難聴者の生活

難聴者の日々の生活から、人工内耳など難聴者のコミュニケーション、聴覚障害者の制度改革について語る。

19年前の「全国中途失聴・難聴者の集い」のこと

2008年05月03日 21時43分40秒 | 生活
080503_1727~001.jpg実家で父の遺品の整理をしていたら、1989年2月11日~12日に「全国中途失聴・難聴者の集い」のチケットが出てきた。
東京都中途失聴・難聴者協会の主催で明治神宮会館で開かれた時のものだ。2枚ある。


これまで東京都の中途失聴・難聴者の集いを開いてきたが、全国の中途失聴・難聴者の集いは初めてだ。全国難聴者連絡協議会に東京の協会が加盟する前だ。

参加者1000人を集めたのが東京で初めてなら、聴覚障害者の情報保障用に高速日本語入力システムに東大の2ストローク入力方式を採用したのも初めてだったと思われる。

ちなみにこの時入力者が事情かあり一人になってしまったので、長時間の講演を入力するために、要約筆記者がそばで要約しながら話した言葉を入力する方法をとった。
図らずも全文入力ではなく、要約された文字がスクリーンに映し出されたのだ。

この3m×4mくらいの巨大スクリーンに講演者の顔を投影するのにプロ用の高出力プロジェクターを使用したのも初めてだった。
コミュニケーション機器展も確か30社以上の出展があったのでは。


もう20年近く前の30代中ばの頃だ。


ラビット 記




難聴をリアルに見つめる

2008年05月03日 08時40分16秒 | エンパワメント
080502_1517~001.jpgOさん、
昨日の職場はいろいろなことが重なって最悪でした。

月末に作ってもらった人工内耳のマップが人の声がまったく聞こえない。
そういう時に限って、派遣社員や上司が風邪か何かの感染症というのでみなマスクをしてしまったので口も読めない。
上司も体調だけでなく機嫌も良くない。

トラブルの元になりそうなことを連絡するためにメールしようとしたら、そんなのより電話しろ、間に合わないという。明確に伝えるためにとメールを書いたのは聞こえないので自分でも明確に聞きたいということもあったがそれは無視された気持ちになる。しかもそれはもう電話したと言う。口ではそうですかと言うしかない。「電話したから大丈夫です」と言えば良いのではないか。ストレスはたまる。


1日は会社の一泊研修で要約筆記を付けてもらう問題で管理部長と話し合ったが、守秘義務の話でもなければ、費用の問題でもないと言う。私の日頃のコミュニケーションが困難な説明を聞くと四六日中要約筆記を付けなくてはいけないかのようだ、みんなと一体になるのが研修の目的なので、講義部分は自分の聞こえる範囲で(そんなに聞かなくても良いのではないかと言うのと同じ)、要するに自助努力が足りないと言わんばかりだ。
結果的には要約筆記を認めてくれたが本当に困っていることが理解されないままなのが悔しい。


難聴者が日頃感じるのはその場の言葉が聞こえないというよりは、「疎外感」、「孤立感」ではないでしょうか。
その場にいながら起きていることが分からないので、判断も行動も出来ない。
そのことが「疎外感」や「孤立感」になります。
しかし、それだけではなく、「焦燥感」や無理解に対する「怒り」にすら転化されようとします。

こうした心の動きを何があってこう感じたのかその時々の言動を記録しておくことは事態に対する対応を考える際に大切です。
思い出したくないかも知れませんが、思い出す過程も大切です。覚えておかなくてはならないと意識することが冷静に考える元になります。


毎日、目の前で交わされる会話が何かわからないまま見て過ごすのが1日だけでなく、毎日、何年も続く苦悩は、聞こえる人には分からないでしょう。


ラビット 記