02/11/5 @大学 学術講演 02/12/5
学生の知的生活のパワーアップ術 ---認知心理学からの提言---
概要**************************************************************
情報化社会での知的生活をパワーアップするには、頭の中にある内的資源と、頭の外にある外的資源とのバランスのとれた活用が鍵となる。インターネットの活用に見られるように、外的資源の爆発的な増加はこのバランスを著しく破壊し、そのために知的生活の混乱がみられるのが現状である。 本講演では、情報化社会における知的生活の中核になっている情報収集力、情報編集力、情報表現力の3つの力をつけるために、内的、外的な知的資源をどのように活用すればよいかを軸に認知心理学の立場から考えてみる。 *****************************************************************
序 コンピュータが引き起こした知的革命をめぐって
●有史以来、外部の知的資源を爆発的に増加させたことが、3度あった。
1)1度目は、文字の考案。紀元前3千年頃,「楔(くさび)型文字」である。備忘官(王家の家系や業績を記憶する人)が不要になり、情報の固定化、記録ができるようになった。
2)2度目は、活版印刷の発明。15世紀中頃、グーテンベルクの発明した活版印刷である。情報(当時は聖書)の共有範囲が爆発的に拡大した。
3)3度目は、1937年、コンピュータ・ABCマシーンの開発である。それ以来ほぼ半世紀、知的環境を革命的に激変させた。
●コンピュータがもたらした現在の知的環境の3つの変化
1)誰もが情報発信者に 小学生でもインターネット上のHPで不特定多数に発信
2)仮想世界の肥大化
仮想世界の4つの特徴
・現実世界の一部を拡大・強調する--編集機能の高度化 見せたい現実だけを劇的に見せられる
・思惟世界を見えるようにする--情報のビジュアル化 星の動きもシミュレーションできる
・多彩かつ臨場感のある間接経験を提供する--間接経験の豊潤化 けんかも仮想世界で
・時間的・空間的な制約が緩い--制約の緩和化 いつでもどこでも
3)情報の保存、流通の大規模・低コスト化 「ギガ」(10億)単位での情報保存と流通がお茶の間に
●コンピュータの3つの知的支援機能が誰でもいつでも使える環境になった
1)情報収集・蓄積支援 例 ネット検索・256MBのフラッシュ・メモり
2)情報編集支援 例 コピー&ペースト
3)情報表現支援 例 パワーポイント
●こうした知的状況を踏まえて、本講演では、3つのことを基本原則とした、知的生活のパワーアップ術について提言してみる。
基本原則1「頭の内と外の往復を活発に」
内的資源と外的資源、内化と外化のバランスのあるやりとり 実習 円周率の記憶---頭だけを使った記憶術 3.14159265358973238---
基本原則2「心の身体性にも配慮を」 シンボル操作に加えて身体に作り込まれた知も大事 実習 空書--からだ(外化/内化機関)の記憶 ・カタカナの「イ」と「ニ」でできている漢字は? ・「イ」と「ロ」と「ホ」でできている漢字は? 例 宮大工・西岡常一氏の箴言
基本原則3「強靱な心より”しなやかな心”作りを」 心のくせ(法則性)にかなった科学的なパワーアップ術を 洗脳やエセ宗教や精神改造とは一線を画す ・自分で自分を知りコントロールする力(メタ認知力)を ・心についての知識を豊かに ・自分の心を知り、そこからちょっと踏み出す 「現在の自分」と「こうありたい自分」 とが適度に重なるくらいのところで
第1 情報表現力(編集した情報を外に向かって発信する)
情報表現力には、 ・自分の頭の中で、自分の気持ちと思いを表現する力(自己表現力) ・その表現を外に向かってわかりやすく表現する力(外部表現力) の2つがある。両者は一体である。 そのために、情報をいかに収集し、いかに加工するかを考えることになる。 「先に情報表現ありき」である。情報爆発の時代に情報に流されないためには、このことの認識は重要である。
●提言1「感性と信念に磨きをかける」ーーー内部表現力を高める
自己表現が求められる時代になった。ということは、自己作りが大事ということになる。豊潤な自己作りには、感性磨きと信念磨きがポイント。 ○感性を磨く 感性とは、気持ちを知性化したもの(感情を、イメージや言葉でシンボル化すること)。感性は、状況との直感的・即応的なかかわりをガイドする。 感性を磨くには ・あいまいさ耐性をつける ・知的好奇心を旺盛に ・言葉、イメージを豊富に ○信念を磨く 信念とは、状況とかかわるための自分なりに構築した認識のためのモデル。このモデルは、状況の心理的な複雑さを減少させる。 信念を磨くには ・哲学、教養に裏打ちされたものにする 俗流
