児童心理 子どもの勉強嫌いを克服する7つのコツ
はじめに:勉強嫌いの心理学
「人間、やりたいことをやるのも大事なことだけど、やりたくないことでも、
やるべきならするようでないと世の中困ってしまうでしょう。」(大村はま)
日常的には「勉強嫌い」は一体であるが、心理学では、「勉強」は認知の領域の話、「嫌い」は感情の領域の話、したがって、“「勉強」「嫌い」”は、認知と感情の2つの領域にまたがる問題ということになる。
そこで、まずは「嫌い」の感情のほうにまつわる心理学の話から。
多彩な感情を分類する基本軸の一つに、「快―不快」がある。これがほぼ「好きー嫌い」に対応し、「接近―回避(逃避)」という行動に連動する。
進化論的に言うなら、生存を脅かす対象は、不快(嫌い)につながっていたはずだが、世の中が複雑かつ豊になってくると、感情のほうも一筋縄ではいかなくなってくる。勉強の質が変わったということもあり、勉強嫌いもいるし、勉強好きもいる。そして、必ずしも勉強が生存に直結しているという認識はそれほど一般的ではなくなっている。
余談になるが、しかし、まだ教育(勉強)が生存に直結しているとあらためて認識させられることもある。ノーベル平和賞を受賞したパキスタンの女子学生マララ・ユスフザイさん(17)のケースである。女子教育の権利を唱えてイスラム過激派に頭を銃撃されながらも一命を取り留めたという壮絶な現実であるが、勉強嫌いの子供には少しは知ってほしい現実である。
それはさておき、勉強という対象との生まれてからのあれこれの付き合い方が嫌いという感情と連合して(学習して)しまったと考えるほうが自然である。そう考えると、学習のし直しをすれば、勉強「嫌い」を直せることになる。
一方の「勉強」の認知心理学のほうの話であるが、その特徴は、世の中で必要とされる(であろう)知識を頭の中に取り込むことと、知識を取り込むための技能(覚え方、集中力のコントロールなど認知的技能やのノートの取り方など)を身に付ける知的な作業である。
知識爆発というほど知識の量も増え、質も高度化したこともあり、それを学び取るのは、結構、面倒で大変な知的作業である。だからこそ、発達の早い段階から少しずつでも勉強に取り組まなければならないのである。
いずれにしても、勉強嫌いは直せる、いや直さねばならない。
さて、以下、「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」(家康)の待ちの観点、そして、「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」(秀吉)の勉強を促す戦略の観点とに分けて、7つのコツに絞って提案してみたい。
第1 鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス(家康)
コツその1「嫌いな気持ちの理由を論理的に打ち砕く」
認知行動療法がはやりである。簡単に言ってしまえば、感情的、行動的なトラブルの理由・原因を言わせて、それが合理的ではないことを納得させて、トラブル状態からの回復をはかろうとするものである。
子どもが理屈をこねるような年齢なら、この考えは応用できるかもしれない。
なぜ、勉強が嫌いなのかを折に触れて問い質し、それに保護者が論理的に、あるいは体験的に反駁するのである。これを繰り返すうちに、子どものほうから「勉強が嫌いはおかしい」と納得して、みずから認知の変更をしてくれることをねらうものである。
・「勉強は、むずかしいから嫌い」と子どもが言うなら、「なんでも最初はむずかしいように見える」
・「嫌いなものは嫌い」に対しては、「では、人参が嫌いなのはどうして? ちゃんと理由があるでしょ! 考えてみようよ」
などなど、冷静に、場合によっては、ゲーム感覚で、こんな知的な会話をしてみるのも時には効果があるかもしれない。もっとも、これができるためには、保護者の知識武装と説得力が必要となるのだが。
コツその2「子どもを勉強嫌いとさせるものを見つけて対処する」
コツ1での勉強嫌いの理由探しは、まったく子どもの個人的な認識の話であるが、ここでは、もっと客観的な保護者目線での理由探しである。理由探しの観点は3つ。
まず、子どもの中に資質として勉強嫌いの原因がないかどうかである。
勉強嫌いに限らず、子どもの資質を冷静につかんでおくことは大事である。ただ、勉強嫌いのようなネガティブな面を資質に由来するものと決めつけてしまうと、えてしてあきらめにつながるので要注意ではあるが。
そうならないためには、ポジティブな資質とセットで考えることである。「勉強は嫌い、でもーーーは得意、好き」というとらえ方である。それによって、子どもとの余裕を持った交流ができるし、もしかすると、絡め手から(好きなことに関連づけて)勉強嫌いから脱却させることのできるヒントが得られるかもしれないからである。
たとえば、得意なことをするまえに嫌いな勉強をさせることを習慣化するやりかた(プレマック原理)とか、好きなことについて調べたりする「勉強」をさせることで、勉強の面白さを体得させることから本来の勉強へのとっかかりの機会にするといったこともありうる。
