第2章 者と物・事とをつなぐインタフェースとしてのデザイン 海保博之
「者」はユーザ・消費者(使い手)、「物」は製品の物理的な特性、「事」は製品にかかわる情報特性である。デザインは、者と物・事を仲介する(インターフェース)機能を果たすものと位置づけたときに、どんなことが問題になるのかを考えてみる。
本稿で想定する物・事は、日常生活の中で使われるさまざまな生活用具・電子機器である。
主要な視点として4つを設定してみた。
・可視性 見た目はどうか
・使用性 使えるか、使いやすいか、気持ちよく使えるか
・安全性 エラー、事故防止への配慮は充分か
・機能性 目的を果たせるか
一つの生活用具・電子機器で、軽重はあっても、この4つの視点は一体で考える必要であるが、話の便宜上、以下、個別に論じていく。
さらに、4つの視点間には、機能性を中心に、3つの視点が、ときには連携し、ときにはトレードオフ(あちらたてればこちらがたたず)関係が想定されることもあらかじめ指摘しておく。
全体を通して、「使い手にとってこうだから、生活用具・電子機器の開発、評価にあたっては、こういうデザインにしてほしい」というスタンスでの言説になる。
つまり、使い手の認知・行動特性を、生活用具・電子機器の開発と評価のためのデザイン技術として活かしてほしいとの思いが込められている
使い手の認知・行動特性として想定するのは、おおむね次のようなものである。
・圧倒的に習慣的な認知・行動が多い
・多彩な認知・行動が発生している
・多彩な人々がそれぞれの思いで生活用具・電子機器とかかわっている
・かかわり方には通時的な変化がある
・世代間遺伝がある
2-1 可視性
●可視性の3つのねらい
生活用具・電子機器の可視性のデザインには、3つのねらいがある。
一つは、ファッション製品などのように、それを持っていることを人に誇ったり、自己満足したりすることをねらうものである(所有の可視性)。感性に訴えたり、さらに大げさに言うなら、それを所有することの意味にまで配慮したデザインをすることになる。
2つは、消火器などのように、それがそこにあることを示すことをねらうものである(存在の可視性)。目を引く(誘目性)、違いがわかる(弁別性)、それがそれであることがわかる(識別性)の3つが大事になる。たくさんある食器の中から自分の食器が選べるのも、存在の可視性のおかげである。
3つは、包丁などのように、どんな機能を果たすか、どのように操作するかをわからせることをねらうものである(機能の可視性)。適切な行為を自然に導くアフォーダンス、できることの制約、目標と操作の自然な対応づけ(ノーマン、1988)が組み込まれることになる。ほとんどの生活用具・電子機器はこれらを備えているが、近年家庭に急速に普及した、電子生活電子機器にはまだうまく組み込めていない。
生活用具・電子機器は、機能の可視性が主である/あるべきだが、豊穣の中では、所有と存在の可視性もときには強く求められるし、それが売れ行きに直結することもある。さらに、後述するように、それが所有者の生活の中で単なる道具を越えて一つの物語性を持つこともある。
●色と形が可視性の中心
いずれのねらいを持った可視性でも、その中心は色と形である。
話はやや脇道にそれるが、色形問題と呼ばれる古典的な実験がある。色でも形でも分類できる課題を子どもに与えて、さて、どちらの属性で分類するかを見るのである。年齢7、8歳あたりを境に、色分類から形分類へと移行する発達的な変化が知られている。(たとえば、相川、1970)
元来は、事物の分類という抽象能力の発達をみるための実験であるが、事物の分類の基本属性として色と形があるらしいことをうかがわせること、さらに、多彩な分類を可能にする形のほうに基本属性をシフトさせることで分類効率を高めようとする適応的な発達が起こっていることが示唆されて興味深い。
ところで、色属性については、その感性的な機能が、とりわけ存在の可視性では重視される。
しかし、色属性は、存在の可視性でも、誘目性、弁別性、識別性の点で極めて効果的なので、これらの目的のためにもよく使われる。消火器が赤色なのは、この3つをねらったものに他ならない。
ただし、所有の可視性の目的だけを考慮した、過度でセンスなき色彩使用は、所有のデザインとしてはネガティブ効果をもたらすことがあるので要注意である。
一方、形属性には、感性的な機能よりも認知・行動的な機能がより期待される。色形問題のように、事物の分類といった機能や、生活用具の操作を見せて適切な操作に誘導する(アフォードする)といった機能(図1-4参照)である。前者は、存在の可視性に、後者は、機能の可視性につながる。
このような観点からあらためて台所の生活用具を観察してみると、見事なまでに、多彩な形が自然に多彩な行為を導くように設計されているのに気づかされる。
添付
図1 形で機能を見せる(形コーディング)例
(人間工学教育研究会編、1983より)
●情報デザインという新たな領域の出現
色と形によるデザインをハード・デザインと呼ぶなら、これに加えて最近は、ソフト・デザイン、あるいは情報デザインと呼ぶにふさわしい領域が出現している。
所有のデザインなら、たとえば、包丁一つにしても、色形に加えて、誰がどこでそれを作り、それを使うことでどんな料理ができるのか、といった情報が生活用具に付加されることで、所有することの満足感が高まり、さらに、生活用具に物語性、すなわち、生活用具に自分なりの意味を付与するのに役立つ。
存在のデザインなら、色形そのものが存在を示す情報デザインとなっているし、さらに、触覚や嗅覚に訴える情報なども付加することで、デザインのねらいをより効果的に実現できる。
機能のデザインなら、普通の生活用具では、あえて情報デザインは必要がない。しかし、電子生活電子機器では、形や色の可視性に頼れる部分が限定されるので、情報のデザインが極めて重要になってきている。これについては、2-4でまとめて考えてみることにしたい。
2-2 使用性
●使えるか
使用性を次の3つの意味合いで使う。
1つは、使いたい人が使えるかどうか(操作性)、2つは、使いやすいかどうか(使い勝手)、3つは、気持ちよく使えるかどうか(使い心地)である。
まず、操作性から。
一般に人と物とのかかわりには、多彩な動作が関与している。たとえば、手の動作だけでも、
「さわる 握る つかむ ひねる 取る つまむ はがす
ちぎる 押す/引く 回す」
いずれも、一定以上の力が必要である。これは、高齢者のとってはかなり深刻な問題となる。
生活用具の使用には、こうした身体的な力のほかに、一定の習熟や器用さが要求されるものがかなりある。それが、使えない/使えるを分けることがある。
生活用具は、子供から老人まで、あるいは、健常者から障害者まで、幅広い層が使う。普通の成人の力や習熟・器用さを想定した設計では、高齢者や子供や障害者では使えないことがある。力や習熟・器用さに関するバリアーフリーが求められが、安全性とのトレードオフもあり、難しいところもある。幼児が簡単にはがせるナイフのパッケージでは事故が起こってしまう。
さらに、近年では、生活用具の電子化が顕著である。それがゆえにまさに、使えないという状況が頻発している。これについては、第4章の「機能性」のところで、包括的に取り上げるが、ここでは、ユーザ側の問題として、電子機器の使用意図の形成にかかわる問題だけを指摘しておく。
一般の生活用具の習慣的な使用の特徴は、「--をしよう」という意図はあるが、「そのためには、あれこれをどの順でやろう」という意識的な手順計画はないのところにある。
「洗髪しよう」(意図)ははっきりと意識するが、では、「容器からどのように液体を取り出して頭につけて洗うか」の計画は、ほとんど行き当たりばったりに、しかも自動的に実行される。それでさしつかえがないように、生活用具がデザインされている。
こうした生活習慣の中に、手順計画の詳細をはっきりと「意識化して」行なわなければならない電子機器が生活用具として入り込んできたのであるから、使えないという苦情が発生するのも当然である。
電子生活機器の使用に当たっては、まずは根本的なところで、生活用具使用にかかわる生活習慣に関する違いを認識してもらう必要がある。その上で、手順計画の意味や大切さをマニュアル(取扱説明書)などで訴えることになる。
なお、関連して、電子機器が使えないのは、課題分割ができないためであるとする鈴木(2000)の所説を紹介しておく。
鈴木によると、ユーザが電子機器を使用できないのは、自分のすべき課題を要素手順に分解できないためであるとする。というより、電子機器が、こうした課題分割を前提にその操作シナリオが作られているのである。そのシナリオに従えない/覚えられないがゆえの操作不能であると言う。
こうしたかなり高度な知的作業を、たかが生活用具の使用にあたり要求することが好ましいことではないことは自明である。かくして、インタフェース問題が浮上してくることになる。これも1-4)でまとめて取り上げてみる。
●使いやすいか
生活用具の使いやすさは、形状の身体的な特性---―物理的特性と生理的特性と運動的特性とからなる---―とのマッチングと、生活用具使用の習熟度とによって決まってくる。
前者はいわゆる人間工学的な研究の対象として、これまでに膨大な研究の蓄積があるので、たとえば、田村(1998)や各種の人間工学のテキストを参照されたい。
後者の生活用具使用の習熟度に関しては、言うまでもなく、習熟度と使いやすさとは比例関係にある。形状が身体的な特性と多少は不適合であっても、習熟はそれをカバーしてしまう。さらには、生活用具そのものの使用さえ意識させなくなってくる(生活用具の透明性の獲得)。
生活用具はほぼ毎日使用するし、使用を支援してくれる人々がいるので、習熟の条件は整っている。それでも、問題は2つある、
一つは、習熟途中での使いにくさである。この克服に時間がかかったり、エラー、事故が起こるようだと、使用中止という事態になる。習熟のための手引(学習支援)に関する情報デザインの提供が必要となる。
もう一つは、同じ目的の生活用具が、新製品になり、これまでとちょっと違う操作を要求するときである。「旧」に習熟しているほど、「新」のほんのわずかな違いが、使いにくさやエラー/事故に直結してしまう。そんなところでは、標準化が求められることになる。
●気持ちよく使えるか
豊穣さは、人を、ただ所定の機能を果たせればよい(機能志向)から、気持ちよく使える(使い心地志向)へと駆り立てる。
使い心地を左右するのは、感性である。
感性とは、生活用具なら、肌触り、色合い、形状といった感覚情報に由来する、楽しい、心地よいといったポジティブ感情である。
それは、生活用具にとっては、付加価値にすぎないが、明らかにマーケティングの主要な取り組み要素の一つとなってきている(たとえば、神宮、2010?)。
しかし、感性の心的メカニズムも不分明だし、何が感性を刺激するのかに関しても、個人差、世代差、時代差もはなはだしいので扱いが難しい。
さらに面倒なのは、出来上がったものに対する感性判断はありえても、あらかじめ感性を刺激するものを想定することが難しいことである。
化粧品販売で行なわれているような、選択枝だけを用意して、感性判断は使い手にまかせるようなシステム(感性のカスタマイズ支援システム)の構築もありうるところかもしれない。
2-3)安全性
●エラーから事故まで
生活用具の使用には、エラーはつきものである。
包丁を使えば、切り方を間違える。茶わんは落としてわってしまう。洗髪しようとしてリンスを使ってしまう。
いずれも自分の意図した通りにならないという点ではエラーではある。そして、エラーをおかしてしまった自分へのもどかしさ、くやしさもあるが、しかし、事故にまでは至らないのが普通である。
一般に、エラーが事故につながるまでには、かなりの距離がある。この距離が近いのが、高齢者や幼児である。認知・運動能力と生活用具とのマッチング不良のための事故や、生活用具の目的外使用による事故が発生するからである。
そこで、ここでは、生活用具をめぐる高齢者・幼児のエラー、事故をもっぱら想定した話になる。それらは、健常な成人でも発生頻度は低くなるが起こる可能性はあるので、話は一般性のあるものとなる。
ところで、人がおかすエラーを分類する枠組にはいろいろあるが、ここでは、計画−実行−評価(PDS;Plan-Do-See)のそれぞれの段階で発生するエラーとして知られている、ミステイク(思い込みエラー)、うっかりミス(スリップ)、確認ミスを使う。
なお、図2に示す、目標の取り違えエラーは、生活用具のように意図と目標とがいつもほぼ一致しているところでは発生しない。これが起こるのは、意図を達成するために、作業者の頭の中に作られる計画に自由度があったり、目標達成までにかなりの時間を要するため外乱によって意図とは違った目標が設定されてしまうときである。
以下それぞれのエラーについて、デザインとの関係を考えていくが、目標の取り違えエラーについては、デザインとの関係が薄いので省く。
添付
図2 PDSサイクルとエラー
●思い込みエラーに対処する
思いこみエラーは、状況の中にある顕著な手がかりによって駆動された既有知識が作る、状況解釈のためのモデル(メンタルモデル)が妥当でないときに発生する。
状況認識力の低下と、豊富な既有知識を有しその運用が固定している人、たとえば、高齢者などにおいて、思い込みエラーは発生しやすい。人違いや、名刺の肩書きにだまされるなどなど。
生活用具は、「いつもと同じ」状況と密接に結びついている。包丁は炊事をする台所に、箸は食卓に置かれている。したがって、状況認識を誤って思いこみエラーをおかす恐れは少ない。
ただ、いつもと違った状況が発生していたり、緊急の対応が求められるようなとき、あるいは、電子機器のようなわけのわからないものが生活の中に入り込んできたときには、妥当でないメンタルモデルが駆動されてしまい、思い込みエラーとなってしまうことがある。
FAXを手紙の自動配送装置と思い込んで、排出された手紙(用紙)を何度も送ってしまったとの嘘のような話も聞いたことがある。
思い込みエラーが決定的な失敗に直結するところでは、次のような方策をとれるようにしておく必要がある。
・状況全体をわかりやすいものにしておく
整理整頓や表示を活用するなど
・判断や動作が自然に中断されるようにしておく
引き出しなどに閉まっておく、人の助けがないと出来ない
ようにしておく
●うっかりミスに対処する
日常生活の中では、生活用具を使った多くの行為は、習慣になっているので、ほとんど無意識的かつ自動的に行なわれる。
すべてがいつもと同じならうっかりミスも起こらないが、状況と生活用具と人(認知・行動)の3項関係には、実はごく普通にギャップが発生していて、それが、うっかりミスを引き起こす。
たとえば、包丁を使っている場面なら、次のようなケースである。いずれも、怪我につながる可能性が高くなる。
・状況と生活用具のギャップの例
手をまな板代わりにして包丁を使う
・状況と人のギャップの例
包丁を使っているとき子供に注意をとられる
・人と生活用具のギャップの例
急いでいたのでいつもより切れる包丁を使った
生活用具の多くは、健常者の成人による使用を想定して作られている。したがって、高齢者や幼児には、ごく普通に使っても状況や生活用具とのギャップが出来てしまう。
幼児なら状況や生活用具からロックアウト(締め出し)してしまえばよいのだが、いつまでもロックアウトばかりでは、生活用具使用に習熟する機会を逸っしてしまうし、生活用具使用にかかわるリスク感覚が育たない。保護者と協同の下で少しずつ機会を与えていく必要がある。
生活しなければならない高齢者では、ロックアウトというわけにはいかない。高齢ゆえの認知・行動の衰えに配慮した状況や生活用具の設計がどうしても必要となる。
配慮の一つは、フールプルーフ(馬鹿なことをしないように/できないように)を組み込むことで、状況認識をより確実なものにすることを助けることである。たとえば、
・順序通りにしないと動かない(インターロック)
例 電子レンジ 洗濯機の脱水や乾燥
・何かをしようと意図を意識したときにしかできないようにする
例 押してからでないと回らないスイッチ
ただ、日常生活の中では利便性とのトレードオフも考えなければいけないので、高い確率で事故が想定されるところでしか使えない。
もう一つ、安全工学上の仕掛けとして、フェールセーフ(失敗しても大丈夫)もある。たとえば、
・ころんでも怪我をしないように、角のある家具には覆いをかけておく
・消し忘れても一定時間たつと自動的に消える
・見落としても音でわかるようにしておく
こうした配慮は、高齢者の特徴である、わかっていてもできない---認知と行為のギャップ---を考えると、必須である。
●確認ミスに対処する
思い込みエラーは、目標自体が誤っているので---誤った目標を達成すべく忠実に行為を実行しているので---、自らでそれが誤りと判断することはほとんど不可能である。周囲からの指摘が必要である。
うっかりミスは、目的ははっきりと意識できているので、一連の行為が終わるまでのどの段階でも、その正しさをチェックできる可能性が高いし、ただちに、やり直し(redo)やご破算で願いましては(undo)を行うこともできる。
さらに、指さし確認などによる確認支援の仕掛けを教えたり、確認表示を状況の中に作り込んでおくこともあってよい。
ただし、火災の消火、危険回避など、状況の進行速度に訂正行為が追いついていけないような事態—―-時間圧が強い事態---―ではミスの確認、対応行為の一瞬の遅れが事故に直結してしまうことがある。とりわけ、時間圧への対応能力が低下している高齢者は、確認はできても対処はできないという事態も発生する。こんな事態が想定されるときは、幼児と同じで、ロックアウトするしかない。
4-4)機能性
●機能性は生活用具のかなめ
生活用具が用具たる所以は、それがなんらかの機能を果たすからに他ならない。
生活用具が開発された初期段階では、機能性は、その目的をどれくらい効率的に果たしたか、つまり用具の性能だけが問題とされる。包丁ならよく切れるかどうか、洗濯機ならよく落ちるかどうかである。しかし、次第に、次のような2つも、機能性として問題となってくるのが常である。
その一つには、1-1)で述べたが、機能が「みえる」かどうかである。時折、存在のデザインや所有のデザインが優勢な生活用具もあるが、多くの生活用具は、その機能がどんなものかは推定ができるようデザインされている(機能のデザイン)。
さらに、一つの生活用具で、どれくらい多彩なことができるかも問われる。リンゴだけではなく、ときには紐も切れるような包丁かどうかである-―--その良し悪しは別として—―-。これは、生活用具の多機能性ということになる。
生活用具の機能性というときは、このように、性能以外にも、機能のデザイン、多機能についても考えてみる必要がある。ここでは、もっぱら、電子レンジなどの電子機器を想定して、機能性のこの側面について考えてみる。
●性能を高める
生活用具の性能は、生活用具そのものと、使い手の力量との積で決まる。切れ味が鈍い包丁でも力を込めれば切れる。しかし、生活用具は、楽ができるように、使い手の力量をできるだけ減らす方向に進化してきた。
電子機器の場合も、基本的には事情は同じである。電子機器そのものの性能の向上が著しく、使い手側の身体的な力量による性能の向上を期待する余地はほとんどなくなった。使い手の力量に関するバリアーフリーが実現したとも言える。ボタン一つ押すだけで膨大な量の洗濯ができてしまう。
この点は好ましい状況なのだが、電子機器の機能がみえない。さらに多機能になったことに伴って、別の形の使い手側の知力が求められるようになってきた。
知力のないユーザが、電子生活機器の性能の向上を享受できないのは困るし、資源の無駄である。そこで、性能向上への努力にも匹敵するくらいの多大な努力が払われてきた領域が、後述するようなインタフェース技術である。
●機能をみせる
かつては想像することさえできなかった機能を持った電子機器が増えてきたこともあって、外形による機能デザインだけでは充分に機能を見せられないという問題が発生してきた。
仮に、外形からそれが何をするものか、推定はできても、どのようにその機能を使うのかは、少なくとも外形からはまったくわからないということがごく普通に発生してきた。
電子レンジの外形には、温めることを推定させる手がかりはまったくない。
ここで、再び、1-1)で述べた情報デザインのもう一つの領域が生まれることになった。つまり、機能を言葉や絵でみせるというやり方である。
その一つは、画面あるいは操作盤のデザインである。コマンド方式からメニュー方式へ、言葉からアイコンへといった進化をとげながら、知力フリーなインタフェース作りの努力がなされてきた。
もう一つは、マニュアル(取扱説明書)である。電子機器の外で、どんな機能があるか、さらにどのように操作するかを説明するための情報を提供しようというものである。
マニュアルは操作を支援する情報の提供が主であったが、生活用具の電子化は、マニュアルに、こうした新たな支援機能を要求するようになってきた。これをマニュアルの理解支援機能と呼んでおく。
ちなみに、マニュアルには、次の5つの支援機能があることを確認しておく。
・操作支援 操作の仕方を教える
・理解支援 どんな機能をどんな時に使うかを教える
・参照支援 どこにどんな情報があるかを教える
・動機づけ支援 マニュアルを読んでみようという気持ちにさせる
・学習記憶支援 操作や機能を覚えてもらう
