著者は、埼玉医科大学婦人科の医師である。
よって、本書の眼目の第一は、生殖医療の医学的解説である。
いわく、体外受精や顕微受精と呼ばれる生殖補助医療(ART)は1990年代に治療成績が急速に向上し、治療を受ける者も急増した。2004年には、ARTにより生まれた子どもは全世界で20万人に達っした。ARTには多胎妊娠の危険があったのだが、従前の二胚移植を単胚移植に切り替えることで多胎妊娠を予防できることになった(日本では2008年4月から単胚移植を原則とする)。
科学はどこまでも進歩する。本書は教える。・・・・男性または女性の一方に精子または卵子を得られない場合、第三者配偶子(精子または卵子)を用いた治療が可能になった。ただし、第三者の精子を用いた体外受精は比較的早くから実施されたが、第三者の卵子のそれは遅く、成功したのはようやく1984年のことである。
生殖医療は、子どもの人権、家族のあり方、国・地域社会の宗教や文化に関わる。ことに第三者配偶子を用いた生殖医療を可とするか否か、可とする場合には生まれた子どもに出自を知らせるか否かは、国や地域によって考え方が異なる。この違いを本書は整理している。眼目の第二である。
ちなみに、本書によれば、イタリアやトルコは第三者配偶子を用いた生殖医療を認めていない。日本では明確に禁止されていないが、第三者配偶子によるARTを行っていない。法的な整備が進んでいないからである。
眼目の第三は、生殖医療が普及するための制度的要件である。本書が必要とみる制度的要件は、大きく二つに分かたれる。
その一、医療費の公的負担。
スウェーデンの場合、医療費は基本的には医療保険が負担する。ARTもしかり。ただし、年齢制限がある。女性は38歳未満、男性は55歳未満でなくてはならない。この年齢を超えると、原則すべて私費となる。これは、37歳くらいから治療成績が著しく低下し、42歳以上ではきわめて不良になるという医学的知見にもとづく。
日本では、「特定不妊治療助成事業」がある。国の補助事業で、実施主体は、都道府県・指定都市・中核市。単年度あたり1回15万円、2回まで。通算5年支給される。ただし、所得制限がある。
その二、(片)親の遺伝子を引き継がない子どもに係る法的権利の確保。
スウェーデンでは、第三者に由来する卵子から生まれた子と母の関係を規定した親子法とともに、体外受精法が改正され(2003年1月施行)、第三者に由来する配偶子(卵子および精子)を体外受精に提供することが可能になった。
日本では未整備のままだが、2010年7月10日付け新聞各紙によれば、非嫡子相続格差に係る審査が最高裁の大法廷でおこわれることになった。最高裁の審理結果しだいでは、難航している民法改正が促進され、スウェーデンの制度に一歩近づくかもしれない。
(片)親の遺伝子を引き継がない子どもの存在は、家族のあり方について問いなおしを迫る。
これが眼目の第四であり、本書は一章を割いて、スウェーデンにおける家族のかたちを紹介している。
ところで、戦前の1920年ころから1970年代まで、日本のもっとも多い家族形態は「核家族」だった。ところが、一方では1980年代に入ってから離婚率が上昇した。他方では、1980年代後半から1990年代にかけて、第二次ベビーブームの女性世代(1970年前後生まれ)の未婚率が急上昇し、平均出産年齢も上昇した(都市部では、いまや30歳を超える)。要するに、(1)世代人口の減少、(2)出生率の低下、という2要因が相乗的にはたらいて、最近のいちじるしい出生数の減少をもたらしている。
この結果、いまや「サザエさん一家」のごとき大家族は、ほとんど存在しなくなった。しかも、両親と子どものそろった世帯さえ、4分の1にすぎない。他方、片親と子どもから成る「単親家庭」が増加している。あまり知られていない事実なのだが、21世紀の日本でもっとも標準的な家庭は「単身家庭」なのだ。
・・・・以上のような実態をふまえ、本書は今後どんどん減っていく日本の人口において高齢者や子どもが占める割合を数値で示す。すなわち、2050年には65歳以上の人が4割、15歳未満の子どもは8.6%(実数でいまの半分以下)になるのだ。
では、日本よりいち早く、出生率の低下という事態に直面したスウェーデンの場合はどうなのか。2008年に発表された将来人口予測統計によれば、2050年までに総人口は120万人増加し、1,050万人になるそうだ。どのような出産・子育ての支援策を推進し、どのような社会的枠組みを築いたおかげで、人口増加を予測できるようになったのだろうか。
これが眼目の第五である。
※詳しくは、
スウェーデンの生殖医療
「標準家庭」の幻想
スウェーデンの家族 ~子育て支援、家族の新しいかたち
スウェーデンのID番号、個人情報、移民
□石原理『生殖医療と家族のかたち -先進国スウェーデンの実践-』(平凡社新書、2010)
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よって、本書の眼目の第一は、生殖医療の医学的解説である。
