240年前の1780年8月29日は、フランス新古典主義の巨匠、ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル( Jean-Auguste-Dominique Ingres)の誕生日。彼の精緻を極める作品は新古典主義の画家の中でも最も有名なもの。彼の膨大な作品の中で、まずはもっとも知られているのが水壺を抱えた裸婦の「泉」、次いで様々な、激しい議論を巻き起こした「グランド・オダリスク」があるだろう。いずれの絵も、人間の身体的な正確性の描写と言う点では問題があるが、そういった皮相的な批判をはねのけて常に高い評価を受けている。
フランス近代画壇の最重要人物の作品だけあって、その多くがルーブル美術館をはじめとしたフランスの美術館の所蔵となっている。数少ないフランス国外で所蔵されているアングルの作品の一つが、これまでも紹介してきたニューヨークのフリック・コレクションに所蔵されている肖像画「ドーソンヴィル伯爵夫人」。既に巨匠としての名声を確立したアングルが65歳の時に完成させたこの肖像画は、3年かけて制作され、それは描かれたドーソンヴィル伯爵夫人が24歳から27歳の間に当たる。彼ほどの巨匠になると簡単には肖像画の制作を受け入れないものだが、高位の貴婦人からのたっての依頼と言うことで断れなかったのだろうか。あるいはさすがのアングルもドーソンヴィル伯爵夫人の美貌にひかれたのか。たしかにこの肖像画に描かれている伯爵夫人の美貌を見るとこの説にも説得力がある。
いずれにしても、この作品はドーソンヴィル伯爵夫人の美しさを余すところなく伝えているということではフリック・コレクションの「顔」のひとつと言われるのも不思議ではない。アングルに批判的な批評家が右腕の位置が不自然で人間の骨格からはあり得ない、などと難癖をつけたとしても。
ドーソンヴィル伯爵夫人は文才にも長けた才色兼備の、家柄もこれ以上ないほどの貴族だったが、彼女が47歳の時の(伝えられた)姿は、「太って、髪の毛も少なくなって」、若い時期の美貌はすっかり失われていたようだ。彼女は64歳で世を去るのだが、彼女のかつての美しさを貶めないよう当時は一般的だった埋葬ではなく、火葬を希望したと言われる。
「ドーソンヴィル伯爵夫人」は、アングルの作品の中で一番気に入っている作品。この絵を見ていると歳月と言うものは時に残酷なものだと思わずにはいられない。肖像画がその人の最も輝いているときを写し取っているとすると、老いてからの自分を受け入れるのは難しい。富と名声に恵まれていれば尚更のこと。
ドーソンヴィル伯爵夫人
泉
グランド・オダリスク
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます