丸谷才一による前書きが本書の委細をつくしている。
本好きには特に気に入っている分野がある。そこに目をつけて各界の読書人にいろんな分野の本ベスト・スリーを推薦してもらったのが、本書のもとになった「この3冊」。毎日新聞書評欄「今週の本棚」のコラムである(1995年4月から1998年3月まで)。
井上ひさしの「アメリカ野球小説」、平岩外四の「時代小説」、都留重人の「経済学者の自伝」などが登場した。
その後、追悼文的なものがまじった。矢代静一の「遠藤周作の本」、川本三郎の「藤沢周平の本」、伊東光晴の「脇村義太郎の本」など。
翻訳の名手の名訳をえらぶ企画も出た。安藤元雄の「堀口大學の翻訳」、佐伯彰一の「中野好夫の翻訳」など。異色なのは、柴田元幸の「村上春樹の翻訳」。
ひとくくりにできないテーマもあって、たとえば宮部みゆきの「タイムトリップ小説」がそれ。『蒲生邸事件』に感心した丸谷才一が思いついたものだそうだ。
本書に登場する読書人150人は、各界の錚々たる方々だ。学者、文筆業者はもとより、財界人から野球人まで。
たとえば、スポーツジャーナリスト・新体操インストラクターの山崎浩子が選ぶ「スポーツの本」のベスト・スリーは、①『汚れた金メダル』(松瀬学/文藝春秋)、②『オリンピックヒーローたちの眠れない夜』(佐瀬稔/世界文化社)、③『メンタル・タフネス -勝つためのスポーツ科学』(ジム・レイヤー/TBSブリタニカ)。
オリンピックのメダリストは、一時はもてはやされても、そのうちタダの人になる。しかし、国によっては、メダルを獲得するか否かで、その後の生活が天国と地獄ほどの差が生じる。ために、ドーピングに手を染めることもある。中国競泳陣のドーピング疑惑にとりくんだのが①。ドーピング隠しのあの手この手が明らかにされる。
・・・・といったような内容紹介と、「華やかな舞台の裏を垣間見ることができる」という短評が付く。
あるいは、弁護士にして詩人の中村稔が選ぶ「海外弁護士ミステリー」のベスト・スリーは、①『大はずれ殺人事件』(クレイグ・ライス/ハヤカワ・ミステリ文庫)、②『門番の飼猫』(E・S・ガードナー/ハヤカワ・ミステリ文庫)、③『依頼人(上下)』(J・グリシャム/新潮文庫)。
②のペリー・メースン・シリーズは評者も愛読していたが、中村稔はどう評価しているのか。彼の自伝『私の昭和史』、『私の昭和史 戦後編(上下)』にはミステリー談義は出てこなかったような気がする。だが、「シリーズ中では初期の作品にすぐれたものが多いが、意外性、推理に無理のないこと、テンポの早さで」②が随一のものだと考えている、というから、このシリーズを網羅的かつ丹念に読んでいるのは確かだ。
ちなみに、中村稔はこう書く。「芝居気たっぷりで野心的で、いつも大向こうの喝采をあてにするのは、弁護士の本来の資質であり、ペリー・メースンほど弁護士らしい弁護士はいない」と。
夫子自身、芝居気たっぷり、野心的なのだろうか。だとすると意外な一面を知ったことになる。
『本読みの達人が選んだ「この3冊」』は、寝ころんで読める程度に軽い。手にもって軽いし、気軽にページを開くことができるという点でも軽い。どのコラムも見開き2ページにおさまっているから、任意のページから読みはじめてよい。すべての選者に和田誠のさし絵がついていて、これがまた楽しい。
アクセスしやすさのわりに、なかみは濃い、と思う。選者とテーマのとりあわせが斬新だし、文筆のプロはプロなりの、アマチュアはアマなりの本の読み方、評し方は読みごたえがある。さらには、中村稔のように、選者をより深く知る機会ともなる。
選ばれた本の一部に当時すでに品切れのものがある点にやや難があるが、前書きで「かなりの良書だと思つてゐる」と丸谷才一が自賛するのも、むべなるかな。
※本書のさわりは次をどうぞ。
【読書余滴】本読みの達人が選んだ「この3冊」 ~SF、ミステリー、SFミステリー~
【読書余滴】本読みの達人:テーマは女 ~笑い、ファッション、評伝~
【読書余滴】本読みの達人:テーマは歴史 ~イギリス史、フランス史、ローマ史~
□丸谷才一編『本読みの達人が選んだ「この3冊」』(毎日新聞社、1998)
