長編小説を読む醍醐味に比べるとエッセーや短編小説は物足りなく思うことがある。ところが最近手にした岩波文庫のエミール・ゾラ「水車小屋攻撃他7篇」とワシントン・アービング「スケッチ・ブック」は反対に短編小説の魅力があふれているように思われる。この2冊は、気の向いた時に、いわば読みきりで読み終えることができるので少しの時間ができたときには格好の書物になる。ゾラといえば「居酒屋」「ナナ」といった、重いテーマの長編小説を思い浮かべるが、「水車小屋攻撃他7篇」は彼の違った才能が発揮されていて読みごたえがある。ワシントン・アービングはスペインを舞台にした「アルハンブラ物語」が夙に有名だが、この「スケッチ・ブック」は、たまたま昨年末ロンドンに滞在したときに当時のイギリスのクリスマスの光景を描いた一連のエッセイーの部分を読んで、200年ほど前のイギリスが今でもほとんど変わっていないことに驚き、また感心もしたものだ。その後も細々と読み続けていたところ、週刊新潮5月26日号の「未読の名作」で、渡部昇一が「スケッチブック」を取り上げていた。このコラムには時折首をかしげざるを得ないような書評も載っているが、今回の渡部の書評は首肯できるものだったと思う。
スケッチ・ブックは上下2巻あり34話からなる結構な大著であるが、挿画もあって楽しく読める。気分の滅入った時に手に取っていて、やっと下巻の6話目「アンティークのあるロンドンの風景」を読み終えたところだ。ロンドンの地名は200年前と変わっていないのでどこか舞台になっているのかを思い浮かべることができる。読んでいる本に登場する場所に土地勘があるというのは何か得をしたような気分になれる。このところ余裕のない日々を過ごしてきたので普段よりもそういったことを感じるのかもしれない。なお、この文庫版の訳者は斉藤昇で、飄々として実に読みやすい。