地蔵院の近くにもう一寺気になる場所があったので寄りました。
平安時代初期の弘仁元年(810)に嵯峨天皇の勅願によって建立されました。
亀甲竹
本堂
それが浄住寺です。
平安時代初期の弘仁元年(810)に嵯峨天皇の勅願によって建立されました。
今までどちらかと言えば小野篁に関わる史跡に関わることが多かったので、嵯峨天皇と言えば小野篁が「無悪善」と書かれたモノを「悪さが(嵯峨)無ければ善いのに」と答えて、その後色々あった後に「子」を12個書いた文章を読めと言った無茶振りした天皇というちょっと悪いイメージがあったのですが、最近訪れるお寺でよく見かけるようになり、結構信心深い方だったのではないか?とのイメージに変わりつつあります。
建立された時は「常住寺」と言う寺号でした。
お釈迦の歯の一本が中国から日本に渡り嵯峨天皇の手に入ったために、その歯を石窟に置いた地だと言われています。
鎌倉時代に「浄住寺」に寺号が変わり、江戸初期に黄檗宗の寺として再興され、京都では珍しい黄檗宗の様式を今に伝えているそうです。
地蔵院に負けないくらいに自然豊かな場所でした。
亀甲竹
本堂
方丈は、伊達騒動で有名な伊達綱村が若い時に住んでいた屋敷を移築した物とのことです。
お庭は手入れができたなら良い風景になりそうなところでした。
特に観光寺でもないようなので保護に困っておられる感の案内がありました。
苔寺や鈴虫寺が近くにある場所だけに、工夫によっては良い観光地になりそうなのですが、いろんな問題はあるのかもしれないですね。
ただ、静かなお寺だからこそ、猫がのんびり日向ぼっこしている姿に会うこともできました。