03/3/5海保
入試ミス防止のための包括的な指針
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入試ミスの報道がこの時期毎日のごとく目につく。ヒューマンエラー研究者としては、非常に気になる。そこで、以下、内容的には目新しいことはないが、啓蒙の意味も込めて、考えどころを述べてみる。
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1.提案の枠組み
入試ミスに限らないが、一般には、計画-実行-確認(plan-do-see)の各段階に対応して、それぞれ「思い込みエラーによるミス」「うっかりミス」「確認ミス」の3つがある。
(1)思い込みによるミス(ミステイク)
仕事を計画する段階でのエラーである。こうすればよいと思い込んでしまい、誤った手順を誠実かつ正確に実行してしまう。行為の目標そのものが誤っているので、みずからエラーを検出するのが難しい。
(2)うっかりミス
仕事を実行する段階でのエラーである。注意配分の不適切さのために、意図とは違ったことをしたり(実行エラー)/しなかったり(オミッション・エラー)となる。多くは、その時その場でエラーに気がつく。時間的な余裕がない仕事では、即失敗につながる。
(3)確認ミス
確認段階でのエラー、失敗である。業務が計画-実行-確認の点から手順化がなされていないところでは、ミスの検出が難しい。
こうしたミスを防ぐには、「自己管理」と「外部管理」が必須である。ここでいう自己管理とは、ミス発生のメカニズムへの理解を深めてみずからの努力によってそれを防ぐことである。他方、外部管理とは、人はミスをおかすものとの前提で、組織あるいはシステムとしてミスの防止やミスの拡大を食い止めるようにすることである。
本報告書で提案する包括的な指針は、上記の3つのタイプのミスを、自己管理、外部管理によっていかに防ぐかをめぐってのものである。それはまた、第3章で提案する、入試の一連の過程でのチェックポイント作成のベースにもなるものである。
2.ミス防止のための教官一人ひとりの自己管理力を高める
ミス防止のための教官一人ひとりの自己管理力を高めるための方策としては、次のようなことが効果的である。
○ヒューマンエラーについての研修や啓発を折にふれて行う。
○とりわけ、自他での入試ミスがどのようにして発生したかの情報を共有できるよ うな広報/啓蒙活動を行う。
○入試に関わる「ヒヤリハット体験」事例集などを作成し、情報を共有する。
しかし、大学教官を研修の場に引き出すこと、あるいは啓発することは容易なことではない。このことを認識して上で、さしあたって考えられる方策は、次の3点である。
○インターネットを活用するなどして、入試ミスの事例を収集しておく(資料1)。
○入試関連の会議などの場で、そうした事例を挙げて、入試ミスに注意を喚起する。
○マスコミで入試ミスが取り上げられるたびに、そのコピーや発生原因についての 解説を全員に配布する。
3.ミス防止と事態の拡大を防ぐための外部管理の仕掛けを用意する
外部管理によるミス防止のための体制とシステム作りについて、以下のような包括的な提案をする。提案のベースとして使うのは、ミス防止のための安全工学上の3つの仕掛けの中にある基本的な考えである。
1 フール・プルーフ(fool-proof)
ミスにつながる危ないことは、あえてやりにくいようにすることで、うっかりミスを防ぐ。
2 フェール・セーフ(fail-safe)
一つがだめになっても、それをカバーする仕掛けを作っておく。
3 多層防護(defence in depth)
ミスをしてもその影響が拡大しないようにする。
(1)チェック体制
チェック体制には、「系列的チェック体制」と「並列的チェック体制」とがある。
系列的チェック体制とは、一連の過程の随所で、同じ/異なったチェックを組み込む体制である。また、並列的チェック体制とは、同じチェックを独立に行う体制である。
一般的な指針としては、次のようなことが挙げられる。
○チェック項目を決めておく。
○複数チェックをする場合には、独立に行う。
○観点、人を変えてチェックを行う。
(2)情報管理
入試の情報管理は、「守秘」「迅速かつ正確な処理」「保存管理」の3つがポイントとなる。コンピュータの使用を前提に、それぞれのポイントごとの留意点を挙げておく。
「守秘」
○守秘に十分な配慮をしながら、万全のチェック体制を組む。
○守秘情報の作成・保存は、特定のコンピュータ内およびフロッピー内に限定する。
○すべての情報を知っている人を限定する。
「迅速かつ正確な処理」
○すべてにおいて、時間的なゆとりを確保する。
○新しい処理システムを採用したときには、シミュレーション・データでの確認を する。
「保存管理」
○情報公開請求に耐えられる形でのデータの保存が必要である。
○不要と判断されたデータや書類でも、次の入試までは一括保存しておく必要があ る。
(3)手順化と手順書
ミス防止のためには、入試スケジュールとともに、問題作成から合格発表までするべきことを手順化し、さらにそれをマニュアル(手順書)にしておくことが効果的である。
ただし、組織変更や新しい入試システムへの移行時には、この手順化や手順書が、「旧」が「新」に引き継がれてしまう形のミス-状況が変わったのに古いやり方を踏襲してしまうミス-を招くことがあるので注意が必要である。
「手順化にあたって」
○いつ(when)誰が(who)何を(what)どのように(how)の3W1Hが基本に なる。
○想定されるミスを明示してチェックするシステムを組み込んでおく。
「マニュアルの作成にあたって」
○業務の大枠を書いたマニュアルと、細部の手順を書いたマニュアルとに分けて作 成する。
○大枠手順書については、入試に関与する全員が理解できる形で作成し、試験のた びごとに全員に配布し、全体の流れを全員が共有する。
○細部のマニュアルは、業務ごとに作成するのが原則であるが、自明の業務につい ては省略する。
○手順が複雑もしくは手順が常識とは違う業務については、必ずマニュアルを作成 する。
○ミスの発生が想定されるところでは、その場所にその旨を記しておく。
○細部マニュアルは、関係者にのみ配布する。
(4)人的体制
入試業務の担当者は、負担の公平化やマンネリ化を防ぐためなどの理由から、輪番で決められている。このため、いつも入試の「素人」が業務をしているという状態になりがちである。これは、素人による業務不慣れによるミスを招くことになる。
次のような点に留意する必要がある。
○1年2年ごとの輪番制より、3年か4年ごとの輪番制にする。
○交代人数は1/3程度とすることで、全体が経験者中心で動くようにする。
○業務体制の階層化をはかる(長-入試委員-科目責任者-出題教官)。
○アドホック・チェッカーを業務の種類別に任命し、その人なりのチェックが随時、随所で行えるような権限を持たせる。
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