「学習力トレーニング」より
7.2 文章表現をする
●言語表現の約束事を学ぶ
言語は、文法、音韻、文字、意味の4つから構成されています。 「言語表現の約束事」という句を例にとれば、8文字からなっていて、「げんごひょうげんのやくそくごと」と発音し、助詞「の」で主語に制約をくわえるという文法に従い、一定の意味を表現しています。 それぞれ、厳しいルールがあります。そのルールを生まれ落ちてからずっと、学習し続けてきています。 4つの要素のうち、音韻と意味と文法については、生まれた瞬間から、周囲の人々との言語的な交流を通して学習がはじまります。 その学習はほとんど無意図的です。子どもは学んでいるという意識がありませんし、周囲の人も教えているという意識はあまりありません。にもかかわらず、小学校に入る頃までには、5千個くらいの語彙を操って、文法に従った発話ができるようになります。 これは驚異的な学習能力です。文法、音韻、意味、いずれも、学習しなければならないルールは膨大ですが、何の苦もなく学んでしまうのですから。第二外国語として、日本語を学ぼうとしている人の苦労を考えてみれば、これがどれほど凄い能力かがわかります。 母語の習得は、社会の基盤ですから、神様がこうした才能を等しく万人に与えてくれたのかもしれません。 もっとも、無意図的な学習ですから、子どもに、日本語文法や発音のルールや意味を講義してもうわけにはいきません。それは、日本語研究者の仕事になります。 このあたりは、面白いですね。できることとわかることとの乖離です。心理学の用語を使うと、できることを支えているのは「手続的知識」、わかるのを支えているのが「宣言的知識」です。
言語表現のうち、がんばって意図的に学習しなければならないのは、文字による文章表現です。文字はその社会で発明された人工物ですので、自然のままの学習におまかせ、というわけにはいかないのです。
ちなみに、文字の発明(シュメール絵文字)は紀元前3200年頃です。4~5万年くらい前にはすでに、言葉を話す人類(クロマニヨン人らしい)が出現しています。人類史の中での音声言語と文字言語の発生順序が、新生児からはじまる個体発達の中でのそれと一致しているのが、おもしろいところです。 文章を作りあげているもの 文章を作りあげているものを小さいほうから言うと、文字、単語、文節、句、文、パラグラフ、テキスト(文書)となります。それぞれ、頭の中で展開された構想の単位と対応して一定のルールのもとで文章を作り出します。ざっと眺めておきます。
1)文字
「音節文字」であるかなと、「表意文字」である漢字とを混在させた表記をします。 漢字の数の多さが表現上の隘路になっているようにみえますが、漢字は意味との対応が強いので、漢字が文章表現の豊かさを作り出しているところがあります。 また、ワープロは、漢字書字の負担を一気に下げてくれました。 ただ、漢字には同音漢字が多いので---たとえば、/コウ//ショウ/は、64字もある---は、同音誤字を誘発してしまいますので困りものです。これは、当然、同音単語の多さをもたらします。「きしゃのきしゃはきしゃにのってきしゃした」となります。
2)単語
文字を連ねて一つの意味(語彙)を表現したものが単語です。 外界の事物と対応する具体名詞、頭の中の概念に対応する抽象名詞など、語彙の種類は多彩です。 意味の核になるもの---名詞、動詞、形容詞の語幹など---は漢字で書くことになりますが、常用漢字1945字が制約としてありますので、何を漢字で書き、何をかなで書くかの正書法は便宜的なものとしてしか存在しません。それぞれの人の「漢字表記感覚」に頼るところもあります。 最近はワープロを高校生でも使うようになってきました。かなを入れて変換キーを押すと、勝手にかな漢字まじり文が出てきてます。「普通なら」、漢字ではかかない単語も、漢字で書かれてしまいます。「普通なら」のところで、あなたなりの漢字感覚が試されます。
学習力トレーニング「あなたの漢字表記感覚を試してみる」***
次のひらがなの文章に対して、
1)対応する漢字があると思われるところに下線を引いてください(漢字存在感覚) 2)しかし、「普通なら」漢字では書かないところにXをしてください(漢字表記感覚) 「よのなかは、きゅうそくにこじんのじだいになってきている。しかも、じこのあるこじんがもとめられるじだいになってきている。どれほどのじこをあなたはもっているであろうか。」