いわく、体外受精や顕微受精と呼ばれる生殖補助医療(ART)は1990年代に治療成績が急速に向上し、治療を受ける者も急増した。2004年には、ARTにより生まれた子どもは全世界で20万人に達っした。ARTには多胎妊娠の危険があったのだが、従前の二胚移植を単胚移植に切り替えることで多胎妊娠を予防できることになった(日本では2008年4月から単胚移植を原則とする)。
科学はどこまでも進歩する。本書は教える。・・・・男性または女性の一方に精子または卵子を得られない場合、第三者配偶子(精子または卵子)を用いた治療が可能になった。ただし、第三者の精子を用いた体外受精は比較的早くから実施されたが、第三者の卵子のそれは遅く、成功したのはようやく1984年のことである。
生殖医療は、子どもの人権、家族のあり方、国・地域社会の宗教や文化に関わる。ことに第三者配偶子を用いた生殖医療を可とするか否か、可とする場合には生まれた子どもに出自を知らせるか否かは、国や地域によって考え方が異なる。この違いを本書は整理している。眼目の第二である。
ちなみに、本書によれば、イタリアやトルコは第三者配偶子を用いた生殖医療を認めていない。日本では明確に禁止されていないが、第三者配偶子によるARTを行っていない。法的な整備が進んでいないからである。
眼目の第三は、生殖医療が普及するための制度的要件である。本書が必要とみる制度的要件は、大きく二つに分かたれる。
その一、医療費の公的負担。
スウェーデンの場合、医療費は基本的には医療保険が負担する。ARTもしかり。ただし、年齢制限がある。女性は38歳未満、男性は55歳未満でなくてはならない。この年齢を超えると、原則すべて私費となる。これは、37歳くらいから治療成績が著しく低下し、42歳以上ではきわめて不良になるという医学的知見にもとづく。
日本では、「特定不妊治療助成事業」がある。国の補助事業で、実施主体は、都道府県・指定都市・中核市。単年度あたり1回15万円、2回まで。通算5年支給される。ただし、所得制限がある。
その二、(片)親の遺伝子を引き継がない子どもに係る法的権利の確保。
スウェーデンでは、第三者に由来する卵子から生まれた子と母の関係を規定した親子法とともに、体外受精法が改正され(2003年1月施行)、第三者に由来する配偶子(卵子および精子)を体外受精に提供することが可能になった。
日本では未整備のままだが、2010年7月10日付け新聞各紙によれば、非嫡子相続格差に係る審査が最高裁の大法廷でおこわれることになった。最高裁の審理結果しだいでは、難航している民法改正が促進され、スウェーデンの制度に一歩近づくかもしれない。
(片)親の遺伝子を引き継がない子どもの存在は、家族のあり方について問いなおしを迫る。
これが眼目の第四であり、本書は一章を割いて、スウェーデンにおける家族のかたちを紹介している。
ところで、戦前の1920年ころから1970年代まで、日本のもっとも多い家族形態は「核家族」だった。ところが、一方では1980年代に入ってから離婚率が上昇した。他方では、1980年代後半から1990年代にかけて、第二次ベビーブームの女性世代(1970年前後生まれ)の未婚率が急上昇し、平均出産年齢も上昇した(都市部では、いまや30歳を超える)。要するに、(1)世代人口の減少、(2)出生率の低下、という2要因が相乗的にはたらいて、最近のいちじるしい出生数の減少をもたらしている。
この結果、いまや「サザエさん一家」のごとき大家族は、ほとんど存在しなくなった。しかも、両親と子どものそろった世帯さえ、4分の1にすぎない。他方、片親と子どもから成る「単親家庭」が増加している。あまり知られていない事実なのだが、21世紀の日本でもっとも標準的な家庭は「単身家庭」なのだ。
・・・・以上のような実態をふまえ、本書は今後どんどん減っていく日本の人口において高齢者や子どもが占める割合を数値で示す。すなわち、2050年には65歳以上の人が4割、15歳未満の子どもは8.6%(実数でいまの半分以下)になるのだ。
では、日本よりいち早く、出生率の低下という事態に直面したスウェーデンの場合はどうなのか。2008年に発表された将来人口予測統計によれば、2050年までに総人口は120万人増加し、1,050万人になるそうだ。どのような出産・子育ての支援策を推進し、どのような社会的枠組みを築いたおかげで、人口増加を予測できるようになったのだろうか。
これが眼目の第五である。
※詳しくは、
スウェーデンの生殖医療
「標準家庭」の幻想
スウェーデンの家族 ~子育て支援、家族の新しいかたち
スウェーデンのID番号、個人情報、移民
□石原理『生殖医療と家族のかたち -先進国スウェーデンの実践-』(平凡社新書、2010)
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