作成しました。
http://www.hapi.ne.jp/bg_hp.asp?a=1&b=178.2627&c=318.131

ちぎり絵創作展

2006-10-25 06:55:41 | Weblog
 昨日は、ちぎり絵展の写真を撮って欲しいというので、妻と新宿まで出かけました。雨模様で肌寒い日でしたが、今日が最終日とあっては仕方がないです。妻は何日か前、友達と見に行ったのですが、写真がうまく撮れなかったのです。会場は、新宿の高層ビル「新宿センタービル」の52階でした。こんな場所に会場を選ぶから、出品者も、それなりの負担を強いられるのですね。


新宿センタービル 


会場入口


会場の一角 

 

 
幻想的な素晴らしい作品があった

 結局、60枚くらい写真を撮りました。帰りに、新宿でトンカツを食べて帰宅。明日はまた病院へ行きます。

末梢性顔面神経麻痺(始まりから今日まで)

2006-10-21 09:55:24 | Weblog
 今までの経緯をまとめて記録することにしました。
 
 10月5日(木)、朝起きたとき、顔面に異変があるのを発見、妻にも、おかしいと云われました。(顔の左顔面が麻痺、目も十分開かない、口もよく動かない)軽い脳梗塞ではないかと疑って、近所の内科へ行って診察をうけました。医者は「末梢性顔面神経麻痺」と診断、耳鼻科が専門だから、すぐにそちらへ行くようすすめられました。

 10月6日(金)、行きつけの耳鼻科へ。やはり、顔面神経麻痺との診断で、その日から点滴が始まりました。田舎へ行く予定、諸々の約束、予定などはすべてキャンセル、治療に専念することにしました。

 10月7日(土)病院は休み、10月8日(日)は地区の体育祭だったが、当然参加することはできません。例年ならばビデオ撮影などやっていた。10月9日(月、祭日)には菖蒲町から弟が見舞いに来てくれた。三日間病院へ行けないとなんとなく不安。

 10月10日(火)~10月14日(土)、毎日点滴のため通院。10月16日(月)から10月20日(金)まで、やはり点滴のため病院へ通った。一日のうち半分は病院で過ごすことになってしまっています。そして今日(土曜日)は病院は休み。医者の話だと、大分よくなって来た。来週からは一日おきでいいでしょうとのこと。確かに目の方は問題ないようで、あとは口の回復を待つことになります。

 それにしても、奇妙な病気にかかったものです。こんな病気、聞きなれない珍しい病気だと思っていましたが、そうでもないらしい。我が家の斜向かいに住む病院の院長(今は名誉院長)の話では、完治する病気だから心配いらないとのこと。この話で安心しました。

 私の場合、すぐ病院で適切な治療を受けたからよかったのですが、治療が遅れたり、間違ったりすると、治るのが難しいようです。インターネットで検索すると、この病(やまい)についてブログ書いている人結構いるようで、一寸びっくりしました。顔の歪みが歯痛からきていると思い、歯医者へ行って治療を受け、かえって悪化させた人の話が載っていました。発症してから一年も立つのに治らないとも書いてありました。早期に適切な治療をしないと大変だったかもしれないです。

 顔が歪んでいるから、外出時にはサングラスを着用しています。向い側の小さい女の子と会ったら、びっくりしたような顔でまじまじと見られてしまいました。別にどこが痛いとか、そんなことはないので、10月17日(火)には、新宿三井ビルへ行って第100回目のランチタイムコンサートを聴きに行って来ました。もちろん、私がファンの森岡紘子さんも出演。(第100回を記念しての Opera Gala Concert)出演者10人の豪華なオペラコンサートがフリーとは嬉しいですね。森岡さんは「ある晴れた日に」を熱唱。こんな顔だから、顔を見せたくなかったのですが、帰りの廊下でばったり。立ち話で一寸話しただけ。あとで、メールが来て、「サングラスかっこ良かったですよ」ですと。(*^_^*)18日(水)には国際展示場(りんかい線)”WPC TOKYO 2006 ”へ行って、最新のIT情報やら、機器に触れて来ました。パソコンとテレビの境界線がなくなったような感じがしました。今後リリースされるWindows Vista のデモもやっていて結構楽しめました。この日は結局1万歩以上も歩いてしまった。

 この病(やまい)、なんとなく目が疲れるので、ブログからも少し遠ざかっていました。いつもお邪魔するブログも見るだけ、コメントを書くのは控えていました。もう少しよくなれば、また皆さんのブログを見て回る楽しみも復活させたい、そのように思っています。


 

 

 

母の一言

2006-10-14 20:57:01 | Weblog
 夕方、田舎から電話がありました。義妹が「お義母さんの体調がいいようですから、今、電話代わります」と云うのです。電話に出た母、一言「お前はまだ若いがな」。そうでした。私は母に比べたら25年も若いのですね。あらためて思い知らされた感じがしました。

 毎日病院へ通うと、病院の雰囲気にもすっかり慣れました。観察していると、日によっては、やたらに幼児の多い日があり、そんな日は待合室の喧騒たるや、すさまじいです。私の場合、約50分の点滴が苦痛でないと云ったらうそになりますが、慣れとは恐ろしいもので、あまり苦にはならなくなりました。この病院の院長先生は実に丁寧に説明してくれるので、なんとなく治るような気もしてきました。

 当分、一日の半分は病院で過ごすことになります。

 

病気になるといろいろ大変!

