丸谷才一『文章読本』全12章のうち第9章「文体とレトリック」は、例文のほぼすべてを『野火』から採る。逆にみれば、『文章読本』第9章は文体とレトリックの観点から切りこんだ『野火』論である。
その議論の一例を引こう。
レトリックは公的な表現である。「シェークスピアの本当にすぐれたレトリックは作中人物が自分自身を劇的な光で見るという状況において現れる」・・・・このT.S.エリオットの評語は、『野火』にじつにうまく付合する。『野火』はまさしく劇的な状況の連続で出来あがっている。しかも一人称で書かれている。孤独な敗兵は私的に内省するが、キリスト教的神を鋭く意識することで現代知識人の代表となり、きわめて公的な人物となった。公私の緊張した関係のせいで、主人公はレトリカルに表現するしかなくなるのだ。由緒正しい語句の引用は、公的な表現者に要請される義務である。
具体例をあげよう。『野火』には比喩がおびただしく、しかも隠喩より直喩がきわめて多いのだが、直喩と並んで多用される対句の例文を引く。
「私が生まれてから三十年以上、日々の仕事を受け持って来た右手は、皮膚も厚く関節も太いが、甘やかされ、怠けた左手は、長くしなやかで、美しい。左手は私の肉体の中で、私の最も自負してゐる部分である」(29 手)
このくだりを丸谷は次のように解説する。
「この対句は、豪奢で端正な様式美を誇りながらしかも充分に論理的だが、といふのは、単にこの対句の範囲内で話の辻褄が合つてゐるせいだけではない。銃を捨ててさまよふ敗残兵にとつて、使ふべき道具は両手しかない以上、彼が左右の手を仔細に観察し比較することはまことに理にかなつてゐるからである。それは文脈から見て必然的な、それゆゑ高度に合理的なレトリックなのだ」
そして、「これは近代日本文学における最も優れた対句の一つだ」とさえ極言する。
隠喩(メタファー)、直喩(シミリー)・・・・叙述的直喩・強意的直喩、擬人法(プロソポピーア)、迂言法(ペリフランス)、迂言法の一種としての代称(ケニング)、頭韻(アリタイレイション)、畳語法(エピジェークシス)、反復・・・・首句反復(アナフォーラ)・結句反復(エピフォーラ)・前辞反復(アナディプロシス)、同じ構造の節や句をつづけざまに用いるパリソン、同じ長さの節を連続するイソコロン、その「親類筋」にあたる対句、羅列、誇張法(ハイパーボリ)、その反対の緩叙法(マイオウシス)、その「兄弟」曲言法(ライトウティーズ)、自然に見せかける修辞的疑問(レトリカル・クェスチョン)。そして、言いまわしの型にはまだあって、換喩(メトニミー)、撞着語法(オクシモロン)。さらに声喩ないし擬声音あるいは擬態音(オノマトピーア)がある。
これら多彩なレトリックが『野火』全編に駆使されている。
なお、レトリックは、ほかに諺、パロディ、洒落(パン)もあるが、少なくとも丸谷がみるかぎり『野火』には見出されない。
ちなみに、話の運びもレトリックの一部である。
論理的であるためには準備、伏線、眼目、但し書き(譲歩)や念押しといった操作が不可欠である。むろん、『野火』に例文を見出すことができる。
*
『水 土地 空間 -大岡昇平対談集-』所収の『翻訳と文体』は丸谷才一との対談である。
大岡昇平の文体は、『パルムの僧院』を翻訳した(第1部は1947年に訳了)ときできあがった(大岡)。小説よりも詩(ポーやダンテなど)から多く摂取し、これが大岡の小説が19世紀的小説ではない一要素になっている(丸谷)。隠喩より直喩に凝った(大岡)。丸谷は大岡がよく対句を使うというが、あれは聖書からきている(大岡)。ビブリカルなレトリック、対句が大岡昇平の文体が漢文ふうにみえることの一つの理由だ(丸谷)。・・・・といった自己分析や指摘があって興味深いが、ここでは『野火』に話をしぼる。
「夜は暗かった。西空に懸かった細い月は、紐で繋がれたように、太陽の後を追って沈んで行った」(「6 夜」)
これを注して、大岡はいう。「太陽が月とつながって地平線に入っていくのは、あれは熱帯の特色であって、北回帰線の南だから、王道が垂直だから、すっとまるで本当に井戸の中へ入るみたいに、太陽が入ると月も金星でも続いて入っちゃう」「そういう事実問題があるんですよ。だから文体的な工夫だけでもない節もあるんです」
観察と天文学的知識の裏づけがあるのである。言うべきものがあってこそ、レトリックが生きてくるのだ。
【参考】丸谷才一『文章読本』(中央公論社、1977、後に中公文庫)
大岡昇平ほか『水 土地 空間 -大岡昇平対談集-』(河出書房新社、1979)
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【BC書評】
その議論の一例を引こう。
レトリックは公的な表現である。「シェークスピアの本当にすぐれたレトリックは作中人物が自分自身を劇的な光で見るという状況において現れる」・・・・このT.S.エリオットの評語は、『野火』にじつにうまく付合する。『野火』はまさしく劇的な状況の連続で出来あがっている。しかも一人称で書かれている。孤独な敗兵は私的に内省するが、キリスト教的神を鋭く意識することで現代知識人の代表となり、きわめて公的な人物となった。公私の緊張した関係のせいで、主人公はレトリカルに表現するしかなくなるのだ。由緒正しい語句の引用は、公的な表現者に要請される義務である。
具体例をあげよう。『野火』には比喩がおびただしく、しかも隠喩より直喩がきわめて多いのだが、直喩と並んで多用される対句の例文を引く。
「私が生まれてから三十年以上、日々の仕事を受け持って来た右手は、皮膚も厚く関節も太いが、甘やかされ、怠けた左手は、長くしなやかで、美しい。左手は私の肉体の中で、私の最も自負してゐる部分である」(29 手)
このくだりを丸谷は次のように解説する。
「この対句は、豪奢で端正な様式美を誇りながらしかも充分に論理的だが、といふのは、単にこの対句の範囲内で話の辻褄が合つてゐるせいだけではない。銃を捨ててさまよふ敗残兵にとつて、使ふべき道具は両手しかない以上、彼が左右の手を仔細に観察し比較することはまことに理にかなつてゐるからである。それは文脈から見て必然的な、それゆゑ高度に合理的なレトリックなのだ」
そして、「これは近代日本文学における最も優れた対句の一つだ」とさえ極言する。
隠喩(メタファー)、直喩(シミリー)・・・・叙述的直喩・強意的直喩、擬人法(プロソポピーア)、迂言法(ペリフランス)、迂言法の一種としての代称(ケニング)、頭韻(アリタイレイション)、畳語法(エピジェークシス)、反復・・・・首句反復(アナフォーラ)・結句反復(エピフォーラ)・前辞反復(アナディプロシス)、同じ構造の節や句をつづけざまに用いるパリソン、同じ長さの節を連続するイソコロン、その「親類筋」にあたる対句、羅列、誇張法(ハイパーボリ)、その反対の緩叙法(マイオウシス)、その「兄弟」曲言法(ライトウティーズ)、自然に見せかける修辞的疑問(レトリカル・クェスチョン)。そして、言いまわしの型にはまだあって、換喩(メトニミー)、撞着語法(オクシモロン)。さらに声喩ないし擬声音あるいは擬態音(オノマトピーア)がある。
これら多彩なレトリックが『野火』全編に駆使されている。
なお、レトリックは、ほかに諺、パロディ、洒落(パン)もあるが、少なくとも丸谷がみるかぎり『野火』には見出されない。
ちなみに、話の運びもレトリックの一部である。
論理的であるためには準備、伏線、眼目、但し書き(譲歩)や念押しといった操作が不可欠である。むろん、『野火』に例文を見出すことができる。
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『水 土地 空間 -大岡昇平対談集-』所収の『翻訳と文体』は丸谷才一との対談である。
大岡昇平の文体は、『パルムの僧院』を翻訳した(第1部は1947年に訳了)ときできあがった(大岡)。小説よりも詩(ポーやダンテなど)から多く摂取し、これが大岡の小説が19世紀的小説ではない一要素になっている(丸谷)。隠喩より直喩に凝った(大岡)。丸谷は大岡がよく対句を使うというが、あれは聖書からきている(大岡)。ビブリカルなレトリック、対句が大岡昇平の文体が漢文ふうにみえることの一つの理由だ(丸谷)。・・・・といった自己分析や指摘があって興味深いが、ここでは『野火』に話をしぼる。
「夜は暗かった。西空に懸かった細い月は、紐で繋がれたように、太陽の後を追って沈んで行った」(「6 夜」)
これを注して、大岡はいう。「太陽が月とつながって地平線に入っていくのは、あれは熱帯の特色であって、北回帰線の南だから、王道が垂直だから、すっとまるで本当に井戸の中へ入るみたいに、太陽が入ると月も金星でも続いて入っちゃう」「そういう事実問題があるんですよ。だから文体的な工夫だけでもない節もあるんです」
観察と天文学的知識の裏づけがあるのである。言うべきものがあってこそ、レトリックが生きてくるのだ。
【参考】丸谷才一『文章読本』(中央公論社、1977、後に中公文庫)
大岡昇平ほか『水 土地 空間 -大岡昇平対談集-』(河出書房新社、1979)
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【BC書評】