さらに、子どもの「好き・得意」を承認してやることは、子どもの自尊心を満足させることにもつながる。ありにふれて、子どもの「好き・得意」10個を書き出してみる作業をおすすめしたいところである。
2つは、家庭・家族の中に原因がないかどうかである。
とりわけ、小学生にとって家庭・家族の影響は甚大である。たとえば、兄・姉、さらに親が勉強していなければ、「なんで自分だけ?」となる。家族一丸となって、勉強の雰囲気が必要である。自分だけは勉強嫌いだからやらないと言わしめない雰囲気を醸成する必要がある。
3つは、外の環境に原因がないかどうかである。これについては、いろいろありすぎるが、今何かと問題とされているIT環境だけを次のコツで取り上げてみる。
コツその3「勉強環境をIT環境から切り離す」
奇妙なことに、超情報化社会と言ってもよいほどの社会の中で、子どもの勉強の環境は必ずしも良好とは言えない。勉強よりももっとおもしろいことがITの世界には溢れているからである。
ゲームに熱中する。Lineでの友達とのコミュニケーションに時間を取られる。ある調査によると、女子高校生は1日平均7時間もスマホを使っているとのこと。それはそれで、学べることはたくさんあるとは思うが、勉強の大敵であることは間違いない。まさに、「スマホより机に向かう青春を」(某予備校のキャッチコピー)である。とりわけ子どもでは、認知資源も時間資源も極端に限られているのに、そちらのほうに資源をとられてしまうのは困る。IT断食の時間、場所を限定してでも家庭内で実施することもあってよいと思う。
IT技術を、たとえば、学校などで積極的に勉強に導入することもあってよいし、家庭での勉強を助けるためのスマホの勉強アプリも勉強好きには有効だとは思う。しかし、「遊びもスマホも勉強も一緒」よりは、まずはそれぞれをしっかりと分離した環境を整えるほうが先決であろう。とりわけ、低学年においては、モードチェンジ(「これからは勉強時間です!」)は、別途に述べる勉強の習慣化にも絶対に必要なことだからである。
さらに、大事なことがある。
IT技術は高度化が進み、あまりに巧みな勉強環境が作りこまれてしまい、勉強に付随する自助努力や自分なりの工夫があまり必要とされなくなっている。教材の視覚化、系統化、さらに勉強の持続を支援する仕掛け(後述するモチベーション管理)などなど、どれをとっても高度な「心理学的」技術が組み込まれ、しかも効果的である。悪いことではないのだが、これが過度に提供されると、勉強は見かけは効率的、効果的に進捗するように見えるが、勉強する過程で身に付けるべき自分をコントロールする自律的な力、たとえば、わからなさを解消する工夫、あるいはわからなさに耐えたり、集中力を加減したり、さらにその勉強以外のことと関連づけたりといった力が身につかない恐れがある。
良すぎる勉強環境にも問題ありなのだ。
第2 鳴かぬなら鳴かせてみようホトトギス(秀吉)
コツその4「勉強を習慣にさせる」
いつもの時間にいつものようにいつものことをする。これが習慣である。これがあるからこそ人生もろもろがあたかもロボットのごとく努力感なしにスムーズに遂行できる。
この習慣の力は強力である。勉強も習慣になるようにすればよい。
子どもの小さい頃(幼稚園頃)なら、ほかのもろもろの習慣作りの一つに追加すればよい。机に座って、勉強(の真似事)をすることを習慣にすればよい。ことはそれほど難しくないが、習慣になるまでは大変である。
歯磨きなどの習慣づくりと基本的には同じである。洗面所につれていき(場所)、歯ブラシと歯磨き粉(道具)を用意し、それを使って磨き方(技能)を毎日(時間)食後に教えるのと同じである。
机(場所)にいき、たとえば、本(内容・素材)を読む(技能)ことを毎日(時間)、たとえば、食後にやることになる。
「たとえば」のところは、臨機応援に考えることになる。大事なのは、いつもの時間にいつもの場所で勉強することである。勉強の内容は、当面は、子どもの興味関心を引く内容でさしつかえない。
問題は、勉強の習慣がつかないまま高学年になってしまった勉強嫌いの子どもをどうするかであるが、これについては、次のいくかの、「戦略的な」コツを併用して改善をはかることになる。
コツその5「積み上げ教科の勉強は、無理してでも鳴かせる」
受験地獄なることばは今や死語といってもよいとんでもない?社会になった。
余談になるが、試験勉強なるものを経験しないまま、大学生になれる時代なのである。中学校でも高等学校でもほとんど勉強したことがないような大学生を大量かかえて、大学も苦労している。大学のシラバスに、「中学校程度の英語」と記載して文部科学省から注意を受けた大学もあるほど。
英語や算数は、地道に勉強して基礎からの積み上げが必要なのにそれができていないと、後からでは、どうにもこうにもならない。積み上げが必要な教科の勉強だけには、「鳴かぬなら殺すぞ」(信長)くらいの気迫をもって、子どもに勉強させる必要がある。受験勉強がその役割を果たしたことを、保護者や教師は改めて認識すべきなのだ。
勉強させる教科は、英語と算数だけでもよいといえるかもしれない。知識積み上げ型の教科は、その気になったときからの勉強でなんとか追いつけるし、自助努力で力を伸ばせる。しかし、英語と算数だけは、そうはいかない。
