先般、オーストラリアでコロナウイルスに感染、治療の結果無事完治したアメリカの俳優トム・ハンクスが熱心なタイプライターの収集家だということはよく知られている。その趣味が高じて(あるいはそのおかげで?)タイプライターにまつわる短編小説集まで出版しそれが絶賛されたのは以前ここにも書いた。世界的な名優としての地位を確立して富と名声を手に入れ、そのうえに作家としての才能にまで恵まれるとは、羨ましいとしか言いようないひとである。
その彼の短編小説集「Uncommon Type」には、各編ごとに彼が収集しているのであろう古今のタイプライターの絵あるいは写真が載せられていて楽しい。また、かつての手動タイプライターについての興味深い話、例えば今でも全く変わっていないタイプライターのキーボードのアルファベットの配列の理由や、印刷用紙を巻き取るシリンダーが、手動の場合にはキーを強くたたきすぎると傷んでしまうので2枚重ねにすること、などにも触れることが出来る。この本は、書き手の思いが手を通じてキー、タイプライター、紙へと伝わりそれらが呼吸を交わしているような一体感を醸し出していることを自然に読者に伝えてくれる。
スマートフォンやタブレットの普及により、今や、手紙(メール?)や文章を書くということは、画面にタッチすることに変わってきた。そこには感情をぶつけるような(例えばキーを強く打つというような)風情は期待もできない。タッチパネルのスマートフォンやタブレットも持ってはいるけれども、自分が今でもキーボードのついたパソコンにこだわり続けるのは、懐古趣味に加え、これでしか文章を書けないと感じる時があるからだ。たとえば頭に瞬間的に浮かぶ言葉を逃がさないように文章にするにはキーの固い感触が必要だし、一つを書き終わったときのとどめのように最後のキーを打つときについ力を入れたくなる習慣から離れられないためでもある。機械、という言葉はタイプライターにこそふさわしい。
トム・ハンクスの取集しているビンテージもののタイプライターは普通の人には手に入れることのできない高額なものだろう。その階段状に配列された丸いキーの感触には全く及ばないけれども、パソコンの四角いキーでも、配列は同じだし、まだ一部はその感触を伝えてくれる。ただ、自分の感情をこの繊細なラップトップパソコン のキーボードにぶつけていては、いくら頑丈にできているにしても長寿は期待できないと思う・・・。
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