新興勢力の西武ライオンズのあらゆる面での物量作戦に老舗の巨人軍もタジタジ…これが一般的なファンが抱くイメージだろう。しかし事はそれほど単純ではない。巨人の巻き返しも急でありCM出演を禁じている西武が密かに巨人に倣うような動きを見せている。巨人と西武の微妙な絡み合いを設備や待遇面から比較してみたレポートである。
東京・池袋駅から西武線に乗り約1時間、「西武球場前駅」の改札口を出るとそこには別世界が現れる。5年前に堤オーナーが新球団創設の際に投資した金額は約100億円と言われている。その内訳は
・ 球団買収費用…10億円 ・ 新球場建設費…35億円
・ 球場付帯設備費…5億円 ・ 西武線沿線補修費…35億円
・ 合宿所建設費…2億円 ・ 海外キャンプ費…1億円
・ 選手補強費…4億円 ・ その他、球団運営費…2億円
これだけではない。一昨年には飛行機の格納庫のような室内練習場や本球場に隣接するサブグランドを作り「西武タウン」を完成させた。昨年、監督に就任した広岡監督はこうした設備を視察した際に「日本でこれだけの設備を揃えている球団はない。無理をして九州や四国でキャンプをする必要がないくらいだ」と驚嘆の声を上げた。最高の技術は最高の環境の中で生まれる、という信念に基づいている西武グループらしいやり方だ。広岡監督の脳裏に自らが育ってきた巨人の練習環境が浮かんだと想像するに難くない。あの多摩川の練習場だ。河川敷にある2面のグラウンドは吹きさらしで強風と砂埃に悩まされ続けている。昨年は台風の影響で幾度も水没し、人工芝が捲り上がる被害を受けた。球団もただ手を拱いていた訳ではなかったが多摩川は1級河川である為に勝手に工事する事が条例で禁じられていて改善出来なかったのだ。
ただ良い環境、施設が無いから強く逞しい選手は輩出されない訳ではない。今年、巨人に槙原・駒田・吉村といった「50番台トリオ」が出現した事に広岡監督は軽くショックを受けた。「彼らのような2~3年の選手をジックリ鍛える余裕と伝統が巨人にはある」…広岡監督が言わんとしているのは巨人には有形・無形の伝統が脈々と受け継がれているという事だ。それは西武の豊富な資金をもってしても手にする事は出来ない。川上や千葉、長嶋や王などのスター選手が汗を流して切磋琢磨した姿を若い選手は見て育った。西本しかり、篠塚や中畑や若き日の広岡自身もそうだった。こうした伝統が今も巨人に根付いている。設備が充実していても西武にはこれが無い。広岡監督は伝統の底力の違いを感じているのかもしれない。
施設面で遅れをとっている巨人だが昨年にはキャンプを張る宮崎運動公園内に2億円を投じて室内練習場を設けた。約3000㎡を誇る室内では投内連携プレーも出来てブルペンも完備されており選手達は大満足。東京にもこんな練習場が欲しい、という声に押されて球団も重い腰を上げ始めた。創立50周年を迎える来年を目途にジャイアンツタウン構想をぶち上げた。多摩川グラウンドを離れて東京・稲城市にあるよみうりランド内に2面の球場と室内練習場を建設する計画だ。メイン球場は両翼99㍍、中堅122㍍というもので「新興の西武に球界の盟主の座は渡せない」という老舗の危機感と意気込みが感じられる。
伝統を誇る巨人と新興の勢いをエネルギーにする西武で最も対照的なのが本拠地の球場である。「ウチは昭和12年にオープンしているんですよ」と後楽園球場の支配人・丸井氏は笑うだけである。つまり言外に「つい最近誕生したばかりの球場と比較してくれるな」とのプライドがあるのだ。古いだけではなく人工芝にしたのも、電光掲示板にしたのも、その中心にカラーのオーロラビジョンを設置したのも後楽園球場が最初であるとの自負がある。大リーグの球場を何度も視察に訪れて常にファンを喜ばせる工夫を続けてきた。親善野球で後楽園球場に足を踏み入れた大リーガー達が「アメリカと遜色ないじゃないか」と言ってくれたのも自慢だ。「西武さんとは交通の便が違いますから。都心にあるという利点は大いにあります」とチクリ。
