普段の海外出張では、ほとんどが飛行機、たまに列車または車による移動がある。車による移動はある地点からある地点まで、乗り換えなしに行けるところが利点である一方、交通事故のおそれがあるし、地域によっては強盗などの犯罪に巻き込まれかねない。そのため、車による移動は短距離に止めるのが原則。しかし限られた日程で、いくつかの場所に行かざるを得ないときには最終的には車に頼るともある。そんな車による移動で記憶に残っているのはブルガリアのソフィアからルーマニアのブカレストまで、まだ両国がEUに加盟していない1990年代に移動したことだ。
この旅程を決めた際、道路がまだ十分には整備されておらず、万一車が故障してはいけないと思い、宿泊するホテルを経由して、乗り換え用の一台を追加し、二台の車を注文しておいた。近くの日系レストラン差し入れのおにぎりをうけとり、予定の午前8時にホテルの前に出てみると車は一台しかない。2台予約したはずだが、とフロントに言ってみると、お客様には特別にベンツを用意した。これなら2台以上の安心感がある、と勝手な議論。それでは半分しか払わない、もし、途中で問題があったら、返金してもらう、と言ったらすんなり承諾した。多分最初から2台出すつもりはなかったのだろう。こんな調子だったから、先々不安が頭をよぎったが、もう手遅れでもあり意を決して出発した。
途中の国境で長蛇の列に巻き込まれたものの、ブルガリア当局からの特別許可証で、反対車線を逆走してスムーズに通過できた。すでに数日待たされているトラックや、数時間は経っていると思われるバスの一団をしり目に、自分たちだけが国境を通過するのに少しの罪悪感を感じながら。ルーマニアに入ってからは田舎道を、道路いっぱいに広がって移動する家畜の群れや、農作物を乗せて疲れ切ってゆっくりと動く馬車にペースをみだされつつ、あたりが暗くなってきたところで、無事にブカレストのホテルに到着した。タクシーの運転手はこれからまたブルガリアまで戻るという。あの調子では翌朝になっただろう。また、帰途は外国人が乗っているわけではないので途中の道中も物騒そうだ。翌日、面談先に行ってこの話をしたら、ずいぶん思い切ったことをやりますね、と半分呆れたような顔をされた。
ブルガリアはトルコ、ギリシャとも国境を接しているから南欧のようなイメージだが、ソフィアの緯度は北緯42度と札幌と同じ。ただ、標高が600メートルほどなので一日の寒暖の差が大きい。五木寛之の「ソフィアの秋」は、ブルガリアからイコンを違法に持ち出そうとして冬山であわや遭難という事態に追い込まれ、肝心のイコンを焼いて暖を取るという皮肉な終わり方だったが、もちろん、その時のソフィアからブカレストへの車の移動にはそんなドラマはなかった。
ソフィアの免税店で買った土産物のイコンの複製品。
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