第2、第3のなかにし礼さんが待望されるな―
●心の教育
大学進学率がほぼ五○%、高校進学率はほぼ一○○%にまで達するほどの高学歴社会になりながら、それに比例するかのように、心の貧しさを露呈するような社会的事件が多発している。知に偏った教育が情の教育をないがしろにしてきたためとの認識からであろうが、「心の教育」が喧伝されている。しかし、安易にすぎるように思われてならない。
「心の教育」をいうなら、もっと、心のあり様への温かいまなざしと慈しみが基本になければならない。その上で、心のあるべき様を考えるようにしないと、また古典的な道徳主義、精神主義の復活という時代錯誤的な試みになりかねない。
ほぼ一世紀の歴史を刻んできた心理学の知見は、現実に対処し、それをただちに動かせるほどの強力なパワーはない。だが少なくとも、心とは何かを考えるための枠組みと基本的な知識(概念)は提供している。「心の教育」は、教育する側も教えられる側も、まず心理学を通して、人の心をよく知ることからはじめなければならない。相変わらずの心理学ブームをそのような動きの反映ととらえておきたい。
世界中がコロナ一色という異例の1年。
個人的にも、3度目の右肩転移癌との闘いという、これまた異例の1年。
日本も私も、なんとか新年を迎えることができそう。
これはこれで、感謝。
来年こそ、日本,いや、世界、いや、皆様、そして自分にとってもいい年でありますように。
っても
◆フレーミング効果(framing effect)
同じ金額でも「2割引」と「1万円の値引き」とでは売れ行きが違ってくる。あるいは、「助かる率」というのと「死亡率」というのとでは、その心理的効果が違ってくる。このように、論理的には同じであっても、表現や状況の違いによってその心理的な解釈の枠(フレーム)が違ってくることによる効果のことをいう。
対人関係の難しさは、もろに感情が入りこんでしまうことです。挨拶一つにしても、それが能面挨拶か笑顔挨拶かで全然、効果が違ってしまいます。
しかし、対人関係には、知的な側面もあります。情報を伝えたり、共有したり、一緒に考えたりも、対人関係のもう一つのしかも大事な側面です。
会議の場で激しい議論をしたとします。当然、反論されれば頭に来ます。相手に攻撃心を抱きます。あとあとまでネガティブ感情にとらわれてしまいます。
それにこだわってしまえば、対人関係はどんどんネガティブなほうへと展開してしまいます。
こんな時でも、できるだけ知的に考えてみる、つまり知性化の習慣をつけるのです。
たとえば、「彼の反論のどこがおかしいのか」「自分の論理に破綻はないか」「あの証拠はどうやって入手したのか」などなどを自分に問いかける習慣をつけるのです。
そして、普段から、こうした知的な対人関係の側面が表面化するように心がけるのです。これによって、感情的な側面に頑健な対人関係が築けるはずです。
自分が招待する会食だって、自分の政治資金から支出できのだろうから、
全員、ただめしが食べられるではないのかなー
ゲスの勘繰りかなー
総理の会食だって、一人なら自腹、会食なら????からでは???
ただ、元総理は、桜接待では、不足分は、ポケットマの支出らしいのはさすが。
日経の新聞小説。
伊集院静著。
夏目漱石の日常を漱石(金之助)を登場させて、
語り、記述している。
あの漱石がねー」という読み方ができるので、とても面白い。
でも、漱石ってだれ?という人には、こりゃ一体なんだーとなるだろうなー。
と、ここで、連想が飛ぶ。
政治家の嘘ももっと工夫しないとねー
楽観「誰でも楽観主義者になれる」
- 楽観主義者ってどんな人
わが母、かなり過酷な家庭環境のなかでの孤軍奮闘でしたが、母の母,つまり祖母の口癖は、「お母さんが楽観的な人だからよかったね」でした。
今となっては記憶が判然としないのですが、母、とりたてて、明るいというわけでもありませんでした。ただ、何かを深刻に悩んでいるような素振りが一切ありませんでした。変な言い方になりますが、「悩めない人」でした。
さて、その楽観主義者(悩めない人)。ひどい事態に直面したときにでも、次のような考え方をする傾向があることが知られています。
- 悪いことが今押し寄せているが、それは、一時的であって永遠に続くわけではないと考える(一時性)
- 悪いことが起こっている原因は、たまたまそこにあった特定の理由によるもので、いつもその原因があるわけではないのでいつかは好転すると考える(一回性)
- なんでも、ポジティブに考えることができる(ポジティブ思考性)
こうしたことが自然にできるかどうか、あるいは、習慣的になっているかどうかが楽観主義者になれるかどうかの決め手になります。
●楽観主義者になるコツ
「つまずいて骨折して入院してしまった」とします。こんな風に考えることができるようになれば、楽観主義者への道を歩めます。(番号は、前述の番号に対応します>)
- 一時性>1週間がまんすればよい。/完治するので心配ない。
- 一回性>事がたてこんでいて注意力が落ちていた。/たまたま、道路にくぼみがあったから。
- ポジティブ思考性>これを機会に英気を養っておこう。/病院のあれこれをこの際、見ておこう
では、「資格試験に不合格だった」として、どのように考えれば、楽観主義者になれるでしょうか。挑戦してみてください。(回答例は末尾につけました。)
- 一時性>
- 一回性>
- ポジティブ認識性>
いかがでしょうか。これなら自分でもできそうとなれば、楽観主義者の入口まで来れたことになります。あとは、こうした考え方を習慣化することです。
- 蛇足ながら
楽観主義。しかし、いいことずくめではないことも知っておいたほうがよいかもしれません。
楽観主義は、事態を冷静かつ論理的に分析するのとは違った、極端に言えば、それとは、正反対の認識をベースにしています。
事が個人の考え方の問題だけですむならそれでもいいのですが、事の解決を求められるようなことになると、自分に都合の良い楽観主義的な認識だけでは、何かと危ないですね。現実との乖離が大きくなってしまうからです。
怪我で入院となれば、現実的に解決しなければならない問題は山ほどあります。楽観主義だけでは、乗りきれません。でも、気持ち、楽観主義なら、解決の仕方にも違いが出てくるところはあるはずです。
*回答 ①次がある。/じっくりやればよい。②山かけがはずれた。/勉強時間が十分とれなかった。③もっと勉強ができるいい機会だ。/楽観しすぎた
気がついたらカレンダーが増えてしまった
2010-12-29 | 心の体験的日記
縦型のカレンダーが届いた
すでに、これでおなじようなものが3個
電気屋さんが、壁掛けようをもってきてくれた
という次第で、これからもどんどんかも
ほしのは、3か月一覧できるもの
コメント、ありがとうございます。
TV映像では、1レースで
スタートが逆時計回り、
ゴールが時計回り、
という映像が多いので、不思議におもってました。
それにしても、なぜなんでしょう??
来年の6日より再開の予定。
今回は、鼻血に悩まされた。
年末年始は、副作用を心配しないでいいので、
QOLもよくなるかも。
せめて、1000歩散歩が毎日できたらいいなー
amazon、アフィリアイト
2010-12-28 | 心の体験的日記
付 トランザクション 金額 残高
4/2/2010 02/2010 紹介料 \264.00 \264.00
5/2/2010 03/2010 紹介料 \18.00 \282.00
6/2/2010 04/2010 紹介料 \333.00 \615.00
7/2/2010 05/2010 紹介料 \189.00 \804.00
8/2/2010 06/2010 紹介料 \24.00 \828.00
9/2/2010 07/2010 紹介料 \70.00 \898.00
10/2/2010 08/2010 紹介料 \42.00 \940.00
11/2/2010 09/2010 紹介料 \1450.00 \2390.00
11/27/2010 ギフト券による支払い -\2390.00 \0.00
12/2/2010 10/2010 紹介料 \120.00 \120.00