画面/操作盤デザインもマニュアルも、一定の進化をとげてきたが、メタ・インタフェース問題とも言うべき問題、つまり、理解や操作を支援してくれるインタフェースの言葉や絵そのものが理解できないという新たな問題を発生させてしまった。
これを克服するためのインタフェースの基盤技術として、グラスボックス(透明)化技術が開発されてきた。
これは、機能・仕事そのものが「透けてみえる」ようにするものである。文字通り、料理ができるのをガラス越しに見えるようにするということもあるが、電子機器の場合は、するべき仕事・機能が画面や操作盤で直接見ることができるようにすることである。「温める」のか「沸かす」のかが表示され、そこを押せば目的が果たせるようになっているのが、グラスボックス化技術の卑近な例である。
●多機能でも使える
電子機器には、実にさまざまな機能を組み込むことができる。電子炊飯器でも、時間がないときの高速炊飯、保温、朝起きたてに炊けているように(予約)、などなど。
このような、なんでも実現できる多機能性が、電子機器を使いにくくしているのは周知の通りである。
その最も大きな理由は、前述したように、機能や使い方が外形としてデザインされていない/できないということにある。
言葉とアイコンでは、使い手側の知力への負担が大きくなる。自動車の運転免許取得システムのような負担を、生活用具の使い手側に要求するわけにはいかない。
これを解決するために、ゲーム機のように、徹底した単機能(モジュール)化をはかったり、長い系列的な操作の単純化---ボタン一つをワンタッチで---をはかったりする方向での解決がなされてきている。
おわりにーー「者」に語らせる
たかが生活用具ではあるが、その使用頻度の高さやそれが作り出す日常的な生活環境を考えると、「たかが」と言っていてはいけないところもある。
というわけで、デザイン性、使用性、安全性、機能性の4つのキーワードを設定して、認知工学の視点から、生活用具・電子機器の開発・評価にかかわる話をしてみた。
多彩な人々が多彩な認知・行動を行っている生活場面での生活用具・電子機器の開発・設計では、きちんとした視点を定めて、「者」と生活用具・電子機器とのかかわりをとらえることが必要だと思ったからである。
その上で、図3に示すような認知心理学の諸技法を援用したユーザビリティ・テストまで行ってみれば、さらに貴重な知見が得られる。
この図において、縦軸の「遂行」とは、できるだけ速く間違えないようにという制約で行われるテスト、「過程」とは、自己ペースで所定の課題の解決をするまでの時間過程を見るものである。
横軸の「行為」と「内省」とは、身体的な行為を観察対象にするか、課題を解決しているとき/終わったとき、自分の心の中で起こったことを語ってもらうものである。
添付
図3 ユーザビリティ・テストの類型
それぞれの例を簡単に紹介して、終わりとする。各手法については、海保・加藤(1998)などを参照されたい。
・プロトコル分析 心の中で起こっていることを実時間で語らせる
・生理計測 眼球運動や心拍などの生理指標を計る
・評定法 SD法のように一定の尺度について主観的に判断させる
・力量検査 限られた時間内にどれだけたくさんできるか
●引用/参考文献
相川高雄 1970 「形・色問題に関する実験的研究」教育心理学研究
18(4), 12-30
海保・原田・黒須 1991 「ワードマップ 認知的インタフェース」
新曜社
海保博之・田辺文也 1996 「ワードマップ ヒューマンエラー---
誤りからみる人と社会の深層」 新曜社
海保・加藤編 1998 「認知研究の技法」福村出版
黒須正明・伊東昌子・時津倫子 1999 「ユーザ工学入門」 共立出版
権藤恭之編 2008 高齢者心理学( 朝倉心理学講座)朝倉書店
神宮:::: 2010 @@@@(朝倉実践心理学講座)朝倉書店
人間工学教育会編 1983 人間工学入門 日刊工業新聞社
ノーマン、D.(野島久雄訳) 1988 「誰のためのデザイン?」
新曜社
小原二郎 1982 「人間工学からの発想」講談社
鈴木宏昭 2000 「ひらめくコツ」( 海保編「瞬間情報処理の心理学」
福村出版)
田村博 1998 「ヒューマンインタフェース」 オーム社
注 本章は、一般社団法人「人間生活工学研究センター」発行の
「人間生活工学」での連載に基づいている。