回顧と展望

思いついたことや趣味の写真などを備忘録風に

ハイブリッド

2020年05月08日 09時16分15秒 | 日記

かつて、シティで働く紳士は夏の朝、自分の庭に咲いた薔薇を一輪、背広の襟に挿してて仕事に向かい、夜には捨ててまた朝、新しいものを挿す、という気障な話を聞いたことがあるが、もちろん現在そんなビジネスマンはいない。多分、アガサ・クリスティーの探偵ポアロが活躍していた時代あたりを最後に廃れてしまったのだろう。しかし、イギリス人の薔薇好きは筋金入りだ。ロンドン郊外の住宅地に行くと各家の庭では色とりどりの薔薇が咲き競っている。その中で最も人気があり一般的かつ、種類が一番多いのは1867年に発出されたラ・フランスを第一号とするHybrid Tea Rose (ハイブリッドティー系)。カネに糸目をつけない昔の紳士ならつい、一日中その香りを楽しみたくなるのだろう。

ロンドンに赴任して住んだ家にはすでに薔薇が植えてあったので、その育て方を勉強するために入門書を購入した。ROSE EXPERTという庭好きのためのシリーズものの一つであるその本で、ハイブリッドという言葉をよく目にして記憶に残っていたのだが、20世紀のほぼ終わりにトヨタ自動車がプリウスを発売してから、世間でハイブリッドといえば、電動モーター併用の車を指すことになって、薔薇の分類としてのハイブリッドはすっかり影が薄くなってしまった。自動車の影響たるやおそるべし、といったところだ。

このこととは少し異なるが、それぞれの分野には使用されてきた独特の用語がある。それがほかの分野に使用されると息を吹き返すように新鮮に聞こえるし、また、魅力的にもみえることがある。一方、従来それを当然のように使用してきた人にとっては少しの困惑を覚えることになる。かつてNASAの事業縮小により大勢の数学者が職を求めて金融界に流入してきた。その際、彼らがNASA で使用してきた様々な用語も携えてきたので、それがそれまでは保守的かつ旧態依然としていた金融界に革命と新風を巻き起こし、かつ退屈にも見えた金融界を刺激的で魅力あるものに見せるようになって、若い人材を引き付けた、という経緯があった。ただ、一方では、そのことの負の側面として、金融界からそれまでの(ややいい加減なところもある)人間的な側面が失われ、冷酷な数字と発想による強欲や市場の暴走を許したのではないか、という見方もされる。

金融界だけでなく、先日アメリカの法曹界を題材にしたドラマをみていたら、大手弁護士事務所が被告を弁護するにあたって、担当する判事の過去の判決のデータベースに基づき勝訴の可能性を判定する「アルゴリズム」を活用、その結果に従って(策を弄して)担当判事を差し替えさせる、しかし、ほぼ勝訴を手にしながら最後に想定もしなかった新証拠が飛び出してその判事でも敗訴してしまう、というのがあった。

アルゴリズムが万能ではないことはすでに現実になっているが、それでも金融界はさまざまなアルゴリズムにすがる、万能でないまでも比較すれば、多くの場合正しい結果を導いているからだ。今回の流行病に伴う経済・金融の混乱においても当然最適と思われるアルゴリズムが活用されたのだろうが、多くはこの未曽有の混乱に打ち勝つことはできず、日本やアメリカの投資ファンドは巨額の損失を出してしまった。「アルゴリズム」という言葉に何か空虚なものを感じるとすればこういう時かもしれない。

ロンドン・リージェントパークの薔薇

 

 

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