まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

梅の花 寝ぼけまなこに 沁みる色

2019年02月13日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は4度から9.8度、湿度は76%から57%、風は1mから3mの西北西の風が少しばかり。明日の14日は、気圧の谷や寒気の影響で概ね曇る見込みらしい。

 

 126/58-74 35.9c-98% 61.8Kg 1025hPa,8c,52% 体調に変化はない。朝方はやはり血圧が高くなるが暖かくなると落ち着いてくる。

 

 朝方、e-Taxで医療費控除をやってみたが、80数万円の医療費なのに控除額は3万数千円にしかならないのはおかしいので途中でやめた。昨年は17万もの控除があったのに、どこかで入力を間違っているとしか思えない。

 

 奥方が、血圧の薬と湿布薬をもらってきてほしいというので、町内の医院に行ってきた。奥方が休みの日は、この医院はお休みだとかで、いつも私のお役目になる。ま、いつものことなので、診察もなくて薬を処方してくれた。

 

 その処方箋をもらって、隣の調剤薬局に行って薬を受け取ってきた。これも私のお小遣いからの支出になるらしい。なんともはや・・・。

 

 で、お昼からは民児協の定例会。

 

 近く、さぬき市全体で組織改編が行われるとかで、組織がどう変わるか・・・というのが最近の話題。支所が廃止されるとか場所が変わるとか・・・。だんだんと不便になっていくのは実感できる。

 

 それと、私も今年が三年目。12月以降はどうするのか・・というのも大きな話題。あの人も交代、この人も交代だとにぎやかだ。私も昨年の11月頃は苦しくて苦しくて、もうダメだと諦めかけたが、今年になって体調は安定してきた。だから、再任することにしたのだが、大丈夫だろうか。

 

 生活保護についての講義もあったのだが、それより何より、我が家の空き缶の処理の方が大事なこと。一目散に会場を後にして、空き缶を回収場へ運んでおく。今月末には母の七回忌があるのに、空き缶がてんこ盛りになっているのはまずいのだ。

 

 今日の掲示板はこれ。「眼を開けば どこにでも教えはある」というもの。同じく道を求めても、先にさとる者もあれば、後にさとる者もある。だから他人が道を得たのを見て、自分がまだ道を得ていないことを悲しむには及ばない。眼を開けば、どこにでも教えはある。同様に、さとりへの機縁も、どこにでも現われている。香をたいて香気の流れたときに、その香気の、あるのでもなく、ないのでもなく、行くのでもなく、来るのでもないさまを知って、さとりに入った人もある。道を歩いて足に棘を立て、疼きの中から、疼きを覚えるのは、もともと定まった心があるのではなく、縁に触れていろいろの心となるのであって、一つの心も、乱せば醜い煩悩となり、おさ めれば美しいさとりとなることを知って、さとりに入った人もある。「心を平らにせよ。心が平らになれば、世界の大地もみなことごとく平らになる。」という教えを聞いて、この世の差別は心の見方によるものであると考えて、さとりに入った人もある。まことにさとりの縁には限りがない。(仏教聖典・夜の部より)

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

 


底冷えに 記憶の糸が また切れる

2019年02月12日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は1.5度から9.2度、湿度は70%から56%、風は2mから4mの西の風が冷たかった。明日の13日は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 126/60-62 36.2c-97% 61.6Kg 1028hPa,4c,64% 今日も体調に変化はない。体重にも大きな変化はない。

 

 こんないい天気の日に、部屋に引きこもってはいられないと、いつものように出かけてみた。今日は火曜日だからと、前山のおへんろ交流サロンにも寄ろうかと思ったが、特段の用事もないので素通りした。

 

 今日は、この六十三丁石の隣にあった石仏が気になって再調査だった。

 

 前にお飾りしてあるお花を取りよけてみると、これは「牛の墓」だった。明治三十六年六月日 細川井造 と刻んであった。写真を撮り終わると、お花を元に戻しておいた。

 

 そこから先に進んで、多和槇川に入ったところにある国道脇。向こうに見えるのはおへんろ休憩所。その手前右側の山中に遍路墓が数基並んでいる。

 

 その中の一基に、「大乗妙典六十六部廻国塔」というものがある。ここには奥州だの肥前だの讃州だのというたくさんの行者の名前が刻まれている。これも明治二年だから、先生は一切、説明も案内もなく素通りしてしまう。

 

 その後は一応確認できているので、大窪寺に向かった。昨日の今朝だから雪が残っているのかと思ったけれど、少しも雪は残っていなかった。

 

 境内にある道標である。こういうものもチェックしておく。

 

 これは大師堂前にある「日本廻国六十六部廻国供養塔」である。願主は阿波郡伊沢村の源右衛門で、安永四年に建てられたもの。これも道ばたにあったものを、大師堂建設時に移転されたものだろう。

 

 天気はいいのだが、空気が冷たいので早々に引き上げてきた。肺炎にでもなったら大変なことになる。退職前あたりには、よく風邪をひいたり肺炎になって入院したものだが、退職してからは風邪もひかなくなったし、肺炎にもなっていない。

 

 で、調べたものを記録しておく。情報は新鮮なうちに料理しておくのがいい。

 

 大窪寺が近づくと、こうした遍路墓が多くなる。中には院号のついたものやお坊さんらしい名前のお墓もあるが、立派なお墓が残されている。ここも夏になってから再調査が必要だ。

 

 今日の掲示板はこれ。「毎日があたり前だと思っていた。でも、あたり前じゃないことに気がついた 笑顔 優しさ 思いやり あたり前じゃないあなたに感謝 あたり前じゃない今日に感謝」というもの。いつもの生活をしていると、当たり前があたり前になってしまって、その当たり前に慣れっこになってしまうもの。眼が見えない、足が動かない、おなかが空いても食べられない・・・。そんな、あたり前じゃないことに直面したとき、あたり前のありがたさをしみじみと感じるもの。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


二つ三つ 野山隠して 春の雨 

2019年02月11日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で雨や雪が降っていた。気温は1.5度から7.0度、湿度は96%から70%、風は1mから4mの西北西の風が冷たかった。明日の12日は、高気圧に覆われるため晴れるらしい。

 

 138/68-65 36.5c-91% 61.2Kg 1022hPa,4c.68% 朝方は久しぶりにというか今季初の雪になった。雪と行っても淡雪みたいなもので、あっという間に消えてしまった。

 

 雪や雨では出かけられないし、こんな日に出かけなければならないようなお仕事もない。そこで、いつもの道標調査のまとめなんぞをやっておく。これだって不要不急のお仕事というかお勉強だから、やってもやらなくてもいいことなんだけれど。

 

 ま、できることからコツコツと。小さなことからコツコツと。

 

 本当はじっと寝ていればいいようなものだけれど、そうしていたら夜に寝られなくなるし、ぼーっと生きていたらチコちゃんに叱られる。惚け防止になるかならぬかわからんが、ま、手先指先の運動から。

 

 どんどんと画像はたまる一方だから、少しずつ片付けていかないと・・・。

 

 そんな時、娘夫婦がやって来て、奥方と四人でお食事に行くことになった。ま、気分転換にはいいじゃないかと一緒に行ってきた。「寿司処ここも志度店」というお店だった。

 

 今日は空気が冷たいせいか、よくトイレに向かう。それはとてもいい傾向だ。トイレに行かないと水分が体内に貯まって呼吸困難になってしまう。

 

 と、言いつつ、早くも水分補給。今日は空気が冷たいせいか、血圧がうまく測れない。上腕部で計っても184/78とかというべらぼうな数字になる。スマート時計なんぞ、全く計測すらしない。だから、少し血管を太くしてやらねば・・・という屁理屈で、生中二杯。奥方公認だからかまわない。

 

 そうは言いつつ、出されたものはぱくぱくと食べた。最近は動くせいか、食べる量が多くなったし、ところてんなんぞ食べなくなった。それでも、体重が激増したということはない。60Kg台から62Kg台をゆらゆらとしている。

 

 帰れば、またもや、パソコン操作。だって、これしかやるものがないのだ。

 

 昨日に行った所なんぞの記憶の整理とまとめ作業。ラフな原稿みたいなものだ。だから、頭に「交流サロン」なんてついているが、こういうもは後日に修正する。

 

 今日の掲示板はこれ。「やりたいことがいっぱいあったのに、やれなかった人がいます。せいいっぱい生きたかったのに、生きられなかった命があります。命いっぱい生きなければ・・・」というもの。どこの誰の言葉かはわからなかった。似たような言葉に、「お前が 無駄に過ごした“今日”は、昨日 死んだ 誰かが死ぬほど生きたかった“明日”なんだ」(出典:AC公共広告機構)というCMが昔にあった。「それでも、誰かが生きたかった人生。」という言葉が、最近、特に感じるようになった。私に残された時間はそう多くはない。やれることはやりきっておかなければと思う毎日である。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


梅の花 冷たさ沁みる 道しるべ

2019年02月10日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていたが、気圧の谷や寒気の影響で曇る時もあった。気温は3.5度から6.5度、湿度は74%から56%、風は2mから3mの北北西の風が冷たかった。明日の11日は、気圧の谷や湿った空気の影響で曇り、明け方から朝にかけて雨や雪が降る見込みらしい。

 

 122/72-62 36.2c-97% 61.2Kg 1025hPa,6c,52% 体調に変化はない。

 

 九時過ぎに空が明るくなってきたので、またぞろ道標探しの続きをやってみた。なにせ、先生たちはデータばかりを羅列して、その場所や位置を見せてくれないのだ。だから、データーを元にして歩き回って探すしかないのだ。

 

 これだって、旧のへんろ道沿いにひっそりとあるし、その場所すら教えてはくれていない。昔のへんろ道を歩いてみて、はじめてそれだとわかるもの。まるで宝探しみたいなものだ。

 

 これは「犬の墓」であるが、名前も日付もどこにもない。

 

 昔は、この川沿いに歩いたものらしかった。

 

 これだって、お不動さんかなぁと思って通り過ぎてばかりいたのだが、「先生墓」というものらしい。紀州だかのお遍路さんが住み着いて、目のお医者さんをやっていて亡くなった。地元の人が、お墓を建ててあげておれば、やがて紀州の人が気がついてくれるだろうに・・ということで立てたものらしい。お堂は近世のものである。

 

 ここも、いつもいつも通っていながら、全く気がつかなかったもの。お堂の中のお地蔵さんの台石に、「弘法大師護摩御修行之霊場也」と刻んである。その横の石碑、

 

 これだが、「奉修光明真言二百万遍供養塔」と刻んであるが、大正七年九月だから、先生たちは歴史の範囲外だと説明も案内もなかった。で、これを建てたのが、奥山村(現多和地区)婦人會一同であるらしい。ご婦人方の信仰心が厚かったらしい。

 

 でも、今日は外気温が低いらしく、心臓にズキズキとしみ込んでくる。こんなところで心臓が止まったらおしまいやな・・・と、早々に引き上げてきて資料整理をやっておく。

 

 大窪寺の場合、長尾寺からのおへんろさん用に、昔の「額村(がくむら)」の峠、相草峠を70丁と起点にして、一丁ごとに数を減らしていく。阿波からのお遍路さんも同様に国境から38、37と数を減らして設置されていた。

 

 今日、見てきたものをメモ程度に写真と場所と名称なんぞを記録しておく。備忘録程度に。もう、遍路道フォルダーにはたくさんの画像が入っていて、しばらくすると、何が何やらわからなくなってしまうからだ。

 

 やはり、今頃の太陽は写真にすると真っ白だったり真っ黒だったりして使えない。暖かくならなければ本物の画像にはなりにくいと思う。

 

 今日の掲示板はこれ。「とりあえずやってみて、失敗から学ぶべきだ。私はこのやり方が好きだ。何しろ毎日、新しいことを学べるのだから。」というリチャード・ブランソンの言葉から。失敗を全くしないで先に進むことはできない。目的は前に進んで目標を達成することなのだから、失敗やそこからの学びを一つの過程としてとらえよう。常に挑戦して、前進していくことを考えよう。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


野の椿 今日の一歩は あたたかい

2019年02月09日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は、気圧の谷や寒気の影響で曇り、雨や雪が降っている所があった。気温は4.5度から8.7度、湿度は80%から54%、風は1mから6mの西の風が一時は強かった。明日の10日も、引き続き気圧の谷や寒気の影響で曇るらしい。

 

 116/58-61 36.4c-97% 61.6Kg 1014hPa,12c,56% 体調に変化はないが肩こりが治らない。

 

 そうは言っても天候が悪いし、出かける当てもない。だから、昨日同様にデーターの整理をやっていた。ま、昔の人の書いたというか刻んだ文字を調べているわけで、「ゟ」これは「より」と読むが、「是ゟ三丁」という場合に使うのだが。ま、そういう古い文字が出てこないことが多い。そうそう、「藝刕」と書いて「げいしゅう=芸州」安芸の国、つまり、今の広島県の西部である。

 

 そこであれこれとやってみるのだが、なかなか、思うようにはいかないものだ。

 

 そういうことをやっていると、またまた肩が凝ってしまう。

 

 そこへ、ピンポーン・・・と宅配屋のお兄さんがやって来る。

 

 今日のお荷物は二つ。土曜日の午前中と言う指定だった。

 

 これが、その中身。プリンターのトナー二個セットと、日本語変換ソフトの「ATOK」である。

 

 というのも、これまでATOKを入れていなかったのか、辞書が壊れたのか、辞書が使えなくなって、古い日本語が登録できなくなっていたのである。そこで、これを新しくしたのだった。他のマシンはちゃんと動くのに、再インストールしようとしても受け付けてくれなくなっていたのだ。

 

 そこで、なんだかんだのの登録をやっていると、ますます肩凝りがひどくなるばかりなのだ。

 

 新しくなることはいいのだけれど、作業が増えるのは、あんまりうれしくはない。

 

 今日の掲示板はこれ。「生かされている以上、一生懸命生きないと、志半ばで亡くなった方々に失礼だと思う」という菊間千乃さんの言葉から。菊間千乃さんは、日本の弁護士、フリーアナウンサー。弁護士法人松尾綜合法律事務所所属。元フジテレビアナウンサー。弁護士活動以外はノースプロダクションが窓口。学位は法務博士。世の中には、あれもやりたい、これもやりたいと願いながら、病気やケガやいじめや虐待などで、志半ばで亡くなられた方は多い。そんな人たちに対して、ぼーと生きていたんじゃ失礼じゃないか・・・と言うてる訳だ。まだ、お若い方なのにしっかりとしたお方だなぁと思ったことだった。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


うたたねの 夢の静けさ 緋南天

2019年02月08日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は気圧の谷や寒気の影響で曇っていた。気温は7.0度から9.0度、湿度は78%から66%、風は2mから4mの北北東の風が少しばかり。明日の9日は、気圧の谷や寒気の影響で曇り、昼前から夕方にかけて雨や雪の降る所があるらしい。

 

 132/78-66 36.4c-96 61.6Kg 1024hPa,10c,64% 体重が少しばかり増えたようだが水分が溜まってきているみたい。排水ができたら正常に戻るのだが。

 

 昨日は朝の薬を飲み忘れていて、夕方になって気が付いて飲んだものだ。それだから、夜中じゅう、1時間から2時間おきにトイレに起きたもので、少しばかり寝不足気味。で、奥方が休みだからと7時過ぎに起きた。

 

 へんろ道にある石造物は、香川県教育委員会やさぬき市教育委員会やらへんろ研究会などの偉い先生方が調べてくれている。でも、先生方の視点が違うから、切り口が違うから、同じように歩いても見るものが違っている。だからデータもさまざま。ある先生は、遍路墓ばかり、ある先生は明治のものは見てみないふりをするし、ある先生はなんでもかんでも調べてしまう。そんな膨大なデータの中から、観光ガイドの視点で拾い出してまとめて整理中。

 

 だから左のマシンで、先生のデーターを表示し、右のマシンで、私が調べたものを画面に映し、真ん中のマシンで、私なりに整理したデータをまとめていた。

 

 そうして、へんろ道を歩く時の観光ガイドマニュアルを作ろうとしているわけだ。ま、うちの会では、「志度寺班」「長尾寺班」「大窪寺班」と、「へんろ道班」があるが、どことも、単独ではエリアが狭すぎて活動範囲も時間も制約されてしまう。だから、大窪寺班はへんろ道班とタイアップするし、長尾寺班もへんろ道班とコラボしなければならなくなっている。そんな時に、このマニュアルが必要になる。

 

 大窪寺班はほとんど、多和小学校から大窪寺までの約5Kmのへんろ道を歩いて観光し、お昼に門前でおうどんを食べて、その後、大窪寺境内をガイドするパターン。

 

 だから、ほとんどをへんろ道班との共同作業になる。今年の三月もそういう予定の筈。それまでには間に合わないが、四月以降までにはまとめ上げたいもの。

 

 今日は奥方がお休みだということで、今日のお昼はここになった。さぬき市長尾東にある「うどん亭・いわせ」という一般店。奥方のお好みのお店である。

 

 私は足が悪いからいす席を選ぶ。この時期にはあまりお客さんが多くない。

 

 で、私はしっぽくうどん(580円)で、奥方はかけうどん(370円)におでん(110円)を三つほど。

 

 今日は気温があがらずに風が冷たいので、温かいおうどんはほっこりとしたものだ。

 

 今日の掲示板はこれ。睡蓮の葉っぱや花は水面に浮かぶが、蓮の花は水面から高い場所にあって花開いている。「散るときが 浮かぶときなり 蓮の花」

 昔、京都伏見に、たいへんよく働く八百屋がいた。百両もの大金を持っていたので、盗られはせぬかと、夜もおちおち眠れないほど心配でたまらない。ある晩、仏さまが八百屋の夢枕に立って告げられた。「こりゃ八百屋。近いうちに大盗人がやってくる。そのときは、ハッキリと答えてやれ。命はやるが金は渡さぬとなァ。そう言えばだいじょうぶじゃ」

 八百屋のおやじ、冷汗びっしょりで目がさめた。すると案の定、ある晩、大盗人が入ってきた。「こりゃおやじ!、生命が惜しけりゃ、金を出せ」 夢のお告げを今じゃと思い出した八百屋のおやじはたんかをきった。 「生命はやるが、金は渡さぬ!!」

 盗人は、ほうほうのていで逃げうせた。捕まった石川五右衛門は、〝オレは生涯、恐ろしいと思ったのは、あのときだけだった〟と、述懐したという。生命をかけて達成できぬことはない。

 散るときが   浮かぶときなり   蓮の花  

 飛びこんだ   力で浮かぶ   蛙かな

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


へんろ道 行きつ戻りつ 野水仙

2019年02月07日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は湿った空気の影響で概ね曇っていたが、9時過ぎ辺りから晴れてきた。気温は6度から12.8度、湿度は92%から64%、風は1mから4mの西北西の風が少しばかり。明日の8日は、気圧の谷や寒気の影響で概ね曇る見込みらしい。

 

 129/71-62 36.4c-97% 61.6Kg 1022hPa,14c,68% 今日は少しばかり身体が重い感じがする。尿の量が少ないようだ。

 

 朝方は曇っていたが、晴れ間が見えだしたので出かけようと思った。今日は先日の続きで、左上の「多和小学校」から大窪寺までの間の道標や丁石を調べようと思ったのだ。

 

 で、時間的に言うと、我が家からは大窪寺が近い。だから、この「一丁石」から逆に丁石を追って行って、確認しながら戻ることにした。

 

 時折り、こうした看板があるのがうれしい。この辺りの丁石は土佐の廻船問屋が建立したものが多い。どういうつながりがあるのかは誰も話してくれない。

 

 こういう具合に国道沿いに移転されているものがあって、篤志家の方が山の葉をお供えしている。そういうものを確認していくわけだ。

 

 この真ん中が丁石である。ところが、この頃から足にパワーがなくなってきて動けなくなってきた。朝は野菜ジュースとバナナ一本だけだったが少なかったのか。

 

 そこで、急遽、Uターンして大窪寺門前の野田屋さんに入った。なんでもいいと思ったのだが、入り口に「天ぷらそば」と大書してあるので、それをお願いした。讃岐でおそばなんて珍しいじゃないか。

 

 とにかく食べないと・・・と思ってぱくついてしまった。天ぷらはあげだてで、柔らかくておいしかった。お蕎麦はあんまり印象がない。ま、讃岐のおそばはこんなものか・・・みたいなことだ。

 

 食べたら元気になるかと思ったら、食べていきなりはエネルギーにはならないらしい。今度はおなかがだぶついて重くて苦しくなった。

 

 で、今日の目的地の「旧多和小学校跡」の天体望遠鏡博物館でトイレ休憩。今日は、ここ一回だけ。なんの調子なんだろうか。多い時には30分ごとに十数回も行くことがあるのに。

 

 戻ってきたら、早速に資料の整理をやっておく。

 

 今日見たこと、知ったことを記録に残しておくのだ。そうしないと、明日になればうっかり、すっかり忘れてしまうのだから。忘れると言えば、今朝の薬を飲み忘れていたのだ。だから道理でトイレに行かないわけだ。パソコンの間に挟まったまんまに残っていたのだった。

 

 メモしておいても忘れるくらいだからどうしようもない。

 

 今日の掲示板はこれ。「死ぬからこそ 本当に生きる道を開く」というもの。金子大栄先生の言葉だと記憶している。生まれたいと思った覚えもないのに、生まれていた。年を取りたいと思っていなくても、年を取る。病気になりたいと思っていないのに、病気になる。そして、死にたいと思っていなくても、死んでいくのである。全ては、与えられたものなのだ。とすれば、人生の本当の味わいというのは、人生が与えてくれることを「ご縁」として、謙虚に受け止め、受け入れるところに感じられるものではないだろうか・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


春の雨 やんで散歩を せがまれる

2019年02月06日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は気圧の谷や前線を伴った低気圧の影響で雨が降っていた。気温は7度から11.5度、湿度は94%から73%、風は3mから1mの東の風が少しばかり。明日の7日は、気圧の谷や寒気の影響で概ね曇るらしい。

 

 115-58-60 36.5c-95% 61.4Kg 1015hPa,16c,60% 体調は安定しているのだが、体重は減らない。

 

 「雨が降ります、雨が降る~」では丁石探しにも出かけられない。肩こりも治らないものだからパソコンには触りたくない。

 

 ところが、今日は雨だからか、右の端末がネットにつながらない。つながらないということは、メールもWEBも使えない。

 

 WEBにつながらないということは、OneDriveにもつながらない。俗に言う「クラウド」の自分用版。ということは、丁石のデータや画像にも、血圧や心拍数のデータにも触れられないということ。ま、センターや左や背面のPCは通常通りにつながるのだけれど。

 

 ということで、端末を入れ替えたり、ネットにつながらないネットワークの設定替えなんぞをやっていたら昼がきた。

 

 端末を入れ替えたことで、作業は順調に進んだのだが・・・、

 

 やっぱり、肩こりがひどくなってくる。困った困った、駒形茂平。

 

 15時頃、ピンポーンとお客さん。そうそう、いつもの宅配屋さん。

 

 そうそう、先日に買ったディスプレー、27インチだかの大きなもので、その光がまぶしくてしようがない。大きなテレビ画面を目の前で見ているようなものだ。

 

 これはかなわん・・・と、探して買ったもの。それが時間指定で届いたもの。

 

 これで少しは楽になったのか知らん。

 

 ま、試行錯誤の毎日ではある。

 

 今日の掲示板はこれ。「迷いの岸から悟りの岸へ 合わす手と手が渡し船」というもの。さすが、いいことを云うなぁと思った言葉だった。彼岸とは、仏さまの悟りの世界、それに対して私たちの住む世界を此岸と呼んでいる。 この二つの世界の間に流れているのが三途の川。この川には、その名の如く火途(地獄道)・血途(畜生道)・刀途(餓鬼道)の三つの瀬があり、人は死後、その行いや罪の重さによって、いづれかの途を渡らねばならないと云う。これでは向こう岸にたどりつくのは無理。ほとんどは川に溺れ、今以上の苦しみを味わう事になってしまう。そこで仏さまは人々に「今までの生き方を悔い改めよ」と懺悔の法を説き、救いの〝船〟を用意されるのだ。どんなに大きな石でも、船に乗せれば水に浮かぶように、罪の重さで、苦しみの底に沈もうとする人々に、大切なのは素直に反省する心である。たとえ小さな針でも、そのままでは水の底に沈んでしまうもの。迷いの岸から、悟りの岸へ。あなたの合わす手と手の中に、仏さまの〝渡し舟〟はいつでも用意されているのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


へんろ道 歩けば励みの 梅の花

2019年02月05日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は3度から11度、湿度は86%から60%、風は1mから4mの東の風が少しばかり。明日の6日は、気圧の谷や前線を伴った低気圧の影響で昼前まで雨が降る見込みで、夕方からは、高気圧に覆われて晴れるらしい。

 

 128/68-62 36.4c-97%  61.2Kg 1022hPa,8c,60% 最近は動けるようになったから、少し食べ過ぎているようだ。ところてんもおかゆも全く口にしていない。

 

 今日は火曜日だからと、おへんろ交流サロンに出向いて、渡邉会長に昨日のことを報告しておいた。報告・連絡・相談は大事なことだ。

 

 で、ものはついでだからと、右上の前山ダムから旧へんろ道を左(実際は南に)に進み、旧多和小学校まで「丁石(ちょういし)」を探してみた。70丁から50丁までの20丁、およそ2.2Kmの距離である。

 

 最初は大型ダンプが通る広い道なのだが、坂道がきつく歩くのはつらい道、いわゆる「花折れ道」で、そこにあるのが道標である。豫洲の徳兵衛の道標であると刻まれている。

 

 そのずっと先にあるのが、花折れ峠の70丁石である。あのお地蔵さんの下の四角い台石に、「是より七十丁」と刻んである。

 

 それからは、こうした地形図を頼りに、69、68、67と丁石を探して確認していくのである。

 

 これなどは、はっきりと、「是より六十九丁」と読めるのでありがたいが、全く読めないものや壊れたもの、台座だけのものとさまざま。

 

 これが64丁石。お地蔵さんのすぐ上から折れていて、何丁かはわからない。

 

 これが63丁石と牛の墓(小)である。いずれも県道工事に伴って県道沿いに移転されたものである。

 

 そうかと思えば、50丁、53丁、54丁と一カ所にまとめられたものもある。背の低いものは道標である。このようにして、旧多和小学校までの間の52丁、51丁までは確認できた。

 

 午後からは整理をしようと思ったのだが、肩こりがひどくなってきたのであきらめて、血圧や脈拍などの「心不全手帳」の記入やらをやっていた。参考までに、今日の歩数計は6,161歩だった。

 

 総合日記帳の整理などをやっていた。縦軸が年月日、横軸がその年で、右端が今年の2019年で、左端の年月日を見て、今日の記録を記入し、過去の今日を眺めてみると、6年前には母が入院していて看病に行ったことがわかる。過去10年間の記録が一目でわかる。

 

 今日の掲示板はこれ。「悟りの花はどこに咲く 悩みの池の中に咲く」というもの。先月の大賀先生の講義の中でも、お遍路に出るきっかけはさまざま。リストラや失業や退職、不登校から病気、怪我、失恋・・・さまざまな悩みを苦悩を抱いて人は遍路に出た・・・。そして、涙を流し、雨に打たれ、嵐に揉まれながら、再生していく。感謝や奉仕や悟りを得て、再び人は社会へと戻っていく。悟りはお釈迦様だけの専売特許ではない。「生かされている」、「感謝の心が生まれた」、「思わず合掌した」・・・。それらだって立派な「悟り」ではないか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


見逃した 時の流れや 梅の花

2019年02月04日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は12度から14度、湿度は86%から54%、風は6mから2mの西の風が一時は強かった。明日の5日は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 101/67-59 36.4c-97% 61.2Kg 1015hPa,10c,56% 心配していた雪や雨にならずにほっとした。

 

 と言うのも、今年最初のお仕事が、このテレビ新広島さんを大窪寺さんへ案内するお役目が入っていたのだ。今の時期、例年ならば雪が降り積もるころ。私がお仕事に行けなかったらどうしようかと心配していたのだが。

 

 眼を覚ますと、まさに春~~♪ という感じ。気温が12度もあった。いつも、立春の頃は寒い時期。今年の暖かさはうれしいことだった。

 

 で、一行は、カメラ、音声、アシスタント、ディレクターの男性四人にリポーターの女性が一人と言う構成。雪も雨もなくてラッキー。ただ、時折強い西風が吹いてきて作業が止まったりする。

 

 私も一応ピンマイクを付けて、レポーターさんと歩きながら自由な会話をやっていた。で、境内を一周して、一時間ほどでガイドは終わった。ま、時期的にというか、今日はお遍路さんの姿は見えず、あっさりとお仕事は終わった。

 

 帰ろうとしたら、「生姜湯」のお接待がおいしいということや、なんでこんにゃくを売っているのかと言う話題で盛りあがって、予定外の取材になってしまった。一行は、その後、門前の八十八庵でおうどんの取材をするというので、私は皆さんにお別れして帰ってきた。

 

 戻ってきて、今朝は血圧や脈拍数を計っていないことに気づいたのだが、ちゃんと、スマートウォッチが計測してくれていた。それを記録表に打ち込んで一安心。

 

 境内を歩いただけだからか、628歩というのは少なくないかえ。

 

 帰ってきたらば、またまた、PCワーク。

 

 今まで調べた道標や供養塔なんぞのデータを整理しておく。こういう作業をするのには、大型ディスプレーが大変便利だ。どうにも、ノートPCの画面では文字が見づらくて。

 

 とにかく老化現象で記憶力が落ちてきている。だから継続こそが力だなと思う毎日。しばらく休めば、何をやっていたのか、どこまで調べたのかがわからなくなってしまう。

 

 とにかく、こつこつが大事だなぁと思い知る毎日。

 

 今日の掲示板はこれ。「自分は自分の主人公。世界でただひとりの自分を創っていく責任者」という東井義雄先生の言葉から。これは、“教育界の国宝”と称えられた伝説の教師・東井義雄先生の遺した言葉。東井先生は、子どもたちに素晴らしい人生を送ってほしい、自分で自分の人生を粗末にするようなバカな生き方をしてほしくない、という祈りのような願いを持ち続けていた。結局、道にいい道、悪い道というのがあるのではない。その道をどんなふうに生きるかという、その生きざまによって、良く見える道も悪くなったり、悪く見える道も良くなったりするのである。五千通りの可能性の中から、どんな自分を取り出していくか、それぞれみんなの一人ひとりがその責任者なのである。世界でただ一人の私を、どんな私に仕上げていくか。その責任者が私であり、それぞれみんなの一人ひとりなのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


節分は とぼけ上手な 人になる

2019年02月03日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で概ね曇っていて、夕方からは雨が降るらしい。夜のはじめ頃からは雷を伴う所がある見込みなのだとか。気温は2.5度から13.5度、湿度は90%から68%、風は1mから2mの東の風が少しばかり。明日の4日は、前線の影響で明け方まで曇り、雨や雷雨となる所があるらしいが、その後は高気圧に覆われて晴れるらしい。

 

 122/69-63 36.4c-92% 60.5Kg 1020hPa,7c,60%  体調は安定している。肩こりもずいぶんと楽になってきた。

 

 朝からにぎやかなことだ。何事が起ったのかと眺めていると、

 

 我が家のすぐ横の水路の管理らしく、草刈りや溝掃除をやってくれてさっぱりとした。今月下旬の母の七回忌にはありがたいことだと思った。

 

 で、早くも水路に水が流されている。早速に「みろく奥池」に水が流れ込んでいるようだ。

 

 午前10時ごろ、宅配便がやってきて、大きな荷物が届けられた。ま、amazonさんの箱はいつも大きい箱なのだ。

 

 中には大きなディスプレーが入っていた。パソコン用の増設ディスプレイを頼んであったのだ。ところが、これをノートPCにつないでもうんともすんとも言わない。しばらく悪戦苦闘して、ようやく、なんとか、パソコンに接続できた。

 

 ところが、このDsubピン端子が入っていなくて、ほかのものを流用したので、食事後に買ってきた。それじゃぁダメじゃん春風亭昇太。

 

 これは、27インチと言うのだろうか、幅が60Cmもあって、まるでテレビを見ているみたいだ。隣のノートPCの倍もあろうかという大きさだ。

 

 こうしてみると株式の売買でもやっているみたいだ。

 

 でも、これで表計算や文章作成は楽になった。

 

 ついでに買ったスマートウォッチ。でも、これを使うにはスマートフォンが必要とのこと。私のお年寄り用の「らくらくフォン」では使えそうにない。それじゃダメじゃん春風亭昇太。でも、iPadにQRコードを読み込ませたら、設定ができた。血圧や運動量や歩数などが管理できるらしい。

 

 おかげで、PC作業はずいぶんと楽になった。

 

 今日の掲示板はこれ。「折れてみて/初めて見えた鬼の角/折れた思いが/また角になり」というもの。どうにもならぬ苦悩を抱えて、生きる望みを失っている時に、仏の教えに出遇い、仏の教えに生きた詩人の浅田正作さんは、1988年に法蔵館から出版された『念仏詩集・骨道を行く』の中に「自分が可愛い/ただ/それだけのことで/生きていた/それが深い悲しみとなったとき/ちがった世界が/ひらけて来た」と詩っている。この詩を読んだ時、私が今どう生きているのかと、問われていると受けとめた。「自分が可愛い/ただ/それだけのことで/生きていた」という生きようは、私の日常では当り前のことで、そのことが何も問題になることもなく生きてきている。しかし、浅田正作さんは、どうにもならぬ苦悩を抱え、生きる望みを失っている時に、救いの道を求め阿弥陀仏の深い願いに出遇ったのである。仏の願いに出遇うことは、私自身が阿弥陀仏の光に照らされるのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


底冷えを 光るはさみで 切り落とす

2019年02月02日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は3度から11度、湿度は82%から63%、風は1mから3mの西の風が少しばかり。明日の3日は、低気圧や前線の影響で夕方から雨が降る見込みらしい。

 

 128/64-60 36.4c-95% 60.4Kg 1022hPa,10c,46% 体調に変化はない。一応、安定しているみたい。息苦しさもないし、ふくらはぎの張りもない。平地ならば1Kmくらいならば歩けるようになった。まだ坂道、登坂はだめだ。

 

 今日も肩こりが激しいのでPC作業はお休みにして、86番札所志度寺さんの境内を歩いてみた。ぽつりぽつりとお遍路さんがいた。

 

 印刷してみると、カラーだときれいなのだがモノクロ印刷すると真っ黒になってしまうので、いろいろと試しながら撮影してみたがきれいには写らない。やはり、夏場にならないと無理なのか。

 

 ここも日陰になってうまく写らない。

 

 これは、次回作になる「丁石」で、大窪寺までの距離を刻んだもの。ようやく見つけたけれど、家の陰で光が足りない。

 

 先生の写したものとは全く違う。やはり夏場の上からの強い光が必要かも。

 

 帰ってからは、記録した写真を確認したり、

 

 去年の今頃の画像と比較したりしていた。これは大窪寺の仁王門を入ったところの手水場である。昨年はこんなに氷が張り付いていた。

 

 久々に、この本を取り出してきた。真念さんが書いた本を、私たちの先生の稲田さんが訳注したもの。

 

 本を開いても、霞む目では読むのもつらい。それじゃぁ、何にもできないじゃないか。

 

 それじゃぁと、銀行さんに行ってきて、通帳記載をしてもらって、一月分の会計帳簿を整理してみた。

 

 こうしてみると、一か月に、何がいくら、何にいくらが必要かと言うことが解るようになった。とはいうても、これだってPC作業になっている。血圧の記録も午前と午後に二回ずつ計って、それをPCで記録する。PCに触らないではいられなくなっているのだ。

 

 明日が節分。今日の掲示板はこれ。「相手を鬼と見る人は 自分もまた鬼である」という曽我量深先生のことばからである。「鬼」という言葉には、「仕事の鬼」というようなひとつの道に邁進する人を表わす時もあるけれど、心の冷たい人、情け容赦のない人、恐ろしい人・・・といった意味を指している場合が多い。自分に危害を加えてくるような相手、願いや希望を摘み取ってゆくような相手、そんな人に対して「あの人は鬼だ!」と思うものだ。そんな時はその相手がいかに冷酷で残忍な言動をとったかということばかりをあげつらい、憎み、ののしるのが普通だろう。しかしそれがそのまま私も相手と同じ鬼になっているというのである。自分にとって不利益な相手を「鬼」と断定した途端、私はその人を「人」と見なしていないのだ。だから、その不利益な相手を「退治」し「成敗」しても良いこととしてしまう。そう思った瞬間に心の行いとしての(意業)では、私は恐ろしい形相でその相手を八つ裂きにしてしまうのだ。もうそれは「鬼」そのものに違いない。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。

 

突き抜ける 風の剣を 身でかわす

2019年02月01日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は、冬型の気圧配置となっているため瀬戸内側を中心に曇り、雨や雪の降っている所があったが、午後からは概ね曇れていた。気温は3度から7.7度、湿度は74%から58%、風は2mから3mの北西の風が少しばかり。明日の2日は、高気圧に覆われて晴れるらしい。

 

 122/60-62 36.5c-94% 60.4Kg 1016hPa,8c,46% 体調に変化はない。我が家には雪がないが、南の山並みはうっすらと雪が積もっているらしかった。

 

 今日は奥方がお休みなもので、久々に香川県立図書館に行ってきた。奥方には奥方の予定があるのだろうし、お買い物は先日の火曜日にしっかりと買い込んであるし。

 

 先週だかに借りた四冊の本を返却しておかないと忘れてしまうだろうし、そんなにためになる本でもなかったのだ。

 

 でも、今の私のためになりそうな本はなかったし、あっても貸出禁止の本ばかりだった。で、結局の薬局で、一冊の本も借らずに図書館を出た。返すだけならお隣の寒川図書館でもよかったじゃないの・・と奥方に叱られた。

 

 で、戻ってきたら、やっぱり、パソコン作業になってしまう。

 

 一応の表紙や前書きなどもできた。あくまで「仮」の表紙である。

 

 それらしい「論文」も書いてみた。

 

 奥書も作ってみた。

 

 そしたら、それなりの「本」のかたちができてきた。

 

 ざっと、全体を眺めてみたら、カラー印刷ではないので、画像が真っ黒になったり、地図が見えなかったり、説明が長すぎたり短すぎたりと情報量の差があったりと。ま、一か月やそこいらでできあがるものでもない。

 

 昨年の今日は三センチの雪が降ったとブログにはあったが、今年は本当に雪が降らない。暖冬だ、温暖化だというのは好きじゃないが、確かに子供のころに比べれば雪は降らなくなったように思う。

 

 いやいや、雪が降ればノーマルタイヤだからどうにもならないのだし、雪が降らないほうがいいのはいいとは思う。でも、それで夏に異常気象とかで暑くならなければいいのだけれど。

 

 今日の掲示板はこれ。今日も節分に合わせての「鬼・福」話題。「人間は自分の都合で鬼といい福という」というもの。さて、明後日の3日は節分である。「鬼は外、福は内」と大きな声を出しながら福豆を撒いて、厄除けを行う光景がテレビで放送されることだろう。これは、季節の変わり目には邪気が生じると考えられており、それを追い払うために、昔、宮中で行われていたものが一般化して残ったものだそうだ。一見すると、楽しくほほえましい風景で、また伝統行事なのだからと大切にすべきかもしれないのだけれど、お念仏のみ教えを聴聞されるご門徒の多くは、昔からその行事を行おうとはしなかった。いつかの掲示板にも関連するのだけれど、自分を閉ざすも開くも、ものごとの善し悪しも、鬼も福も、自分の意識次第だというているのである。私が見ている空も、海も、山も、雲も、雨も、嵐も、自分のこころ次第で良くもなったり、悪くもなったりするのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


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