学校で学んだ内容の復習を活用するのがよい。英語や算数の論理を保護者があらかじめ教えるのはきついので、それは教師に任せて、むしろ学校で学んだことの復習をきちんとやるようにするほうが効率もよいし、効果的である。勉強の負担感もない。
コツその6「モチベーション管理は必須」
モチベーション(動機づけ)は、認知領域の目標の達成を促すために、もっぱら感情領域に働きかけて人を動かすことである。認知も感情も、勉強好きの子供なら何も心配はいらない。時折、ご褒美をあげる程度のモチベーション管理で十分であるし、過度の管理は自律心を奪ってしまい、むしろネガティブな効果をもたらすが、勉強嫌いとなると、そうはいかない。モチベーション管理にそれなりの細工、配慮が必要である。モチベーション管理の基本は、次の3局面になる。
① 目標の設定
② 目標に向けての行動の解発
③ 目標への誘導管理(強化)
まずは、目標設定である。
小学校低学年あたりなら夢物語的な目標でもよいが、高学年になるにつれて実現可能のある現実的な目標内容にしなければならない。かといって、まったく夢物語的な目標を排除するわけにもいかない。折に触れて、家族のなかで目標や夢をめぐっての、できるだけポジティブな論議をしてみることが必要である。
その上で、大中小、長中短の目標が整合性を持った形にすることである。「いついつまでに何をどこまで」の工程表が作れるからである。たとえば、小学校5年生くらいの子どもに、中学校受験合格という大きくて長期―――「大」「長」は相対的――の目標を目指させるようなケースである。
しかし、多くの場合、これほど整合性のある目標を提示できることはあまりない。仮に、「宇宙飛行士になりたい」という大きな目標(夢)があっても、それ自体が簡単に放棄されることもあるし、仮に、その目標が確固たるものであっても、それに到達するための下位目標、および工程表はさまざまである。
それでも、モチベーション管理には目標設定と工程表は絶対に必要である。せめて1カ月、あるいは数日程度の場当たり的目標でも、とりわけ勉強嫌いの子どもには必要である。それも口先だけのものではだめで、目に見えるような形で部屋や机上に書いておくようにしないと、ごまかしや意識下に隠れてしまい目標効果が期待できない。
次は、目標に向けての行動の解発である。
やりたくないことは後回しとなるのは当たり前。これを克服するには、「コツその5」で述べた習慣化である。「勉強の時間になったら勉強机の前に座らせる」ことである。そして、まずはできる内容、それも毎日10分程度で終わるようなものから入るように習慣化する。たとえば、計算問題5分や漢字書き取り5分から入るようにする。やる気にならない子どもには、まずは、簡単にできることからさせてみるのが嫌いな勉強への導入に効果的だからである。
モチベーション管理の3つ目は、目標への誘導管理(強化)である。
いわゆる「7つほめて3つ叱る」話である。最初はこれを頻繁に、次第に頻度を減らし、自分で自己強化ができるようにしていくことが最終的なねらいとなる。モティベーション管理の①と②と連動させておこなうことになる。
「コツその7 勉強日記をつけさせる」
勉強嫌いの子どもにさらに日記を書かせるは、勉強嫌いを加速させてしまうかもしれない。そうならないためには、ほんの1行でもたった今勉強したことをメモさせる程度から始めるのがよい。勉強した時間や内容をメモさせて、ときおりチェックを入れたり、ほめたり、次へつながるコメントを入れたりするのもおすすめである。面と向かったやりとりとはまた違った子どもとの知的な交流ができる可能性もある。
おすすめは、手帳の活用である。それも薄くて小さい手帳を机の脇に置いておく。勉強した時間を色で記入し、勉強の内容や進捗具合を空欄に書かせるのである。
勉強履歴を振り返り、勉強の目的を絶えず意識化しながら、自分で自分の勉強をコントロールするコツを会得することにもつながる。
副産物として、文字にすることの効果も馬鹿にならない。文章表現に慣れることができるし、漢字練習にもなる。
終わりに:夢・希望をイメージさせる
強制を嫌う子どもなら「勉強」と聞いた途端、ネガティブな感情を抱く。そんな子どもを想定して、ここまで7つのコツを述べてみた。
しかし、勉強を強制されてするもの、いやいやするものというイメージを持ったままは、決して好ましいことではない。
これを克服するには、勉強と子どもの目標(夢・希望)と結びつけることが大事となる。「宇宙飛行士になりたい」「ノーベル賞をとれる研究者になりたい」「ケーキ屋さんになりたい」などなど、子どもなりの夢・希望を絶えずモニターしながら、それと勉強、あるいは勉強環境を整えてやる努力がほしい。家族団らん、外出、見学、旅行すべてを子どもの夢・希望を引き出す機会としてそれとなく企画・設計するようなこともあってよい。
家族一体となり、目的(夢・希望)の実現に向けての勉強という雰囲気になれば、これまで述べてきたコツなど些細なものかもしれない。
文献
大村 はま , 苅谷 夏子 , 苅谷 剛彦 「教えること - 大村はま流 単元学習」 ちくま新書 2003