信念(例「誰からも好かれるべし」など)は人生を暗くするので要注意 ・何にでも自分なりのものを ・異質の信念にふれる
●提言2「わかりやすく表現する」ーー外部表現力を高める
表現の受け手が誰で、どんな目的で、どんな状況なのかをきちんと認識した上で、次のようなことに配慮することによって、わかりやすい表現にする。
○全体概要、意味、目標を先に 実習「目標を言わないと、わけがわらない」
○専門用語の使い方に注意する 実習「専門用語は100の説明を一つの言葉で済ますことができる」 「スクイズ場面」を「スクイズ」という言葉を使わないで説明する
○メリハリをつける ・見た目のまとまりと意味のまとまりを一致させる(区別化) 実習 「kaneokuretanomu」を漢字かな混じり文で書くと ・大事なものに目がいくようにする(階層化) 例 「文字サイズ、項番、書き出しをうまく使う」 ○ビジュアル化する 例「文書にもメリハリが必要」
第2 情報収集力(目的にあった情報を収集する)
情報爆発の今、漫然とした情報収集は情報の海に溺れてしまうだけに終わってしまう。大事なことは、 ・なんのための情報収集かをはっきりさせること ここで、「自己」が問われる ・頭の中にある知識からの情報収集も充分にすること
●提言3「外の情報に負けない」---外部情報の活用のコツ
web情報空間には、膨大な情報が蓄積され、誰もがそれに簡単にアクセスできるようになった。無目的に、この情報空間に入り込むと情報の海の中で埋もれてしまう。目的意識をもった情報空間との付き合いが必須である。 例「”海保”をインターネットで検索すると」
●提言4「頭の中の知識を活性化する」---内部情報の活用のコツ
生まれてからこれまで、膨大な知識を頭の中に貯蔵してきている。この知識にも、情報収集の網をかけてみることが、”自己”表現につながる。そのためには、記憶の底に埋もれてしまっている知識を目覚めさせる(活性化)させることが必要。 ○知識の活性化とは 実習「”どうきょう”を10回繰り返して言う」 「日本で一番人口の多い市はどこ?」 ○知識を活性化するための方策のいくつか ・連想マップを作る 実習「情報から連想することを絵にすると」 ・人と一緒に 例「ブレーンストーミング(brain storming)5つの原則」 「批判厳禁」「質より量」「自由奔放」 「人のアイディアとの結合」「論理性無視」 ・読んだ本、記録したノートのぱらぱらめくり
第3 情報編集力(情報を目的に応じて加工する)
目的に応じて自分なりの情報空間を作りだすのが編集力である。 料理で言うなら、素材(情報)をいかに料理(加工)するかである。素材の選別にも、料理にも、レシピに従いながらも自分なりのものを出せること、これが編集力である。
提言5「具体と抽象の往復をする」
現実(具体)に縛られると大局が見えなくなる。抽象に行き過ぎると、現実が見えなくなる。そこで、具体と抽象の間の往復をすることになる。これは、収束的思考と発散的思考をうながし、情報の編集を豊潤なものにし、さらに、創造的なものにさえする。
例1「コンセプト・ワークとプロトタイプを同時に---物作り」
例2「抽象的な話になるときは、”たとえば(例)”を随所に---説明」 例3「無理なら、適度に抽象的な世界を見せる--視覚表現」
提言6「物語を作る」
人生至るところ物語である。レポート一つにも、自分なりのシナリオ(物語)を作り込むことで、はじめて発信するに値する情報になる。
例1 「起承転結」の作り込み 京の五条の糸屋の娘(起) 姉は十七 妹は十五(承) 諸国諸大名は弓矢で殺す(転)糸屋の娘は目で殺す(結)
例2 夏目漱石の「坊っちゃん」が内館牧子脚色でドラマになると そこには、同じ原作でも、内館氏なりの物語性がある。
おわりに
コンピュータのユビキタス化(ubiquitous;いつでもどこでも)は今後ますます進む。情報も知的活動もどんどん外部へと移転しつつある。だからこそ、自分の知的生活を豊潤なものにするには、自己作りを心がけ、自分の内なる知識を豊かにし、内外のバランスのとれた知的活動をすることが必要となる。 本講演ではそのために有効と思われるいくつかの提言をしてみた。
本講演に関連する海保の参考書 「連想活用術」中公新書 「説得と説明のためのプレゼンテーション」共立出版 「一目でわかる表現の心理技法」共立出版 「くたばれ、マニュアル! 書き手の錯覚、読み手の癇癪」新曜社 「自己表現力をつける」日本経済新聞社 「認知研究の技法」福村出版