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アフィリエイト決算
そうなのです
はじめて使いました
皆様のクリックのおかげです
これからも良書を紹介していきたいと思います
例の山本謙一著「利休にたづねよ」昨晩、読了
いやーすごい本だった
美と権力との闘い
ところで
できたら、こういうのって、
どこかに寄付できたらいいなー
アマゾンさん、ぜひ、そういうシステム、考案してください
ついでに、小額印税寄付システムも
郵便局の普通預金には、利子をボランティア寄付できる
システムがある
小額でも溜まれば、きっと役に立つところがあるはず
税金ばかり頼らずに善意に頼るシステムをもっと充実させてほしい
なんだか変なほうにいってしまった。
すみません
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連想―――頭を元気にするキーワード
「活発な連想こそ、頭の元気の源」
●連想の功罪
何かしようとすると、それを邪魔するかのように、あれこれと思いが浮かんできてしまう。できれば、一つのことに集中したい。これが連想です。
くだらない連想は浮かんできてほしくないのですが、頭の元気という点では、頭がとにもかくにも活動しているわけですから、こうしたしょうもないようにみえる連想でも良しとしなければなりません。どういう良いことがあるかをあげておきます。
- 連想は、見方を豊かにしてくれる
目の前になんの変哲もない花があったとします。花の名前からその種類、その名前の由来、さらには、食べられるかどうかまで、すらすらとさまざまな言葉が出てくるはずです。それこそ豊富な関連知識(語彙)から発する連想のたまものです。
このように、豊富な知識を使って現実世界の認識を豊かなものにするのが連想の大事な役割の一つなのです。
- 連想は、発想を豊かにしてくれる
さらに、連想は、頭の中でのあれこれの思いの展開でも貴重な役割を果たしています。
今ここで、連想についての話を書いています。こうして書き上げられた文章は、いかにも理路整然としていますが、ここに至るまでには、連想につぐ連想の連続です。連想が働かなければ、発想(内容)はひどく陳腐なものにとどまってしまいます。
③連想は、心を解放してくれる
連想には制約がありません。この自由が、普段はあれこれ制約のある心を解き放ってくれます。普通ならとても連想できないことも大丈夫。連想のリラックス効果です。
●頭を元気にする連想のコツ
①頭の中の知識を増やすこと
知識なきところに連想はありません。仕込んだ知識は、連想の種になります。したがって、知識を仕込むことが、豊かな連想を生み出す源になります。
ただ、連想は、頭の中で起こる現象ですが、連想のきっかけは外にもあります。
仲間や先生とのちょっとした一言が連想を触発するかもしれません。あるいは、ちょっとした光景、本屋の店先のポップ広告、ありふれた街角の光景などなど、あなたの外にも、豊富かつ多彩な連想触発物があります。これを活用することも大事です。
②問題意識、情報のアンテナを張り巡らしておくこと
もっともそれらが連想を触発するためには、その素材となる知識がいつでも使えるような状態になっている(活性化した状態になっている)必要があります
問題意識、情報のアンテナを頭の中に抱えていれば、それに関係する知識が絶えず活性化していて、ほんのちょっとしたきっかけで連想が起こることになります。そして、それが新しい発想にもつながります。
③連想を外に出すこと
連想は頭の中で起こります。どんどん自律的に展開されます。
頭の元気づけという点では、それはそれで成り行きに任せておくことも、あってよいのですが、思考の素材として使いたいときには、せっかくの連想内容がどんどん忘れられてしまいます。もったいないですね。そこで、連想したことを書き出しておくのです。
メモでも結構です。できれば、ポストイット(付箋紙)を持ち歩いて、書き留めておくと後々整理が楽です。連想は時と場所を選びませんから。
●心と脳
精神活動の源が脳活動にあることは、ガレノス(131〜201)によって早くから指摘されてはいたが、科学的な探求は1796年のJ・ガルの骨相学に始まる。以来200年にも及ぶ思索と研究にもかかわらず、脳と心の関係は謎だらけである。しかし、近年、脳内活動の非侵襲計測技術の急速な進歩によって、精神活動の脳生理学的な基盤が急速に明らかにされてきている。
それでも、心には心独特の法則に支配される世界があるとする考えは、唯心論者の主張ほどには極端ではないが、心の研究者のみならず広く一般に抱かれている。心理学の研究者は、脳科学の知見に十分に配慮しながらも、心の不思議を独自の科学的な方法論に従って研究し、その存在価値を高めている。
脳還元主義の対極には、なんでも心の問題に還元してしまう心理主義もあるが、これは、1歩間違えると、えせ宗教まがいの神秘主義に陥る危険性をはらんでいるし、さらに、すべてを個人の心の問題としてかたをつけて終わりとする思考停止的傾向をかもしだすこともある。その防波堤となり、人を心への健全な関心へと導くのが心理学の役割である。