語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『出走』

2010年07月07日 | 小説・戯曲
 ミステリーは、探偵(役)が悪党の鼻をあかし、正義が勝利して終わらなければならない。さもないと、読者、善良なる市民の安寧秩序が乱される。
 ミステリーの探偵(役)の魅力は、悪党が悪辣であるほど、引き立つ。ゲームにおいて、勝利の美酒は、ライバルが強力であるほどうまいものだ。

 フランシスの競馬シリーズは、ミステリーである。よって、最後には探偵役の主人公が勝利する。その作品には、悪辣きわまる悪党が登場する。よって・・・・という論法が成り立つかどうかは別として、とにかくフランシスの長編の主人公は、いずれもたいへん魅力がある。

 ところで、お針子に針供養があり、動物実験を行う科学者にネズミ供養がある。
 ミステリーにも悪党供養があってよい。
 じじつ、ディック・フランシスは悪党供養をおこなった。それが本書である。全13編、殺し屋も顔をだすが、もっぱら金に支配された小悪党を主人公とする列伝である。ここでは、悪は常に最後には滅びるわけでは必ずしも、ない。悪党の影で別の悪党が笑い、そのまた背後で別の悪党が笑う、という構図もある。

 たとえば、「キングダム・ヒル競馬場の略奪」。
 出走馬がゲートに引き入れられた時、支配人のオフィスに電話が入った。スタンドのどこかに爆弾をしかけた、という。喫驚した支配人、すぐさま拡声器で放送すると、大観衆は我を先にと逃げ出した。詐欺師トリックシイ・ウィルコックス、34歳、一匹狼、あまり利口でない男、はほくそ笑み、無人のスタンドを見まわる職員の態をよそおって、金を奪う。だが、紳士然と整えたみなりは画竜点睛を欠き、警官から不審のまなざしを投げかけられた・・・・。

 本書は、構成を決めるエピソードからして遊び心に満ちている。短編の題名が記された低粘着性ラベルをシャンペン・クーラーにいれてかき混ぜ、著者、彼の妻と息子、著作権代理人の4人が拾い出した順に作品を配列することにしたのだ。そして、最後にシャンペンでくじに乾杯。「当然の帰結であるはずだ」
 当然・・・・酒とつまみをかたわらに「13頭立てのレース」(本書の原題)を見物するのが、著者に対する礼儀だろう。

□ディック・フランシス(菊池光訳)『出走』(早川書房、1999)
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