2006-10-13 06:50:29 | Weblog
 昨夜は、日本ハム対ソフトバンクの試合をテレビで楽しんだあとすぐに寝ました。

 夜中、目が覚めたらそれからは眠れなかったですね。末梢性顔面神経麻痺と診断されたのが先週の5日(木曜日)ですから、丁度一週間になります。平素悠々自適の生活をしていれば、そんなにあわてることはないのですが、なにしろ「あくせく自適」を実践しているからたまらないです。やらねばならないことが沢山ありました。

(1)11月の地区の文化祭の打合せ会議(14日、土曜日)、これは取りあえずパソコンサークルの他のメンバーに代わってもらった。文化祭の準備に向けてこれからも打合せなどがある。どうするか?

(2)15日(日)には田舎で中学時代最後の同期会があるので、出席を予定していました。一寸早いが「喜寿」を祝って、最後の同期会にするという話なので出席を予定していた。
幹事に連絡。同期会あと宿泊予定のホテルをキャンセル。ANAの航空券(往復)をキャンセル。医者の診断書がないと半分しか戻らない。診断書をFAXしました。同期会のあと秋の大山(だいせん)の写真を撮りたかったので、大山ロイアルホテルを頼んでいた。これもキャンセル。

(3)週一回出勤している会社にも電話して、休ませて欲しいと依頼。決算も終わったことだし、こちらはしばらく大丈夫と。

(4)私が主宰しているパソコンサークルの月2回の勉強会、これも断る必要がある。まだ、事情説明してない。

(5)パソコン教室から「教室のホームページ」を新しく作り直して欲しいという依頼、これは断った。11月に教室のビデオ撮影の依頼があるが、これも断ることにしよう。

(6)留守中、フラダンスの先生がやって来て、ぶどう(巨峰)を下さった。今年の12月定例のハワイアンダンス大会のビデオ撮影は息子が出来ると云っているので、多分お願いしなくてもいいことになると。(ホテルの宴会場を借りて盛大にパーティをやっている)先方から断りが来てよかった。

 ほんと、いろいろありますね。昨日は妻は近所の仲のいいご夫婦とプロのゴルフ競技観戦に行きました。「日本オープンゴルフ選手権」で、霞ヶ関カンツリークラブで開催だから、私も行きたかったなー。最終日(日曜日)にもう一度行くそうな。妻はゴルフはもう止めたものの、ゴルフ場の中を歩きたいそうだから、いいでしょう。秋晴れの中、芝生の上を歩くのは気持ちいいものですよね。


 

健康の有難さ

2006-10-10 07:32:08 | Weblog
 一年半後には金婚式を迎えるような年齢ですが、振り返ってみると、結婚してからほとんど病気らしい病気にかかったことはなかったです。病院に入院したことなどないですね。妻の話だと、結婚前の私を見て、妻の父は「やせているし、あまり丈夫そうに見えない」と云って心配していたとか。実際には、妻のほうがいろいろ病気はしています。

 今回は、思いもかけない病(やまい)になって、自分でも驚いている始末です。「末梢性顔面神経麻痺」という病気、なじみがないので、インターネットでいろいろ検索して調べました。その結果分かったことは、ブログでこの病について書いている人が何人かいたことです。ブログのタイトルが「顔面神経麻痺」となっているのもありました。この度はいい勉強になりました。

 昨日は、菖蒲町(埼玉県)に住む弟が見舞いに来てくれました。嬉しいことです。いろいろ話したあと、一局やろうかということになって、碁を打ってしまいました。目は多少かすんでいるようですが、まあ一局ぐらいならいいだろうと提案したのです。見事負けてしまいました。(笑)

 これからも出来るだけ明るいニュースを交えながら、ブログ綴って行きたいと思います。平素は当たり前のようになんとも思っていなかったのですが、あらためて健康の有難さが身にしみました。


(週刊誌の表紙にあった絵を見てちぎり絵にした、妻の作品)

泣き面に蜂

2006-10-07 15:06:30 | Weblog
 「泣き面に蜂」とはよく云ったものです。それが今の私の状態です。腰痛がさっぱり快方に向かわず弱っているところへ、思いもかけない妙な病(やまい)に取りつかれてしまいました。5日(木曜日)、朝起きたらどうも顔が変です。妻も、おかしいと云います。左目が完全に開かないような感じなのです。食事を始めたら、飲み物がうまく飲めない、そんな感じなのです。義理の弟が軽い脳梗塞になった時、家族が様子が変だと云っていたそうです。もしかしたら、脳梗塞か? 

