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二部黎さん(彫刻家、矢臼別平和資料館を育てる会事務局長)が亡くなっていた

2023年11月04日 07時51分43秒 | 新聞などのニュースから
 10月28日、二部黎(にべ・れい)さんが亡くなっていたことを、ツイッター(X)で知りました。
 80歳。死因は「がん性腹膜炎」と報じられています。

 二部さんは小樽出身。
 北海道教育大釧路校を卒業して教員になりましたが、30歳ごろのとき彫刻家を志して本郷新に師事したと聞いています。
 2003年にオホーツク管内斜里町来運に移り住みました。
 その後、陸上自衛隊矢臼別演習場(根室管内別海町など)内で土地買収を拒んで「反戦地主」として知られていた川瀬氾二さん(09年に82歳で死去)の牧場内に住んで、17年には自宅の一室を「平和の家」として開放していました。

 二部さんは全道展会員でもあり、1990年代後半には、満艦飾のような派手な大作を搬入して会場でひときわ目立っていました。
 その後は、人物や馬を抽象的に処理した、素朴なテラコッタなどを多く手がけていたという印象があります。
 野外彫刻としては、札幌の「藻岩犠牲者の碑」が代表作でしょう。
(「札幌散策」関連ページ→ https://artpark.or.jp/sansaku/artist/niberei/no1.html

 筆者は2010~13年の北見支社勤務時、二部さんに定期的にコラムを寄稿していただいていました。つまり、文筆の腕もなかなかのものでした。
 しかし、北見から斜里は遠く、ついに一度もうかがえずじまい。
 思えば、2007年の個展(江別市大麻)のときから会っていませんでした。

 それ以前は、ときには札幌時計台ギャラリーでばったり会うなどしていたのですが。
 上のリンク先の記事は、つぎのようなくだりでしめくくられていて、なんともいえない気持ちです。

 へき地教育に情熱を燃やしていた20代、「ロダン、マイヨール、ブールデル展」を見たときの衝撃、30歳で教師を辞めてから春香山の本郷新のアトリエに自作を持って訪ねて弟子入りを願い出た話…。
 本郷新が宮の森にアトリエを移すとき(いまの札幌彫刻記念館です)、現地の草刈りもしたそうです。
 「死ぬときはゴチャゴチャのいっさいない、すっきりした作品を作りたいよね」
 その話は早いですよ、二部さん。



 訃報は、北海道新聞のサイトにあり、dメニューやgoo ニュースに転載されていたようですが、もとは釧路根室版の記事のようで、筆者は気づいていませんでした。

 ご冥福をお祈りします。


□矢臼別平和委員会の関連ページ http://yausubetuheiwaiinkai.blog.fc2.com/blog-entry-278.html

過去の関連記事へのリンク
二部黎「オリジン(源流)」 斜里町の道の駅で オホーツク小さな旅(114)
二部黎さんが矢臼別に自作を展示する美術館。31日にオープン (2018)

【告知】シレトコより 二部黎作品展-版画・ドローイング・彫刻- (2011年)
ふくろうのいる風景 二部黎彫刻展(2007年)
二部黎彫刻展(07年)

二部黎木彫展(02年、画像なし)
二部黎テラコッタ彫刻展(02年)

「芽生え」「歓び」「眠り」「やすらぎ」=北のアルプ美術館 

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