枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

心が折れる・・・

2014年12月30日 | Weblog

 自分の勤務態度が云々ではなく、利用者さんとの相性もあるが、年末の時期、説明はしなくても、気配でそれとわかるもの。即ち自宅が気になる。何処に行こうという訳でもないが、心が波立ち落ち着かない。そういった時に、係りっきりにはなれず、噛合わない。

 それで更に、不安からの苛立ちも加わって、暴力を振るう。殴られた者は堪らない。いきなりであれば、咄嗟に避けられず、まともにくらう。こちらが同じようにすれば、虐待になるので、手は出せない。落ち着かそうと飲み物を出したら、いきなり頭からかけられた。

 心が折れる、とはこのことか・・・。髪も服もびっしょりで、着替えようにも、他の仕事もあり動けない。勤務が終わるまで、ひたすら我慢である。この数日で、職員の誰彼もが、殴られ、蹴られて噛み付かれた。認知症であるとはいえ、暴力は御免である。気力無し。

 帰宅して、夕ご飯を戴いてから、洗濯機を回しつつ、湯を足して入る。髪も体も塩で揉む。湯冷めしないように、パジャマの上にセーターを着て、やっと気が晴れ珈琲を飲む。今から布団に入ると、真夜中に目覚めてしまう。月が、煌々と上がって来、美しい眺め。

 昨夜は、遅くであったが、嫁に手伝ってもらって、年賀状を印刷した。宛名は、手書きなので、ゆっくり書かねば。今年の枇杷葉の花芽をアレンジした。近況報告を入れる余白を作る。レイアウトが上手くいって満足。個人的には、年賀状は年が明けて書く物と思う。

 旧暦では、世間一般には拙いので、これも個人的にしか考えていない。然し、歴史のことを調べるなら、やはり旧暦の方が、何かと使い良い。疑問に想えることが、旧暦に充てれば解決する。まるでパズルのように、謎が解けていく。小説を読むのも、可なり違う。

 Aさん家の坪庭の、大山蓮。毎年のこと、たくさんの蕾が付き、夕方には咲いていく。匂いも姿も凛として。

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