いまや " 猛打阪神 " が話題の焦点だ。200ホーマー打線がハッタリだけでない凄まじさで、かつてのダイナマイト打線を彷彿とさせる猛威である。かくて猛虎の周辺はもう優勝騒ぎなのだが…
導火線に点火した掛布、佐野の競り合い
阪神が旗印に掲げた200発打線は本物のようである。この名称の名付け親である山内コーチはキャンプ終盤に「昨年は190本台で一歩届かなかったが他チームの投手陣の整備具合を見ると今年は昨年を上回りそうだ」と現在の好調ぶりを確信していたようだ。確かに打線好調の兆候はオープン戦の後半からはっきりと現れていた。岡山での南海戦では毎回安打の毎回得点。ブリーデン、佐野、藤田、掛布が5回までに本塁打を放ち、仕上げは6回に田淵のバックスクリーン弾。呆れた南海・野村監督が「アホらしくなる」と嘆いたくらいの大量17得点をあげた。
その勢いのままシーズンに突入し7日の中日戦でブリーデンの3連発や田淵の一発などで11得点。それだけで終わらない。掛布も負けじとバックスクリーンを越えてスコアボードを直撃する本塁打を放つなど手がつけられない猛虎打線なのだ。この猛打のきっかけは掛布。急成長した掛布は六番に座り、上位打線とクリーンアップが作ったチャンスをことごとく得点し、他球団の監督が「阪神はクリーンアップが2つある」と嘆くくらいだ。掛布は開幕戦のヤクルト戦でエース・松岡から満塁本塁打を放ちド肝を抜いた。昨季は11打数2安打と掛布を抑えた松岡だったが「決して悪い球じゃなかった。低目を上手く打たれた」と脱帽。
掛布に刺激された佐野がもう一人の立役者だ。佐野がドラフト1位指名、掛布が6位指名の同期入団だ。佐野は大卒、掛布は高卒で共にポジションは三塁でライバルだったがレギュラー争いに敗れた佐野は今年のキャンプから外野にコンバートされた。外野のレギュラー争いも激しく当初は佐野は控えで代打が役目だったがレギュラーの東田が怪我で調整が遅れた関係で、とりあえず佐野が左翼手のポジションを得た。「一度手にしたレギュラーの座は誰にも渡したくない。あいつにいつまでも負けていられるか」と普段は物静かな佐野が珍しく感情を露わにした。 " あいつ " とはもちろん掛布のことである。
ドラフト1位と6位。大学出と高校出。だが勝負の世界は結果が全てで肩書きは無用の長物。掛布の後塵を拝した佐野はヤケになり酒で滅入った気分を紛らわしたことも。そんな佐野に与えられた打順は八番。八番打者といえば昨年まで掛布が任されていた打順で、まだ掛布の体温が残っている生暖かい椅子に座るのは正直おもしろくないだろうが、そんなことを言ってはいられない。ただ我武者羅に球に向かっていく佐野の姿はまさに鬼神を思わせるファイトの塊だ。長打力もあり掛布と互角の競り合いが現在の猛打阪神打線の核となっている。
下から突き上げられて主力打者も爆発
「あの二人、えらく張り切っているやないか」…六番・掛布、八番・佐野の活躍に上位打線の選手たちが " 傍観 " を始めるという珍現象が起こった。阪神という球団は不思議なチームで他の選手の成功や失敗をチームメイトでありながら、いたって冷静に受け止める癖がある。投手が打たれて負けると野手陣は自分らが打てずに援護できなかったことは棚に上げて「今日は投手陣がピリッとしなかったね」と評論家のような発言を繰り返す。同様に野手のエラーで試合を落とすと投手陣からは「あんなエラーをされたら投手は気の毒だよね」と批判する。投手陣、野手陣ともに当事者意識が欠けているのが阪神の体質なのだ。
