語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】スウェーデンのID番号、個人情報、移民

2010年07月10日 | □スウェーデン
 移民をふくめて、すべてのスウェーデン国民は個人ID番号をもつ。
 番号は、生年月日+ランダムな4桁の数字、計12桁の数字で設定される。この番号は、生涯変わることはない。すべての手続き、登録にこの番号が使われる。

   *

 スウェーデンでは、保険医療部門は地方政府が基本的な運営責任をもつ。他方、外交や年金は中央政府が運営責任をもつ。
 保健医療部門の運営には、全国の詳細なデータを収集する必要がある。責任をもつ機関として、疫学センターEpCがある。EpCは、関連するデータを収集するのみならず、統計を作り、分析して報告し、併せて疫学登録データの研究のための利用を援助し、奨励する。なお、データは、人口動態などの一般的な統計、犯罪統計、教育統計など多数の統計もデータベースとして登録されている。
 すべての統計は、個人IDにより連結することができる。 

 保健医療分野の登録統計には、癌・処方薬・妊娠分娩・病院入退院・死亡などがあり、すべてが国全体の登録である。
 いずれの登録もIDをもつ全国民を対象とし、その情報収集や登録にあたっては、本人の同意は不要である。各個人には、これらの統計から除外を求める権利はなく、逆に正確な情報を提供する義務を負う。
 そして、収集されたデータにより完成された統計は、患者および国民にすべて公開される。

 個人が特定できるデータが公開されることはない。登録された個人データは、文書による要求をおこなえば、本人はその内容を知ることができる。内容に誤りがあれば、訂正を求めることができる。
 収集されたデータは、厳重に秘密が守られる。ただし、三つの例外がある。(1)研究目的にデータを開示すること。(2)統計作成目的にデータを開示すること。(3)個人特定ができないデータを公開すること。
 こうしたしくみが作られたきっかけは、サリドマイド薬害である。この反省から、きわめて厳重な薬剤監視システムが作りあげられた。薬に限らず、すべての保健医療統計を常時モニタリングすることで、なにか不審な変動があれば、ほぼリアルタイムで問題点が把握される。

 こうした正確な統計をふまえて、政策が決定される。
 統計は、公開される。主要な統計は英語版が作成され、インターネット経由で入手できる。

 ウプサラ大学が一般国民を対象とし、2千人規模の標本調査をおこなった。方法は、アンケートである。大部のアンケート冊子だったが、回収率は女性73%、男性56%であった。
 日本で同じアンケート調査をおこなったら、回収率は25%程度だろう、と著者は推定する。
 驚くべき数字ではない、もっと普通のアンケートなら、スウェーデン人の90%くらい回答する、というのが著者の知る研究者の見解であった。
 スウェーデン人は、完璧な市民意識、完璧な市民たらんとする意識がある、というのが著者の結論である。基本的に、政府、公的機関に大きな信頼があるからだ、と。

   *

 スウェーデン人口のなかで移民の占める割合は高い。現在で5%。労働人口に占める外国出身者にしぼると、さらに高くなる。2007年現在、25歳から44歳までの女性のうち外国生まれの女性は19%、男性は15%。45歳から64歳までの場合、女性の17%、男性の15%は外国生まれである。ストックホルム市では、2008年1月1日現在、総人口の21%が外国生まれである。もっとも多い出身地はフィンランドの11.3%。以下、イラク8.8%、イラン5.7%、ポーランド5.3%、トルコ4%、ソマリア3.5%、チリ3.1%、ユーゴスラビア2.6%、ドイツ2.6%、エチオピア2.3%・・・・である。
 最近数十年の中東、東欧など激変する政治的国際情勢を反映している。
 1996年から2005年まで、少ない年で3千人台、多い年では8千人台の難民をスウェーデンは受けいれた。
 移民の受けいれは今後も続く。現在外国生まれの人の比率は12%に近いが、2050年には18%になると予測されている。

 スウェーデンでは、1930年代に出生率が著しく低下した。経済状況の悪化、人口の国外流出がその理由である。
 20世紀をとおして、1人の女性が2人の子どもを産む状況が続いていた。しかし、1990年代に、出生率が急低下した。
 大きく変化したのは、平均初産年齢である。1970年代には24歳だったが、最近まで急上昇し、29歳になった。1968年生まれ以降の女性が、明らかに子どもを持つ年齢を遅らせている。2000年には、分娩する女性の50%が30歳以上になった。
 スウェーデンで2008年に発表された将来人口予測統計によれば、2050年までに総人口は120万人増加し、1,050万人になる。
 合計特殊出生率は、1.77(2005年)から1.85(2050年)に改善する見こみだ。にもかかわらず、移民がなければスウェーデンの人口はどんどん減少していく。

