まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

一句出て 後が続かず 沈丁花

2010年02月20日 | 歴史
 さて、昨日にご案内の通り、高松市亀水町(これで「たるみちょう」と読むのだそうだ)の瀬戸内海歴史民俗資料館に行ってきた。五色台の・・・昔の有料道路の端っこ。坂出市大越が間近な場所。

 

 もう、目の下には・・大槌島や小槌島が見えている。坂出市とのほんの境界線みたいな場所にある施設らしい。時間が少しばかりあったので・・この・・モニュメントを見てきた。

 

 さぬき弁でいうと・・「これ、なんなぁ~」というようなもの。こういうものが山の中の海を見下ろす崖の上に置いてある・・・。ほんまに・・・「これっちゃ、なんな・・・」みたいな・・。

 これ・・、実は・・「流政之」さんの作品で、「またきまい」というものらしい・・・。讃岐の人はわかると思うけど・・「また、来てね~」というのを・・「またきまい」という・・。その場、その場のニュアンスはあるんだけれど・・。

 

 で・・、その・・瀬戸内海歴史民俗資料館に行ったら、「まだ、お時間がありますので、館内を自由に見学なさってください」と言われて・・・。昨日もここで・・自由に見学したのだけれどね・・・。ということで、今日は・・屋上の展望台にも上ってみた・・。

 

 で・・、午後一時半から講義が始まった・・・。講義は、直島に伝わる大庄屋「三宅氏」の古文書の中から選んだ海難事故300件の分析結果の報告・・・。ま、それぞれに興味深かった・・。

 

 私が希望していたのは「海難絵馬」・・。そこに・・さぬき広島の、広島神社にあった海難絵馬二点の実物が出てきた・・。「あ・・、これって、みたことがある・・」みたいな。昔には、これがいつもあったんだ。それがいつの頃にか写真に変わってしまったけれど、それもつい最近のことだと思う・・。

 

 これが・・奉納年月日。「明治十六年旧八月四日」と書いてあるのかな・・。今日の講義ではそこには触れなかったのだけれど。で・

 

 ここも・・・一切説明がなかったけれど、「当浦」つまり、さぬき広島の地船の・・「讃岐丸」の「向井慶太郎」さんが奉納した海難絵馬らしい・・・。

 この絵馬と同じように広島神社にあった「白賀」さんの和船の海難絵馬の実物を見ながら・・・館長さんが説明してくれたが・・。

 

 船絵馬というのは・・・四万枚に余るという・・。しかし、海難絵馬というのは・・その1パーセントにも満たないのだという。しかも海難絵馬は江戸時代にはなく、明治になってから描かれて奉納されたものだから、奉納者も少なく、絵馬師も少なくなった時期らしいとのこと。今後の研究の種にはなるなぁと思った・・。

 いろいろとお話したいことはあるけれど、くどくなるので、今日はここまで・・というたものの、お話が途中・・。

 

 で・・今日のお昼は・・その・・五色台にあがる前に腹ごしらえ・・。高松西インターチェンジ前にある・・「こんぴらや西インター店」に入ってみた・・・。

 すると・・「しっぽく始めました」という文字が・・・。だとぉ・・、しっぽくうどんを食べなくては。。。みたいな雰囲気になって・・。「卓袱」って書くんやろうか、本当は。

 

 ま・・お野菜の具は盛りだくさんだなぁと思った・・。麺は細めんで上品だけれど、コシが少し甘いかなぁと・・・。これで・・390円だと思った。ま、」それなりなのかなぁとは思ったけれど、そんなにも心には残らなかったのかも知れない・・。


じゃぁ、また、明日、会えるといいね。 


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