一方の西武球場関係者もまた後楽園球場を意識している。「ウチは座席がゆったりしているでしょう?後楽園球場は無理して5万人収容にしているから椅子の幅が狭くて窮屈でしょ」と白井球場長は胸を張る。西武球場はスコアボード周辺以外に広告が無いのが売りで美観となっていてファンにも概ね好評だが難点もある。地面からすり鉢状に建設されている為にスタンドの下に空間が無く雨を避ける事が出来ない。またトイレが最上段にしか設置されておらず前列で観戦している観客は大変な思いで階段を昇る事になる。更に遠隔地にありながら駐車場が全く無い。「球場にやって来るお客さん全てを西武線で運べば運賃だけで西武グループが手にする額は相当なものになる。加えて西武線沿線の地価も上昇しグループ所有の不動産の価値が上がった。" カネは正義なり " の西武独特の商魂は逞しい」と財界関係者は語る。
では選手の待遇面はどうだろうか?これは西武、巨人ともに大差はなく人件費は7億円前後と言われている。しかし西武の選手達が思わず溜め息をついたのが5月1日に毎年恒例の高額納税者、いわゆる長者番付が発表された時だ。スポーツ界でトップは原で所得額は1億7266万円、年俸1440万円(推定)を考えると意外も意外な結果だった。また4位には江川が入り、こちらも年俸4440万円(推定)の倍近い8745万円の所得だった。つまりは両者ともに本業以外のCM契約で稼いでいた事が分かった。原は「味の素・明治製菓・明治乳業・富士重工・大正製薬・美津濃・オンワード」の7社、江川も大手企業4社と契約している。CM契約を禁じられている西武の選手達が羨ましがるのも無理はない。
こうした傾向を広岡監督は快く思っていない。プロだからどこでどう稼ごうと批判される筋合いはない、との声に断固として邪道だと決めつける。昨年の暮れに監督就任が決まった際に石毛と原の比較を問われて「CMに出るわ、ハワイで遊ぶわで原は1年で終わりですよ。石毛との差は開くばかりですよ。放っておく球団も悪い」「プロ野球選手がグラウンド以外で金を稼ごうという考え方が間違っている。その為にプロで売る技術が疎かになったらファンに失礼ではないか」と一刀両断した。その後の原の活躍を見ると指摘は外れたようだが広岡監督に同調する意見が多いのも事実。その内の一人でありアマチュア精神を尊重する堤オーナーは選手のCM出演を認めていない。石毛だけはポスターだけという条件でオンワードと契約しているのは例外中の例外。
海の向こうアメリカはどうなっているのか、原の同僚スミスが答える。「アメリカでは野球選手にテレビCMのオファーは殆ど無い。それだけ日本ではプロ野球選手の社会的地位が高い事の証明なのだろう。需要があるなら供給するのが資本主義の原則で批判するのはおかしい」と肯定的。ここにきて西武球団フロントの中にCM解禁に向けた動きが出始めている。きっかけは昨年暮れに田淵に対し12社からCM出演のオファーがあった事。ちなみに出演料は総額1億8000万円だったらしい。「CMも人気政策の一環としては一つの方法ではないのか。ウチの選手に田淵以外のスター選手がいないのもその辺に理由があるのでは…いつまでたっても全国区の選手が出て来ない」とある西武球団フロントの一人は嘆く。施設面では巨人が西武に、人気政策では西武が巨人に歩み寄る。かように西武と巨人は米ソ関係のように相対立しながら微妙な緊張と緩和を保っている。
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