クタビレ爺イの山日記

諸先達の記録などを後追いして高崎近辺の低山中心に歩いています。

浅間隠山 = 矢筈山 ? H-18-6-12

2006-06-12 11:00:00 | 倉渕・長野原・草津・嬬恋
気になる記述を発見。先ず下の地図を見て下さい。
何が気になるかと云うと「浅間隠山」と「矢筈山」が別個の
山として扱われているからである。出所は「上野国郡村誌・碓井郡」
の付属地図、一寸古いがれっきとした公式刊行物。

爺イの常識では「浅間隠山」=「矢筈山」であるし、多くの登山関係の
HPでも「浅間隠」という山名の由来説明と共に頂上の双耳形又は馬蹄形
の形から「矢筈」の別名が出たと解説しているから間違いは無いと思っていた。
勿論、矢筈とは弓矢の上部の弦を受ける切りこみ部分の事。
ところがこの地図を見てしまったら、若干自信はぐらついた。
先ず、郡村誌・碓井郡の記述から引用。
「――西北隅の角落火山群は鼻曲山・角落山・剣ノ峰を主峰とし矢筈山・
浅間隠山・一の字山・霧積山がその支峰――」として二つの山は、はっきり
と別山扱い。
更に「鼻曲山は上信の国境に巍峨として聳え立ち海抜 1.654mという郡内
の最高峰。その東に現在は死火山の角落山 1.396mが対立している。剣ノ峰
1430mは角落の西南に連なる峻峰でその名の如く極めて険峻である。
矢筈山 1467mは北に隣れる支峰、浅間隠山1756mは脈を引いて上信の
国境を制している。――」ここでも別扱い。但し、矢筈山を除いては総て理解
出来る山であるし、記載の標高も現在の国土院の数値と大差はない。問題は
ここで言う「矢筈山」に相当するのが今の何山なのか?判らない。上記の
写真の位置と標高数値からすると「笹塒山」や「竜ヶ岳」が相当するのか?
この近辺で1467m峰は南の「日妻ヒヅマ山」きりないから困ったものだ。
さてもう1枚の地図を見て下さい。これは「上野国郡村誌・吾妻郡」の付属写真。
扱いは同じく別山、それもかなり離れて。


「碓井郡川浦村誌」に別記事があるので下記に引用。
「矢筈山の東は川浦村に属し、北は吾妻郡・本宿村―――」これからすると
矢筈山は浅間隠山とは思えない。
もっとも、否定的記述ばかりではない。「長野原町誌」の浅間隠山の記述には
「東方から見る時、浅間山の前面に突き立ち、浅間山を隠していることから
この名がある。山体は北方に面して欠けて馬蹄形をしており、又「矢筈形」にも
見えるので「矢筈山」とも言われている。
形からの説明には納得するが、二枚の地図は一体なんだろうか?
ご存知の方、教えて下さい。user500284@aol.comまで。

追記・回答一つあり。本の記載の方が間違いで浅間隠=矢筈が正しいとの事。

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