安全カウンセリング ———被害者も加害者もケアが必要
「安全・安心の心理学」新曜社
●心のケア
日本でもようやく心のカウンセリングが定着してきた。そして、その実践もいろいろの場所でみることができるようになってきた。臨床心理士の資格制度の発足や、1995年から、最初はいじめ問題への対処のため、以後は心のケア全般にかかわる問題に対処するために、学校現場にスクール・カウンセラーが、非常勤ではあるが、配置されたのが大きい。
学校や地域で何か事件、事故が起こると、「児童生徒、住民の心のケアのためにカウンセラーの派遣を」が今では定番になっているほどである。これらを安全、安心カウンセリングと呼んでおく。
安全、安心カウンセリングには、被害者の心のケアだけでなく、加害者の心のケアもある。交通事故を考えてみればわかるように、被害者も加害者も心に傷を負う。両方に癒しと回復が必要なのだ。
●カウンセリングとは
ところでカウンセリングとは何をするのであろうか。
定義的に言うなら、「カウンセラーとクライエント(相談者)とが、もっぱら言葉を介したコミュニケーションによって、クライアントの心の悩みを聞き、それへの対処を考ることで、心の回復を計る営み」となる。
医者とは違って、クライエントへの物理的な処方はしないし、できない。あくまで、言葉的なコミュニケーションだけでクライエントの心の回復を支援する。
カウンセリングのねらいは、その段階によってことなるが、次の2つになる。
一つは、自分自身で自分の心の傷(悩み)を知ることができるようにすること。身体の病気でもそうだが、なんでそんな状態になってしまったのかがわからない不安を抱えているのは、そのこと自体がさらなる悩みを生み出してしまう。不安の因って来る原因をカウンセラーと共に探る営みがまず必要となる。
2つは、クライエントが自分で自分の心がコントロールできるように支援すること。心のコントロール不全は、とりわけ感情の領域では誰にでも頻繁に起こる。それだけに、その自己コントロールの方策を誰もが体験的に身につけていて危機的な状況にならないようにしている。クライエントは、その自己統制力を一時的に喪失して感情に流されて日常生活に支障をきたしている。これを回復させるのを助けるのである。そのためにのさまざまな心理療法***注1 や方策が考案されている。
●被害者の心のケア
被害者や家族や周辺の心身へのダメージは推測するに余りあるものがある。それだけに、周囲からの安易な同情は慎むべきだが、ほっておいてよいというものでもない。
そんな時が、安全、安心のカウンセラーの出番である。カウンセリングは、基本的に受け身である。クライエントのほうから出向いてこなければ、何もしない。しかし、ひとたび出向いてくれば、積極的に受け入れて、辛抱強く話を聞く。ただ聞くだけではない。傾聴するのである。相手の話を受け入れ、内容の確認をし、さらに心の内を話せるようにする。
これだけのことでも、心のケアになる。たとえ家族であっても、自分の心の内は明かしたくない気持ちがある。しかし一方では、それをじっくりと人に聞いてもらいたい気持ちもある。そんな時の傾聴は、カタルシス効果も期待できるし、さらに、話すことで、自分自身の心の内を自覚できるきっかけにもなる。
立ち直りるためにどんな方策や心理療法が良いかに関しては、クライエントの状態とカウンセラーの考えにまかせることになるが、心理療法については、非指示療法の立場を取るカウンセラーだと、あれこれとクライエントに指示するようなことはしない。それに物足りなさを感ずる人は、指示的カウンセリングの立場のカウンセラーをみつけるとよい。
●加害者の心のケア
ここでの加害者は、加害を認め、それに対する謝罪の心があり激しい罪悪感に悩んで人である。どんな加害者にも、というわけではないことを最初におことわりをしておく。
ちょっとした過失で加害者になってしまった人も、たとえ上述のような人であっても、法律的には業務上過失の罪が問われることがある。被害者に加えてもう一人の犠牲者が出ることになる。被害者の気持ちを考慮すれば当然という考え方もある。最近の日本社会は、ややこの傾向が強くなりすぎているように思う。一種の仇討ち心性である。
しかし、そう簡単にもう一人の犠牲者を出して良いものだろうか。それよりも、もう一度立ち直りのきっかけを与えるほうが、社会的にもメリットがあるという考えもあってよい。そんな時、本人自身の立ち直りを支援するシステムとして、安全、安心カウンセリングを用意しておきたいものである。
ある宅配便会社では、事故を起こしてしまったドライバーがカウンセリングを受けるようなシステムを作っているとのことである。本人を立ち直らせ、次の事故防止に役立っているらしい。(K)
注1 心理療法は、療法家の数だけあると言われるくらいに多い。主なものだけを挙げておく。精神分析療法、行動療法、認知療法、森田療法、来談者中心療法などなど。
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