(1)尖閣列島沖衝突事件
逮捕された中国人船長が釈放され、検察も政府も奇妙な説明を行った。
検察の仕事は、外交的配慮ではなく、証拠に基づき法に照らした判断だ。
政府首脳の仕事は、国の基本にかかわる重大案件に対して自らの判断を明確に表明し、国民の理解を求めることだ。
今回の措置は、1970年のよど号事件以来の超法規的措置である。ただし、このときは政府が決定した。今回は、責任の所在を明確にしていない。
恫喝に屈して超法規的措置をとること自体、重大問題だ。これに加えて政府が責任をとらないのは、前代未聞だ。
日本が中国の需要に依存する外需依存経済体質を続けていけば、恫喝に屈しやすくなり、外交上の立場がますます弱まる懸念がある。
(2)政治と経済
国際間の経済取引は、双方にとって利益となる。
したがって、政治的理由だけのために、それを一方的に断絶すれば、双方にとって損失となる。
しかし、政治的問題解決の手段として経済取引が用いられることもある。
このたび中国は、希土類の輸出停止など、経済制裁とも解釈できる措置をとった。
こうした措置が効果をもつかどうかは、代替手段の有無によって大きく異なる。石油ショックのとき、先進国の代替エネルギー源はごく限られていた。だから、中東原油に対する依存度の高かった日本は、なりふり構わず親アラブ外交を展開せざるをえなかった。
通常の輸出入関係では、断絶がこれほどの効果をもつことはない。また、売り手と買い手のいずれかが弱くて他方が強いというわけでもない。しかし、取引の形態によって、程度の差がある。また、国全体が大きな影響を受けなくても、個別企業では死活問題になることがある。
(3)対外経済構造に係る経済危機前と経済危機後
危惧されるのは、日本の対外経済構造がここ数年で大きく変わりつつあることだ。経済危機前の「外需依存」と経済危機後のそれとでは、かなり性格が異なる。
経済危機前の外需は、アメリカに対する自動車の輸出と中国に対する中間財の輸出を中心としたものだった。
経済危機後の輸出先は中国などの新興国に偏っている。しかも、日本のメーカーは新興国輸出における消費財の比重を高めようとしている。
それは、日本経済が中国市場に大きく依存する体質になることだ。これは、日本と中国の政治的関係に影響を与えざるをえない。
(4)最終消費財輸出の経済的問題点
(ア)中国の輸出産業に対して中間財を売ることと、(イ)中国の消費者に対して最終消費財を売ることとでは、代替手段の有無の点で大差がある。
(ア)の場合には、中国側にあまり代替手段がない。日本からの中間財の輸出が途絶すれば、中国の輸出産業は立ちゆかなくなる。
(イ)の場合には、中国にとっての代替手段はいくらでもある。
グーグルが中国政府との対決の際に強腰で臨めたのは、ほかにはない技術的優位性をもっていたからだ。アメリカ経済の対外的な強さは、軍事力だけを背景としたものではない。新興国が自前では供給できない先進的サービスを提供できることこそ真の強さだ。
新興国の最終消費財を対象とする外需依存経済は、純粋に経済的に考えても問題が多い。
廉価品が中心となるため、輸出産業の利益率が大きく下がってしまう。日本国内の賃金に対しては、引き下げ圧力が働く。
(5)最終消費財輸出の政治的問題点
今回の事件は、(4)-(イ)の外需依存が、政治的にも大きな問題をもつことを示した。
中国は一党独裁国家である。市場経済とは本質的に矛盾する政治制度をもった国だ。何が起こるか、予測できない。
政治問題を理由に日本製品に対する排斥運動が起こることは、決してありえないことではない。
あるいは、親中国企業とそうでない企業の色分けがされ、許認可や行政手続きで差がつけられることはないか。広告が反中国的として規制されることはないか。
こうした問題が現実に生じたとき、日本企業や日本政府はどのように対応するのか。
中国国内のビジネスの継続が何にも優先する絶対の条件となり、原則を無視した譲歩が行われることが危惧される。
(6)日本の戦略を検討する機会
中国の成長が続き、世界経済での比重が日増しに増大していく。中国との経済関係は増大せざるをえない。
問題は、その内容をどうするか、なのだ。
「中国市場に依存する外需依存経済を続ければ、輸出産業が中国の人質になる。日本経済にとっての生命線は中国に握られ、国交断絶をちらつかされるだけで息の根をとめられる。これは、これまでの外需依存経済になかったことだ/中国との経済関係は、政治的な含意を考慮に入れつつ、長期的な見とおしに立って構築する必要がある」
【参考】野口悠紀雄「中国依存の経済は深刻な危険を孕む ~「超」整理日記No.532~」(「週刊ダイヤモンド」2010年10月16日号所収)
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【BC書評】