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ちなみに、テキスト全体で漢字が含まれる割合は、30%あたりが標準です。本書が、ほぼ30%くらいになっています。 ちなみに、「学習力トレーニング」のひらがな文章について、1)と2)の漢字含有率を計算してみてください。元もとの文章は、漢字18個、文字数(句読点を含めて)73個で、漢字含有率は23%になります。 最後に、漢字の「意味の透明性」に触れておきます(鈴木孝夫による)。 「認知心理学」と漢字で表記されれば、心理学の知識がまったくない人でも、ある程度までは意味がわかるはずです。このように、漢字には、その表現している意味が透けて見えるところがあります。 これも表現効果としては優利に働きます。
3)文節
文節とは、文を「ーネ」を入れて区切られる単位です。たとえば、 「私はネ、富士山をネ、見るとネ、涙がネ、出るほどにネ、 感動する」 と区切れますから、「私は」「富士山を」---が文節になります。 体言+助詞、用言(動詞、形容詞、形容動詞)、接続詞、副詞が文節になります。表記上では、「漢字+かな」がほとんどです。 意味を作り出すための最小単位(「意味素」)が文節です。 なお、ワープロでは、文の一括変換ができるにもかかわらず、文節単位で変換キーを押す人が多いことが知られています。
4)句
意味のまとまりの最小単位(「命題」)に対応するのが、句です。 「私は」だけでは、まだ意味のまとまりにはなっていません。「私は、感動する」まで表現されてはじめて、意味が確定します。これが句になります。頭の中では、区に対応するのが、命題です。 「私は、富士山を見ると、涙が出るほど感動する」は、次のような命題からなっています。 ・何がどうした;私は、感動する ・どういうときに;富士山を見る ・どのように;涙が出るほど このように文を句に分けて、対応する命題に分解することを「命題分解」と言います。コンピュータによる言語理解には、必須の作業になります。
5)文
句点(。)から句点までが文です。
通常は、複数の命題からなります。ただし、1文に、4つ以上の命題が含まれると、わかりにくくなります。 たとえば、
「すぐに感動してしまうくせのある私は、雪をかぶった富士山を みると、目から涙が出るほど、強く感動するのが常です。」
この文は、8命題が含まれた文です。前出の3命題の文と比較してみてください。
文は、原理的には無限の長さにすることができますが、そんな長たらしい文は誰も読んではくれませんし、理解もできません。
心の実験室「無限の長さの文を作る」**********
次の文の前と後のほうに、例にならって、----の部分にどんどん文節や句を追加してみてください。
1) -----塩のように白い雪をかぶった富士山
2)「感動した」が、すぐにおさまり、顔をふいたのだが、----
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5)パラグラフ(段落)
複数の文からなるまとまりで、段落から段落までです。 個々の文の意味内容の大きなまとまりに対応します。文の数で言うなら、3ー7文くらいです。 パラグラフの最初には、そのパラグラフで言いたいことを書きます。これを「題目文(topic sentence)」と言います。 本書は段落を多くして文字ぎっしり感をなくしていますので、本来のパラグラフが不文明になっています。 たとえば、新聞の社説などは、きっちりとしたパラグラフ構成をしていますので、題目文だけを抽出してならべるだけで、ほぼ完全な内容の要約ができます。試してみてください。
6)テキスト
「起承転結」、つまり、起(話題を起こし)承(それを受けて話題を発展させ)転(話題を転じて)結(まとめる)のあるもっとも大きなまとまりがテキストです。1頁の書類から200頁の本まであります。
次の節では、テキストを想定した効果的表現のいくつかを考えてみます。
*漢字のあるところは、すべて漢字で書いてみると次のようになる。「世の中は、急速に個人の時代に為って来ている。然も、自己の有る個人が求められる時代に為って来ている。どれ程の自己を貴殿は持っているで在ろうか。」