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納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 645 悲運の名将

2020年07月22日 | 1976 年 



近鉄のニックネームは猛牛だ。かつて千葉茂監督の登場で千葉の異名がつけられたのだが、西本監督の鍛えっぷりも猛牛のような凄さで有名だった。高校野球のようにゲンコツを振り上げる西本監督に選手は痺れたものだが、そのゲンコツが最近みられなくなったという…

石垣に爪を立てても這い上がりたい
「いやぁぜんぜん変わっていませんよ。いつゲンコツが飛んでくるかヒヤヒヤしてます」「そう言われればゴツンと叩かれる回数は減ったかな」と近鉄ナインの意見は分かれる。8月27日の対太平洋戦、近鉄は4回までリードしていたが太田投手が5回に二度の暴投などで失点して3対5で敗れた。後期に入り対太平洋戦は6連勝していただけにこの敗戦は痛かった。太田は「すみませんでした」と小声で言ったきりベンチの片隅で小さくなっていた。この試合には太田の他に水谷、柳田、鈴木、福井と虫干しをするかのように矢継ぎ早に登板させた西本監督は相変わらず口をへの字にしていたものの、長い顎を撫でているだけで押し黙っていた。

「去年までとは明らかに違う。今年は終始落ち着いていて感情を表に出さなくなった。現在の戦力なら仕方ないと達観しての無表情か、ヤル気が失せているから無表情なのかは分からないがやはり近鉄が浮上するには西本監督の檄が必要」というのが近鉄担当記者の見方だ。今シーズンの前期は浮上できなかったが後期に入ると引き分けを挟んで5連勝と上々のスタートを切ったが長続きせずBクラスに転落したままだ。「要するにチーム全体の実力不足が原因。その一つに西本監督が情熱を失いかけているのが影響しているのではないか」と前述の担当記者は言う。「石垣に爪を立てて這い上がる」と西本監督は言うが選手たちの反応は今一つ鈍い。


育てる野球より勝つ野球が優先だ
それにしても西本監督の打線編成は苦労の連続だ。一番から五番まで左打者を並べて途中で左腕投手が出てくると右打者にガラリと変えるツープラトン打線だが、それが上手く機能していない。その代表が期待の若手・島本選手だ。キャンプからオープン戦にかけて珍しく西本監督が島本を褒めた。「コウヘイ(島本)ほど熱心な選手はいない。皆の手本になる選手だ。たとえ打てなくても起用し続ける」と熱弁をふるったが最近では代打にすら使われていない。これに対してマスコミだけでなく球団フロント陣からも島本を使えという声が沸き起こってくると「素人は黙っておれ(西本監督)」とご立腹の様子。

「育てる野球も大事だが一番肝心なのは勝つ野球じゃ。それを優先させてなぜ悪い」と苦虫を嚙み潰したような表情の西本監督。昨シーズン後期に優勝したとはいえ、近鉄は長い間Bクラスに低迷し負け癖が染み付いてしまい、勝つことよりも選手が明るく卑屈にならないよう球団フロント陣は雰囲気作りに苦労してきただけに西本監督が求める勝つ野球に追いついていないのが現状である。優勝経験豊富な西本監督にしてみればこうした周囲の気遣いがまどろっこしくて仕方ないのだ。監督が勝つ野球を目指しているのに選手やフロント陣がついてこないのが歯がゆくてならない。加えて助っ人のジョーンズ選手の扱いについても西本監督は気に入らないのだ。

近鉄は外人選手について妙に神経質なところがある。それというのも昭和47年から翌年にかけて近鉄は外人選手で大失敗している。ハンキンス、クオルス、コギンスなど今では名前すら忘れられている選手を大枚はたいて獲得したが大外れとなり、当時の球団代表のクビが飛んだことがあった。次が南海から移籍して来たジョーンズで昨シーズンは29本塁打を放ち残留は濃厚と思われたが球団との年俸交渉は決裂し球団はジョーンズを解雇してしまった。「あんな真面目で俺のアドバイスを忠実に守る外人はいない」と西本監督がお気に入りのジョーンズだったが、球団としては過去の外人選手を巡る失敗がトラウマとなりあっさり手放したのだ。

