語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】本読みの達人:テーマは歴史 ~イギリス史、フランス史、ローマ史~

2010年07月23日 | 批評・思想
 『本読みの達人が選んだ「この3冊」』で、英文学の小池滋が選ぶ「イギリス史」のベスト・スリーは、①『概説イギリス史 -伝統的理解をこえて』(青山吉信、今井宏・編/有斐閣選書)、②『ピープス氏の秘められた日記』(臼田昭/岩波新書)、③『ミドロジアンの心臓』(ウォルター・スコット/岩波文庫)。
 一般の日本人のイギリスに対してもつイメージは一面的になりがちなのだが、これを排し、複眼的見方を強調するのが①。「ジェントルマンの功罪」という一章が特に設けられている。人を理解してこそ、はじめて国の歴史がわかる。
 イギリス人の一典型が日本人によって見事に描かれたのが②。ちなみに、日本のピープス氏は『元禄御畳奉行の日記 ―尾張藩士の見た浮世』(神坂次郎/中公新書)に描かれた。
 イングランドとスコットランドの違いと断絶を史書以上にわかりやすく教えてくれるのが③。両チームによるラグビーの「国際」試合に驚く人は、スコットの小説で勉強したまい。

 『本読みの達人が選んだ「この3冊」』で、詩人・評論家の与謝野文子が選ぶ「フランス史」のベスト・スリーは、①『ジョゼフ・フーシェ』(シュテファン・ツワイク/岩波文庫)、②『バルザック全集』全26巻(東京創元社)、③『フランス史3 -19世紀なかば~現在』(柴田三千雄・樺山紘一・福井憲彦・編/山川出版社)。
 入れ替わる政権をささえ、どの政権下でも生きのびる警察官僚フーシェの心理を描くのが①。著者は礼讃していない。だが、伝記作家の力は偉大だ。日本の読者をして、縁もゆかりも、親しむべきいわれもない一人のフランス人を妙に記憶にとどめしむ。
 19世紀のすさまじい変化の妙味をあじわうにはバルザック全編を追うにしくはない。王党派的保守的感性のほうが、スタンダールのような進歩的知性より、社会の実相をよく映しだす。階級と風俗、心性、都市と田舎、新民法、土地の細分化などなどが描きつくされる。
 ③のように、最新研究の傾向を反映し、社会・経済・文化現象からとらえた歴史は、年代と人命と勝利の記録にあふれた昔の歴史から遠い。あったままの過去を描くという使命は、仮構としての歴史の壁にたえずぶつかっている。

 『本読みの達人が選んだ「この3冊」』で、歴史学者の弓削達が選ぶ「ローマ史」のベスト・スリーは、①『クォ・ヴァ・デス』(シェンキェーヴィッチ/岩波文庫)、②『ローマ人の国家と国家思想』(マイヤー/岩波書店)、③『ローマの歴史』(モンタネッリ/中公文庫)。
 ローマへの関心を植えつけてくれる小説が①。木村毅訳(世界文学全集25、昭和3年刊)、河野与一訳(岩波文庫)が出ていたが、いま入手しやすいのは木村彰一訳(岩波文庫)だ。
 弓削達がローマ史を専門として勉強する過程で、ローマ理解の骨格をつくってくれたのが②。
 「歴史の研究成果は叙述によって完成する。叙述は完成であり問題提起である。ローマ史のように千年以上もつながる歴史の叙述は至難の業である。それを一冊の本でこなしたもの」が③。「前2000年頃から、ローマ帝国の終りまでの叙述に脱帽する。著者が専門の歴史家ではなかったから出来たのかもしれない」

【参考】丸谷才一編『本読みの達人が選んだ「この3冊」』(毎日新聞社、1998)
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【読書余滴】本読みの達人:テーマは女 ~笑い、ファッション、評伝~