【参考】石原理『生殖医療と家族のかたち -先進国スウェーデンの実践-』(平凡社新書、2010)
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【読書余滴】スウェーデンの生殖医療

2010年07月10日 | □スウェーデン
 スウェーデンで生殖医療により生まれた子どもは、1980年代は微々たるものだった。しかし、1990年ころから著しく増加していき、最近では年間3千人くらいになっている。
 体外受精や顕微受精と呼ばれる生殖補助医療(ART)は、1990年代に治療成績がかくだんに向上した。

 ICMARTというNGOの推計によれば、2004年には全世界で130万回のARTがおこなわれ、この結果20万人の子どもが生まれた。初めて体外受精による子どもが生まれた年の1978年から2004年までに、累計350万人の子どもがさまざまなARTの結果として生まれた。
 ARTの普及のしかたや受け入れられ方は、国・地域によって著しい違いがある。北欧諸国では、ARTにより生まれた子どもの比率が高い。2006年、デンマークでは3.7%(30人に1人)、スウェーデン、ノルウェーでは2.5%、日本では2%(56人に1人)だ。

 ARTが広く用いられるようになった理由はいくつかあり、その一つは治療へのアクセスが容易になってきた、という変化だ。しかし、世界的にみて重要な変化は、女性の初婚年齢および初産年齢の上昇である。スウェーデンの平均初産年齢は、1970年代には24歳だったが、最近は29歳。ストックホルム中心部では36歳という驚くべき数値である。日本でも、都市部ではすでに30歳を超えている。

 スウェーデンでは、教育とともに医療は基本的には無料である。ARTも基本的には医療保険でカバーされる。ただし、年齢制限がある。女性は38歳未満、男性は55歳未満でなくてはならない。この年齢を超えると、原則すべて私費となる。私費診療の場合、邦貨25万円から42万円で、日本とほぼ同じ額である。また、公費によるARTの回数は3回まで、となっている。

 ARTの問題に多胎妊娠がある。
 スウェーデンでは、二胚移植と単胚移植の無作為化比較試験をふまえて、2003年に体外受精法改正時に単胚移植の原則を義務づけた。
 日本でも、2008年4月から単胚移植を原則とした。

 第三者から提供された卵子を用いる体外受精は、1984年に初めておこなわれた。
 1984年、スウェーデンで人工授精法が成立した(翌年施行)。第三者から提供された精子を用いる非配偶者間人工受精(DI)を世界で初めて法的に規制した。最大のポイントは、DIにより生まれた子どもは、18歳に達した時点でその出自を知る権利を認めたことだ。
 1988年、スウェーデンで成立した(翌年施行)体外受精法は、ARTを婚姻中またはサムボの状態にあるカップル内に限定した。
 これらの法律は、第三者に由来する卵子から生まれた子と母の関係を規定した親子法とともに、改定された。改正法は2003年1月に施行され、第三者に由来する配偶子(卵子および精子)を体外受精に提供することがスウェーデンでも可能になった。ただし、卵子および精子の双方を提供者から受けること、また胚提供は認められていない。
 ところで、人工授精法施行後に非配偶者間人工受精(DI)で生まれた子どもが18歳に到達したとき、出自を知る権利を行使した実例はなかった。理由として、二つ推定されるが、まだ結論をくだせる段階ではない。(1)法の趣旨に反してDIで生まれたことを親が隠しとおした。(2)子どもは事実をきちんと知れば生物学的な父親をあえて探すことはない。

 スウェーデンでは、2002年まで提供配偶子を用いた生殖医療は禁止されていたので、治療をもとめるカップルはフィンランドに渡航していた。前述のとおり、2003年の法改正で、これが可能になった。これまた前述のとおり、スウェーデンでは精子提供も卵子提供も非匿名である(子どもが18歳になれば求めに応じて情報が開示される)。
 スウェーデンと同じ規制をおこなうのは、フィンランド、オランダ、英国である。
 第三者配偶子を認めないのは、イタリアとトルコである。
 ちなみに、日本では明確に禁止されていないが、第三者配偶子によるARTは行っていない。法的な整備が進んでいないからである。

【参考】石原理『生殖医療と家族のかたち -先進国スウェーデンの実践-』(平凡社新書、2010)
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