逮捕された中国人船長が釈放され、検察も政府も奇妙な説明を行った。
検察の仕事は、外交的配慮ではなく、証拠に基づき法に照らした判断だ。
政府首脳の仕事は、国の基本にかかわる重大案件に対して自らの判断を明確に表明し、国民の理解を求めることだ。
今回の措置は、1970年のよど号事件以来の超法規的措置である。ただし、このときは政府が決定した。今回は、責任の所在を明確にしていない。
恫喝に屈して超法規的措置をとること自体、重大問題だ。これに加えて政府が責任をとらないのは、前代未聞だ。
日本が中国の需要に依存する外需依存経済体質を続けていけば、恫喝に屈しやすくなり、外交上の立場がますます弱まる懸念がある。
(2)政治と経済
国際間の経済取引は、双方にとって利益となる。
したがって、政治的理由だけのために、それを一方的に断絶すれば、双方にとって損失となる。
しかし、政治的問題解決の手段として経済取引が用いられることもある。
このたび中国は、希土類の輸出停止など、経済制裁とも解釈できる措置をとった。
こうした措置が効果をもつかどうかは、代替手段の有無によって大きく異なる。石油ショックのとき、先進国の代替エネルギー源はごく限られていた。だから、中東原油に対する依存度の高かった日本は、なりふり構わず親アラブ外交を展開せざるをえなかった。
通常の輸出入関係では、断絶がこれほどの効果をもつことはない。また、売り手と買い手のいずれかが弱くて他方が強いというわけでもない。しかし、取引の形態によって、程度の差がある。また、国全体が大きな影響を受けなくても、個別企業では死活問題になることがある。
(3)対外経済構造に係る経済危機前と経済危機後
危惧されるのは、日本の対外経済構造がここ数年で大きく変わりつつあることだ。経済危機前の「外需依存」と経済危機後のそれとでは、かなり性格が異なる。
経済危機前の外需は、アメリカに対する自動車の輸出と中国に対する中間財の輸出を中心としたものだった。
経済危機後の輸出先は中国などの新興国に偏っている。しかも、日本のメーカーは新興国輸出における消費財の比重を高めようとしている。
それは、日本経済が中国市場に大きく依存する体質になることだ。これは、日本と中国の政治的関係に影響を与えざるをえない。
(4)最終消費財輸出の経済的問題点
(ア)中国の輸出産業に対して中間財を売ることと、(イ)中国の消費者に対して最終消費財を売ることとでは、代替手段の有無の点で大差がある。
(ア)の場合には、中国側にあまり代替手段がない。日本からの中間財の輸出が途絶すれば、中国の輸出産業は立ちゆかなくなる。
(イ)の場合には、中国にとっての代替手段はいくらでもある。
グーグルが中国政府との対決の際に強腰で臨めたのは、ほかにはない技術的優位性をもっていたからだ。アメリカ経済の対外的な強さは、軍事力だけを背景としたものではない。新興国が自前では供給できない先進的サービスを提供できることこそ真の強さだ。
新興国の最終消費財を対象とする外需依存経済は、純粋に経済的に考えても問題が多い。
廉価品が中心となるため、輸出産業の利益率が大きく下がってしまう。日本国内の賃金に対しては、引き下げ圧力が働く。
(5)最終消費財輸出の政治的問題点
今回の事件は、(4)-(イ)の外需依存が、政治的にも大きな問題をもつことを示した。
中国は一党独裁国家である。市場経済とは本質的に矛盾する政治制度をもった国だ。何が起こるか、予測できない。
政治問題を理由に日本製品に対する排斥運動が起こることは、決してありえないことではない。
あるいは、親中国企業とそうでない企業の色分けがされ、許認可や行政手続きで差がつけられることはないか。広告が反中国的として規制されることはないか。
こうした問題が現実に生じたとき、日本企業や日本政府はどのように対応するのか。
中国国内のビジネスの継続が何にも優先する絶対の条件となり、原則を無視した譲歩が行われることが危惧される。
(6)日本の戦略を検討する機会
中国の成長が続き、世界経済での比重が日増しに増大していく。中国との経済関係は増大せざるをえない。
問題は、その内容をどうするか、なのだ。
「中国市場に依存する外需依存経済を続ければ、輸出産業が中国の人質になる。日本経済にとっての生命線は中国に握られ、国交断絶をちらつかされるだけで息の根をとめられる。これは、これまでの外需依存経済になかったことだ/中国との経済関係は、政治的な含意を考慮に入れつつ、長期的な見とおしに立って構築する必要がある」
【参考】野口悠紀雄「中国依存の経済は深刻な危険を孕む ~「超」整理日記No.532~」(「週刊ダイヤモンド」2010年10月16日号所収)
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