当初は下位打線の活躍に上位打線の面々はいつものようにどこか他人事で冷めた目で評論家気分を決め込んでいたが、いつの間にか雰囲気は変わっていった。そこには山内コーチの存在があった。山内コーチは巨人のコーチ時代から練習好きで教え魔の定評があった。雨で中日戦が中止になった8日、雨でユニフォームをびしょ濡れにさせても田淵をはじめ主力選手にバッティング練習を命じた。開幕前は近年になく順調な調整が出来て期待された田淵だったがシーズンが始まると調子が上がらず、外人勢も音なしでさっそく世間から「掛布を五番に抜擢すべき」の声が上がり始めたが、山内コーチの特訓のお蔭で主力打者も息を吹き返した。
OBたちも阪神優勝に強い肩入れ
当然ファンの熱狂度もヒートアップ。阪神の応援団に狂虎会という組織がある。会員の一人は「くどくど言いません。とにかく優勝して下さい。僕は昭和48年に阪神が優勝したら結婚すると友人に宣言しました。本音を言うと彼女にプロポーズをする勇気がなくてキッカケが欲しかったのですが、あの年は素人判断ですが阪神は優勝できる戦力だとの確信もあり結婚する気満々でした。でも…彼女はもう別の人の所へ嫁いでしまいました。こうなった男の意地です。阪神が優勝するまで結婚しません!でもこの先何年も優勝しなかったらどうしよう…。日本一になってくれとは言いません、僕の幸せの為にも優勝して下さい」と。
本誌の開幕展望号に掲載された順位予想で阪神を1位に挙げた評論家は19人中11人。巨人が4人。広島、中日が各2人と阪神がダントツだった。ちなみにその11人とは横溝桂、有本義明、林義一、花井悠、村山実、松木謙治郎、笠原和夫、田宮謙二郎、苅田久徳、大島信雄、青田昇の各氏である。11人中5人が阪神OBで「今年のセ・リーグは混戦必至で阪神、巨人、広島、中日のどこが優勝しても不思議ではない。心情としては阪神に勝って欲しいね(林)」や「決して贔屓目じゃないよ。阪神は優勝できる力は十分にある(村山)」と評価する面々が多い一方で「もちろん阪神に勝って欲しいけど、1位に予想しないと周囲からとやかく言われるんで1位にしておいた(某氏)」と本音を漏らす在阪のOB評論家も。
心配も無くはない。阪神の優勝を予想しなかったOBの藤本定義氏は一つの危惧を抱いている。藤本といえば巨人、阪神を共に優勝に導いた名将の一人で、特に投手起用に関しては絶対的な手腕の持ち主だ。古くは沢村やスタルヒン、そして村山や小山を使ってペナントを握った経験があり、阪神優勝の成否は投手陣にあるという持論はいささかも揺るがない。「打線には波が生じやすい。今日は大暴れしたかと思うと明日はさっぱりというのが珍しくない。打線に頼ったチームは平均的な勝率を維持することは難しい(藤本)」という。現在の阪神打線も7日の中日戦のように大爆発してもそれを長期間継続させるのは無理だ。
「1、2年目は経験不足だったが今年は3年目でようやくチームの戦力、選手の個性も把握できた。もうベンチの失敗は許されない。ファンの皆さんの期待に背かない成績をあげられそうです」と謙虚でありつつ、溢れる自信を秘めて吉田監督は言う。吉田監督はヤクルトと大洋をマークしている。当面のライバルである巨人や広島には勝ち越す自信はある。それだけにヤクルトや大洋に取りこぼしては優勝を逃してしまうという計算だ。「ゲートが開いたら脇目をふらず突進する(吉田監督)」と宣言し、開幕30試合を目途に先発ローテーションを無視してでも勝ちに行く腹づもりで、勝負は夏場以降だと考えている。200発打線と吉田監督の采配が嚙み合ってはじめて阪神ファンの夢は満たされるだろう。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます