Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

追想~「国靖し」とは・・・

2005-08-01 00:40:00 | インポート
「国靖し」。この言葉は私がまだ十代の高校時代、国語科の漢文の授業にて使われた教科書に載っていたのが最初の出会いでした。
この言葉が「国家社会の永い平和と安定を表す」ものであるのは早くから何となく解っていました。更に一旦国家が緊急非常の状況に陥った際には、身体を張って(昔の言葉では「挺身」と言われていた様です)命懸けで事態に当る様にとの心構えを説く意味でもあった様です(by電気通信大名誉教授 西尾幹二さん)。
まあ緊急事態とは戦争をも含む訳で、余り触れたくないのは事実ですね。ただ必要最低限の対応はできる様、普段より備えるべきなのも事実でしょう。
私がこの言葉を知った当時、やはり戦没者表敬、所謂靖国問題は揺れていた様な記憶がありますね。この点の詳細は次回に譲りたいと思います。
前回より、我が交信仲間の方々が活発に意見を交わして下さっており、見解の相違はあっても私は喜ばしく思います。しかしながら以下の文章を是非ご理解下されたく思うのです。
先年逝去された作家、中野孝次さんの著書「五十年目の日章旗」の文中にて同氏は「敗戦の原因は旧陸海軍首脳の作戦、戦略の無理と杜撰にある。一般の兵士は実に果敢に良く戦った」と言う意味のお言葉を残しています。私の所感もほぼ同じ。それ故一般の戦没各位には頭が下がるのです。
前出の西尾さんも「当事の政府、軍部の国民に対する敗戦責任はあったのでは」とのコメントをTV番組にてなさっていました。
それと勿論、当事の関係国に対する戦争責任を全て否定する訳ではありません。
旧軍による相当な蛮行があったのは史実ですし、この点はもう少し正確に捉えて参れればと思いますね。
今回の最後に一言。私は戦没各位に対し「犬死に」なる言葉を使うのを良しと致しません。一つ間違えば各位の人格と名誉を著しく損ねる事になりかねないからです。
様々な見方があるのは認め、尊重もしたいですがこの言葉だけは承服できかねるものがあり、百歩譲っても「無為の死」とするのが至当ではないでしょうか。*(日本)*


コメント
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