 近所の内科の医者へ行きました。その医者の曰く、これは「末梢性顔面神経麻痺」ですと。取りあえず、血流をよくする薬を出しておくが、これは耳鼻科が専門だから、そちらへ行きなさい、とのこと。なんで、こんな病(やまい)に取りつかれたのでしょうね。

 顔面の左半分が麻痺しているようで、目もぱっちりと開かず、ジキルとハイドでいえば、醜男「ハイド」の形相です。すっかり人相が悪くなりました。これも神様が与えてくれた試練なのか?それとも、働きすぎだから、少し休みなさいというサインなのか、などといろいろ考えてしまいました。

 来週10日からしばらくは、点滴に通わなくてはいけないようです。一番残念なのは、8日(鉄道の日)のコンサート行き断念したことです。森岡紘子さんからは暖かいメールをもらいました。<のんびり治してください。ゆっくりされれば、腰痛の方もよくなりますし、ここでは無理をなさらず、よく休んでください。明日は茂彦さんに歌声届けという気持ちで頑張ります。> このメール、とても嬉しかったです。



 

我が家の庭

2006-10-05 20:03:02 | Weblog


 我が家の庭も、秋の訪れとともに、大分様相が変わってきました。腰痛に悩む昨今とて、庭の手入れは妻まかせ。私が傍観している間に、庭は大きく変貌しました。役目を終えたブラックベリーの木もきれいさっぱり姿を消しました。そんなに刈り取ったら、来年はブラックベリーは駄目だな、という私に対し、今年は出来すぎて大変だったから、来年はあまり実をつけないほうがいいのよ、と妻はうそぶきます。今年は去年の倍の20キロの収穫があって、ブラックベリー・ジャムを作るのが大変だったとのこと。まだ冷凍のままの実もあります。(私が全然手伝わないから、たしかに大変だったかも)

 庭の西の端に3本あった玉つげも、あとかたなしです。丸ぼうずになった玉つげを見て、そんなに刈らなくてもいいじゃないかと文句を云う私に対し、「すぐに大きくなるわよ。私は小さいほうが好き」などとのたまう。全くやることが過激です。



 それで、今の庭の様子はというと、今年はばかに彼岸花が多いですね。これは頼みもしないのに、庭のあちこちに勝手に咲き誇っています。それと、イヌサフランも勝手にあちこちに花をつけています。しかし、イヌサフランという花、可愛いですね。


 これから、どうだんつつじも少し刈らなくてはと云っています。うーん、どうだんつつじ、たしかに大きくなりすぎたかもしれません。庭仕事を敬遠している身としては、なにをやられても文句が云えないです。(年とったら、大きい木は手入れが大変だから、小さくしたほうがいいと云います。そうかもしれませんね。)


 

 

百歳まで元気に生きる

2006-10-01 16:46:30 | Weblog
 三日間ほど田舎へ帰り、母の満百歳を祝ってきました。9月23日(秋分の日)が誕生日でした。今のところ、病気もせず、特にどこが悪いということもないので、身体的にはまだまだ長生きすることでしょう。ただ、頭の方は、転んで歩かなくなって以来、衰えてきました。これ、仕方ないことだと思います。自分で食べれるし、歌も歌いますから、100歳以上の高齢者としては、いい方だと思われます。

 母が元気で暮らしている大きな要因のひとつは、家族と一緒に暮らしているからだと思います。弟夫婦、孫娘と同居しているので、絶えず声をかけてもらったり、スキンシップがあったりで、ほどよい刺激があって、これが活性化につながっているようです。弟夫婦には本当に感謝しています。

 百歳以上の人口は全国で2万人以上(このデータは一寸古い)とかで、この数字は急速に増えつつあるようです。田舎の同じ町で、今年百歳を迎えたのは5人とか。そのなかでは、母が一番元気だったそうです。百歳になると、内閣総理大臣から銀杯と表彰状が贈られるなど知らなかったですね。


(機上から見た富士山。今回は雲に覆われ、飛行機からの距離も離れていた)

平成養生訓 百歳まで元気に生きるための知恵

世界文化社

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(内閣総理大臣から贈られた表彰状と銀杯)

 お祝いの席で、弟は参加者へ「百歳まで元気に生きる知恵」という本を、参加者全員に配っていましたが、なにか可笑しいですね。煙草も吸うし、不養生の見本のような生活ですから、もともとは、自分への戒めのためこの本を買ったのでしょう。


(百歳万歳のTV放送のホーメページ)
http://www.nhk.or.jp/hiroshima/j-club/director/ogino/