語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】野口悠紀雄の、「『自然との共生』賛美」批判 ~自然・考~

2010年10月29日 | ●野口悠紀雄
(1)「自然との共生」などありえない
 1950年代までの日本は、東京のような大都市においてさえ、自然が身近にあった。「ハエたたき」や「ハエ取り紙」は必需品であり、寝る時には蚊帳を吊った。
 当時、小学生が寄生虫を体内に飼っているのは普通で、小学校では定期的に検便が実施され、虫下しを飲まされた。生物学的に「寄生」は「共生」の一形態である。「自然との共生」を是とする限り、寄生虫との共生関係を拒否することは絶対にできない。
 高度成長のなかで、こうした自然との「共生」関係を克服し、自然を屈服させた。ハエやカに囲まれる自然環境より、現在の人工的環境のほうが快適だ。我々は自然と共生しているのではなく、自然を制御し、克服することによって文明生活を享受しているのだ。多くの日本人は、この状態からもはや後戻りできない。
 「共生」を「共存」と言い換えるなら、人間は勝手でわがままな基準を設け、共存の対象を選別しているのだ。多くの人が望むのは、無差別共存ではなく、ましてや(意味不明な)「共生」ではなく、自然の「制御」なのだ。

(2)「自然との共生」の何たる無責任さ
 人間が勝手に制御している「自然」は、動物や植物だけではない。河川もそうだ。日本の河川の大半は、自然改造事業によって、人間の生命と財産を守っている。
 最貧国の悲劇は、凶暴な自然と共存しなければならないことによって生じている。バングラディシュの国土の大半は低地であるため、慢性的に洪水被害が発生する。それによる死者は、無視できない数だ。死者の大部分は、水中でコブラに噛まれることによって生じる。
 残酷な被害をもたらすのが自然環境である。「自然との共生」とは、かかる事態を甘受せよ、という結論につながることを認識しなければならない。
 しかも、自然の力はあまりにも強大であるため、人間がいかに努力したところで、制御できるのはごく一部分にすぎない。自然の暴力と戦わざるをえない被災地の人々は、「自然との共生」という無責任きわまりないスローガンを聞いて、どう思うだろうか?

(3)かくも凶暴な自然環境の制御に必要な人間の叡智
 日本における環境破壊は、すでに深刻なレベルに達しているが、我々の決心次第では、その復元は今からでも遅くはないはずだ。
 自然の制御は、細心の注意を要する。生態系を破壊すれば、思いもかけぬしっぺ返しに遭う。
 いかに自然を取り戻したところで、元のままの生態系を破壊していることには変わりはないから、「自然の制御」をどこまで推進できるかはわからない。野生動物と共存したくらいでは、解決できない問題かもしれない。
 しかし、人間は文明的生活にコミットしてしまった以上、原始的な自然の生態系をそのままの形で維持するのは不可能である。我々は、できるところまで進む以外に方法はない。そのために必要なのは、人間の叡智である。

   *

 以上は、『日本経済は本当に復活したのか』第4章(企業の社会的責任論を排す)の5(共生賛美論を全否定する)による。
 本書は、「「超」整理日記」のまとめ(11回目)である。10回目以前にくらべると経済以外のテーマは減っている。経済以外の「テーマを取り上げる余裕がなくなった」(あとがき)からである。
 しかし、いくらかは経済以外のテーマも含まれていて、前述の「共生」賛美批判もその一つだ。

 野口悠紀雄の批判によって、「自然との共生」賛美は完膚なきまで粉砕された・・・・かのように見える。
 ちと割りきりすぎ、という気がしないでもない。
 「共生」賛美者といえども、2010年の台風13号が奄美大島にもたらした災禍を賛美してはいない、と思う。ましてや、サナダ虫を体内に飼うつもりはないだろう。
 「人間」賛美者といえども、検事という身分でありながら証拠を改竄する人間を賛美することはないだろうし、耳かき店の21歳女性店員とその祖母を殺害する人間を賛美することがないように。
 「自然との共生」を説く人の「自然」は、人間がその価値観によって(勝手に)選び取った自然(の一部)ではあるまいか。
 たとえば、志賀直哉『暗夜行路』の末尾、大山の中腹で主人公が目にする来迎。
 あるいは、ソローのウォールデン。
 もしくは、「工芸村オークヴィレッジ」村民にとっての飛騨高山の木。
 アニマル・セラピーを奉じる人にとってのコンパニオン・アニマルもそうだ。
 盆栽や枯山水を加えてもよい。
 自然の(人間にとって)良質の部分と・・・・たとえそれが制御された自然であろうとも、「共生」はあり得る、と思う。

【参考】野口悠紀雄(『日本経済は本当に復活したのか -根拠なき楽観論を斬る-』、ダイヤモンド社、2006、所収)
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