西本監督はジョーンズの解雇に反対だったが球団フロント幹部の謝罪と新たな助っ人を獲得する約束に納得した。だが新外人獲得は難航した。これはと思う選手は年俸が折り合わず、ジョーンズ以上の選手を見つけられなかった。困り果てた球団はなんとジョーンズと再契約を結んだのだ。これには「新外人のアテもないままジョーンズを解雇したのか。チーム作りすら分かっていない」と西本監督は呆れた。そのジョーンズは「俺が頑張れるのはボスのお蔭」と大きな身体を折り曲げて西本監督に最敬礼。外人選手の本塁打記録を塗り替えて本塁打王もほぼ確実という活躍を見せただけにフロント陣は形無しだ。


勝負はツキが果てたら終わりやで
昨年の後期優勝の勢いで今年も…という考えは甘すぎる。「そんなフロント陣と選手の考えの甘さに西本監督はウンザリしているんだよ」という球団OB評論家の意見が今の近鉄の現状を最も端的に表している。フロント陣はともかく、選手らがなぜ西本監督の指導で伸びないのか?「それはね広島カープにも当てはまるように優勝して選手の給料が予想以上にアップしたせい。ダウンしたのは板東投手と橘投手くらいで、監督が選手はまだまだ一人前じゃないといくら叫んでみても選手は「俺は世間から認められた」と考えたくなるのが人情。監督が浮かれる選手を見て苦々しく思い、サジを投げてしまうのも仕方ない(球団OB評論家)」と。

現在12球団の監督の中で最高齢56歳の西本監督を失望させる材料がいっぱいなのだ。「3年契約が切れる今シーズンで西本監督は辞めるだろう。佐伯オーナーとの間で『3年の契約中に優勝する』の約束は一応去年の後期優勝で果たした。過去に11年間在籍し五度の優勝を果たし、強く慰留された阪急でさえあっさりと辞めた。西本監督の心底にあるのは、唯一の趣味で大好きな麻雀の世界で使われる『勝負はツキが果てたら終わり』の言葉。恐らく今シーズンで勇退すると思う」と担当記者。勇退の弁まで推察するとは恐れ入るが、西本監督の去就について球団関係者に確認してみたところ「半々かな」と全面否定しなかったことから、あながち間違った意見ではなさそうだ。

もしもそんな事態に陥ってしまったら近鉄の今後はどうなるのか。阪急を辞めた時は上田現監督という後継者がいたが、近鉄にはいるのか?「杉浦投手コーチが適任者ではないか。西本監督と同じ立教大学出身で大学で同期の長嶋も巨人で監督を務めており、経歴・実績ともに申し分ない。仮に長嶋相手に監督として日本シリーズで対決するとなったら日本中の話題となることは間違いない。多少ヤジ馬的な考えだが、本堂二軍監督や関口コーチではネームバリューで劣る(担当記者)」といささか先走ってしまったが近鉄は佐伯オーナーの鶴の一声で全てが決まる球団だけに予測はハッキリ言って難しい。

3年契約の最後の年になって急に怒らなくなった西本監督と底が割れてきたチームの戦力、それに加えて近鉄球団首脳の動きを三題噺風に結びつけると、やはり不穏と言うか想像以上の結末が待っているのではないかという結論になる。ただし残り試合数も少なくなってきたが、ここから近鉄が猛然と連勝街道を突っ走り首位に躍り出て優勝してしまえば事態が急変する可能性もゼロではない。なのでここしばらくの近鉄の戦いぶりと西本監督の言動を注意深く観察する必要があり、軽々に断を下すわけにもいかないがとにかく近鉄が微妙な現状にあることだけは確かなようだ。

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