語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【映画談義】『八月の鯨』

2010年07月03日 | □映画
 リンゼイ・アンダーソン監督。出演者は、リリアン・ギッシュ、ベティ・デイヴィス、ヴィンセント・プライス、アン・サザーン、ハリー・ケリー・Jr・・・・という豪華な顔ぶれである。
 ただし、彼らの年齢は、上記の順に90歳、79歳、76歳、78歳、66歳である。
 この老優たちが快演する。老人たちによる、老人たちの、万人のための映画である。

 舞台は米国メイン州の小さな島。ここにあるセーラ(ギッシュ)の別荘で、セーラとリビー(デイヴィス)の姉妹は毎年避暑する。
 8月になると鯨がやってくる。
 少女時代、姉妹は鯨を見るべく大騒ぎしたのだ。今もセーラは胸が騒ぐ。
 だが、失明したリビーは、万事辛辣になって、あまつさえ死をしばしば口にする。
 永年いっしょに暮らしてきたセーラも、もうやっていけない、とさえ思うにいたる。

 それが、別荘を手放すか否かの決断を迫られたとき、セーラの気持ちは一転する。リビーも殻を脱ぎ捨てる。二人の気持ちが融けあう。このへんの呼吸がすばらしい。

 坦々たる日常のうちに小さな事件があり、人と人の間に波立ちがある。そして美しい自然。
 一登場人物は語る。・・・・月光で煌めく海面には、銀貨が散りばめられている。手を伸ばしても届かない宝物だ、と。

□『八月の鯨』(米、1987)
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【大岡昇平ノート】大岡昇平の加賀乙彦・賛

2010年07月03日 | ●大岡昇平
 大岡昇平は、『加賀乙彦短編全集2 最後の旅』月報2に、加賀乙彦の人となりを伝えるとともに、その作品、ことに短編の特徴を記す。
 以下、その要旨。

 加賀乙彦は、長編作家と目されている。デビュー作『フランドルの冬』から『錨のない船』まで、問題を正面に据えて取り組んだ。
 かと思うと、精神科医としての内輪話を軽いタッチで書いた『頭医者事始』を突然もらってびっくりした。学界誌に連載した作品なので、視野から洩れていたのだ。

 加賀は一作ごとに仲間を驚かせる作家である。折りにふれて書く短編もなかなか技巧がこらされている。『最後の旅』に所収の短編『風と死者』なぞ、視点の転換が異様な効果をあげている。
 精神病院が焼けて多数の患者が焼け死ぬ。さまざまな関係者の視点から書かれているのだが、中に焼死した患者の視点がある。「生者は死者を前にして、ずいぶん勝手なことをぬけぬけというものだ、ということがわかる。これは作者の視点からの客観描写以上の、ぞっとするような客観性に達している。単に奇抜な着想といってすむものではない」

 加賀はじつに多様な世界を展開しているが、「極限状況を好んで描くのは精神科医らしい。癌患者や山岳での遭難などが描かれる。そこには医者の冷徹な眼が働いていて、描写を誇張に導くことはない」。

 割り切れすぎていて感動に乏しい、という意見もあるが、加賀がすぐれたストリー・テラーであることは、表題作の短編『最後の旅』を読めばわかるだろう。巧みな構成だ。

 すごい話の語り手である加賀は、いつもにこにこしている。繊細な神経の持ち主であることはその作品を見ればわかるが、人と争わず、文壇とは一歩距離をおいて、仕事を積み上げてきた。

 どういう経路で知り合ったかは失念したが、始終電話で面倒な質問をしている、お世話になっている。
 先年中原中也の千葉寺の中村古峡の病院のカルテが出てきて、表紙に精神分裂病の字が書かれていた。写真が読売新聞全国版に載った。我々はあわてて、加賀に鑑定を頼み、併せて一文を草してくれと依頼した。
 精神分裂病ならこんなに早く治ることはない。表紙の病名は医者が仮に書いたものだろう。中原の病歴と作品を全部調べてからでないと病跡学的には決定的なことは言えない、うんぬん。【注】
 そう簡単に、我々の思うままに書いてはくれない。慎重な人柄なのだ。

 「しかしその円顔と大きな眼には常に笑みをたたえている。人生のすべてを見はるかす視野の広さにおいて、普通の文学者より、ひとまわり大きいのである。海外留学経験があるから、国際色がある。加賀さんが題材を、巧みにさばけるのはあたりまえだと思う。これはもともと加賀さんが大好きな私一人のひいきではないはずだ」

 【注】詳しくは、加賀乙彦『読書ノート』の「中原中也の診断」参照。

【参考】『大岡昇平全集第』第21巻(筑摩書房、1996)
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