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本好きには特に気に入っている分野がある。そこに目をつけて各界の読書人にいろんな分野の本ベスト・スリーを推薦してもらったのが、本書のもとになった「この3冊」。毎日新聞書評欄「今週の本棚」のコラムである(1995年4月から1998年3月まで)。
井上ひさしの「アメリカ野球小説」、平岩外四の「時代小説」、都留重人の「経済学者の自伝」などが登場した。
その後、追悼文的なものがまじった。矢代静一の「遠藤周作の本」、川本三郎の「藤沢周平の本」、伊東光晴の「脇村義太郎の本」など。
翻訳の名手の名訳をえらぶ企画も出た。安藤元雄の「堀口大學の翻訳」、佐伯彰一の「中野好夫の翻訳」など。異色なのは、柴田元幸の「村上春樹の翻訳」。
ひとくくりにできないテーマもあって、たとえば宮部みゆきの「タイムトリップ小説」がそれ。『蒲生邸事件』に感心した丸谷才一が思いついたものだそうだ。
本書に登場する読書人150人は、各界の錚々たる方々だ。学者、文筆業者はもとより、財界人から野球人まで。
たとえば、スポーツジャーナリスト・新体操インストラクターの山崎浩子が選ぶ「スポーツの本」のベスト・スリーは、①『汚れた金メダル』(松瀬学/文藝春秋)、②『オリンピックヒーローたちの眠れない夜』(佐瀬稔/世界文化社)、③『メンタル・タフネス -勝つためのスポーツ科学』(ジム・レイヤー/TBSブリタニカ)。
オリンピックのメダリストは、一時はもてはやされても、そのうちタダの人になる。しかし、国によっては、メダルを獲得するか否かで、その後の生活が天国と地獄ほどの差が生じる。ために、ドーピングに手を染めることもある。中国競泳陣のドーピング疑惑にとりくんだのが①。ドーピング隠しのあの手この手が明らかにされる。
・・・・といったような内容紹介と、「華やかな舞台の裏を垣間見ることができる」という短評が付く。
あるいは、弁護士にして詩人の中村稔が選ぶ「海外弁護士ミステリー」のベスト・スリーは、①『大はずれ殺人事件』(クレイグ・ライス/ハヤカワ・ミステリ文庫)、②『門番の飼猫』(E・S・ガードナー/ハヤカワ・ミステリ文庫)、③『依頼人(上下)』(J・グリシャム/新潮文庫)。
②のペリー・メースン・シリーズは評者も愛読していたが、中村稔はどう評価しているのか。彼の自伝『私の昭和史』、『私の昭和史 戦後編(上下)』にはミステリー談義は出てこなかったような気がする。だが、「シリーズ中では初期の作品にすぐれたものが多いが、意外性、推理に無理のないこと、テンポの早さで」②が随一のものだと考えている、というから、このシリーズを網羅的かつ丹念に読んでいるのは確かだ。
ちなみに、中村稔はこう書く。「芝居気たっぷりで野心的で、いつも大向こうの喝采をあてにするのは、弁護士の本来の資質であり、ペリー・メースンほど弁護士らしい弁護士はいない」と。
夫子自身、芝居気たっぷり、野心的なのだろうか。だとすると意外な一面を知ったことになる。
『本読みの達人が選んだ「この3冊」』は、寝ころんで読める程度に軽い。手にもって軽いし、気軽にページを開くことができるという点でも軽い。どのコラムも見開き2ページにおさまっているから、任意のページから読みはじめてよい。すべての選者に和田誠のさし絵がついていて、これがまた楽しい。
アクセスしやすさのわりに、なかみは濃い、と思う。選者とテーマのとりあわせが斬新だし、文筆のプロはプロなりの、アマチュアはアマなりの本の読み方、評し方は読みごたえがある。さらには、中村稔のように、選者をより深く知る機会ともなる。
選ばれた本の一部に当時すでに品切れのものがある点にやや難があるが、前書きで「かなりの良書だと思つてゐる」と丸谷才一が自賛するのも、むべなるかな。
※本書のさわりは次をどうぞ。
【読書余滴】本読みの達人が選んだ「この3冊」 ~SF、ミステリー、SFミステリー~
【読書余滴】本読みの達人:テーマは女 ~笑い、ファッション、評伝~
【読書余滴】本読みの達人:テーマは歴史 ~イギリス史、フランス史、ローマ史~
□丸谷才一編『本読みの達人が選んだ「この3冊」』(毎日新聞社、1998)
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