2010年07月23日 | 批評・思想
 『本読みの達人が選んだ「この3冊」』で、ロシア語会議通訳者の米原万里が選ぶ「いまどきの女の笑い」のベスト・スリーは、①『禿頭考』(清水ちなみ/中央公論社)、②『受難』(姫野カオルコ/文藝春秋)、③『謝々! チャイニーズ』(星野博美/情報センター出版局)。
 笑い上戸の人口比率は女のほうが高いはずなのに、笑わせる達人はもう圧倒的に男性優位。それが、ここにきて、笑わせ上手な女が質量とも急増した。
 『おじさん改造講座』主宰者が男と女の身もフタもない本音にせまる①は、「ミーハーを装いながら本格的にポピュラー・サイエンスし、哲学している力作だ」。
 30過ぎのいまも処女にして不感症の主人公の膣に、ある日人面瘡が棲みつき、日夜彼女を「ダメ女」と罵倒しつづけるのが②。「人間関係が希薄なのに性情報ばかりが氾濫する現代における性愛の可能性を、主人公と人面瘡の卑猥にして真剣な対話という卓抜な方法で深めていく。そしておとぎ話風のオチで一気に花開かせる」
 経済開放政策の下、中国は華南を単身旅するカメラ・ウーマンによる③は、「お上を信ぜず自力のみを頼る中国庶民のメチャクチャ型破りな生態と自由な魂を色鮮やかに描きだす」。「こんなに面白い旅行記はひさしぶり」

 『本読みの達人が選んだ「この3冊」』で、ファッション・ライターの川本恵子が選ぶ「女性のファッション」のベスト・スリーは、①『エイジ・オブ・イノセンス』(E・ウォートン/新潮文庫)、②『サマータイムス・ブルー』(S・パレッキー/ハヤカワ・ミステリ文庫)、③『ハリスおばさんパリへ行く』(ガリコ/講談社文庫)。
 「女のお洒落を描くことは、女性史ではなく社会史になりうる」
 1993年に映画化されて蘇った①は、1920年の作。1870年代のニューヨーク社交界が舞台で、厳格なピューリタンが頑なにまもる上流社会のルールが事こまかに記されている。ほんのすこし肌を露わにしたドレス姿だけで自堕落と目される社会だった。
 現代女性ファッションは、階級どころか性別さえ不問。自分の意志があるからこそオシャレという時代だ。職業人としてどう見られるか、がオシャレの基準になってくる。②の女探偵の「靴は“マグリ”」という言葉で、どれだけブランドのファンが増えたことか。
 しかし、ほんとうの女のオシャレは、美しい服を無垢な心で愛ずることかもしれない。③を読んだら、誰もブランド好きの悪口はいえなくなる。1958年当時の“美しいもの”の象徴は、ディオール作の完璧なドレスであった。「こういう夢はとっておきたい」

 『本読みの達人が選んだ「この3冊」』で、JT生命誌研究館副館長の中村桂子が選ぶ「女性科学者の評伝」のベスト・スリーは、①『キュリー夫人』(オルギェルト・ヴォウチェク/恒文社)、②『動く遺伝子』(エブリン・フォックス・ケラー/晶文社)、③『ロザリンド・フランクリンとDNA』(アン・セイヤー/草思社)。
 ついこの間まで、理系の女子学生は珍獣にちかい扱いをうけていた。苦労のなかでたくましく生きた先輩世代のなかから3人を選ぶ。
 キュリー夫人は、科学だけでなく、人間に対しても情熱的だった。夫の学生とのあいだの噂もあったらしい。①は、祖国ポーランドの女性が愛国者としてのキュリーを描く。
 ②のバーバラ・マクリントックは、トウモロコシの遺伝学にとりくみ、30代で“動く遺伝子”という革命的発見をした。男性なら、ただちに有名大学の教授に就くところだが、彼女は職を得るのに苦労した。ノーベル賞受賞は、“動く遺伝子”発見の50年以上後のことである。
 ③のロザリンドは、DNAのX線解析により二重らせん構造の発見に大きく貢献した。ノーベル賞受賞者のワトソンがデータを断りなく使用したうえ、癌で若くして亡くなったため、ノーベル賞は受賞できなかった。悲劇の人だが、研究室の日々は充実していた。

【参考】丸谷才一編『本読みの達人が選んだ「この3冊」』(毎日新聞社、1998)
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